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 日本リーグに加盟している男子のグランプリ大阪が3月いっぱいで休部となることが明らかになった。

グランプリ大阪は、1992年に創部(当時の名称はグランプリ)。95年の日本リーグ前期で2部優勝を果たし、1部に昇格すると、96年には全日本実業団選手権・全日本選手権団体の部に優勝するなど、実業団トップチームに躍り出た。その後は苦しい戦いを強いられたが、2005年には松下浩二と、00年シドニー五輪ダブルス優勝の閻森(中国)を獲得し、日本リーグ前期で初優勝。翌06年にも前期で2位、後期では優勝と好成績を収めた。そして、08年には吉田・時吉・横山の3人を補強し、前期3位、後期2位の好成績を残していた。

 所属選手の松下浩二は先日の全日本選手権で引退したが、世界選手権横浜大会代表の吉田海偉や全日本選手権ダブルス準優勝の時吉佑一・横山友一など、他の選手の今後の移籍先などはまだ決まっていない。

写真:08年12月のJTTLファイナル4、3位入賞時。チームとしてはこれが最後の団体戦となってしまった。
 先の全日本選手権で4度目のベスト8を果たしたシチズンホールディングスの選手兼監督の渡辺将人(31歳)が引退を表明した。ラストマッチは2月11日のジャパントップ12(東京・代々木体育館)。

 渡辺選手は青森県の五所川原南小学校5年生の時に卓球を始め、その後、五所川原第一中、青森山田高校、早稲田大学で活躍。卒業後はシチズンに入社し、活躍した。平成14年度の全日本選手権では東郷選手と組んだ混合ダブルスで優勝。同大会では、常に上位に進む名選手で、最近では四元奈生美選手と組んだ混合ダブルスでのファッショナブルなウエアがテレビで取り上げられた。
 「社会人でここまで10年間も卓球をできるとは思わなかった。会社のみなさん、そしてまわりの方に感謝したいですね。去年の全日本選手権のあと、『あと1年間だけ頑張ろう』と決意しました。今までで一番印象深い試合は、平成17年度の大会、ラン決で偉関(晴光)さんに勝ったとき。うれしかったですね。もちろん四元さんとの混合ダブルスも良い思い出です」(渡辺)

 サウスポーからの小気味よい両ハンド速攻。その軽快なフットワークとボールセンスは多くのファンを惹きつけた。4月からは日常の業務をこなしつつ卓球部監督に専念となる。11日のジャパントップ12が渡辺選手のプレーの見納め。みんなで応援に駆けつけよう。
 平成17年度全日本選手権女子シングルスチャンピオンで、日本代表として世界選手権に2回出場した金沢咲希(かなざわ・さき)が、今年2月限りでの現役引退を表明した。
 金沢は左中国式ペンホルダードライブ型で、中国・河北省出身。中国名は満麗(マン・リー)。中国の国家女子チームを経て1998年に来日し、日本卓球リーグの日本生命で、昨シーズンまで主力選手として活躍。2004年には日本に帰化し、05年世界選手権個人戦・上海大会、06年世界団体選手権・ブレーメン大会に出場。ブレーメン大会では日本女子チームのポイントゲッターとして、銅メダル獲得に大きく貢献した。

 出場する最後のビッグゲームは、2月11日に代々木第二体育館で開催されるジャパントップ12。ぜひ会場に足を運び、大きな声援を送るとともに、芸術的な前陣攻守をその眼に焼き付けよう!

下写真は左から平成17年度全日本選手権での優勝会見、06年ブレーメン大会、そして先日行われた平成20年度全日本選手権でのプレー
旅行やホテル業などで東証1部に上場している株式会社エイチ・アイ・エス(以下H.I.S.)が「2009年世界卓球選手権横浜大会」のタイトルスポンサーに選ばれた。

 H.I.S.は国内に273店舗のネットワークに加えて、海外での支店展開も積極的に行っており、2009年1月現在の海外拠点数は71都市82拠点を誇る。
「今後、H.I.S.がグローバル化を目指すにあたり、世界中での愛好者人口が一億人を超えるスポーツである卓球の、世界最高峰の世界選手権はH.I.S.を世界中の人々に知っていただくには、素晴らしい機会であり、大会を通じて卓球の振興をサポートするとともに、スポーツ交流による世界平和・相互理解の促進に積極的に貢献していきます」とコメントした。

 これにより横浜の世界選手権は「H.I.S. 2009年世界卓球選手権横浜大会」に正式名称が決定した。

以下、協賛社
株式会社東芝
日清オイリオグループ株式会社
協和発酵キリン株式会社
シチズンホールディングス株式会社
スターツコーポレーション株式会社
全日本空輸株式会社(ANA)
株式会社タマス
株式会社三英
LIEBHERR(リープヘル)
Gerflor(ゲルフロワー)
 世界選手権横浜大会の女子代表メンバーは以下のとおり。シングルスでは代表権を獲得していた4選手に加え、新たに3選手が強化本部推薦として選出された。男子と同様、女子ダブルスと混合ダブルスのペアリングについては、エントリーの最終締め切りとなる2月28日を待って発表される。★印は初の世界選手権代表。

〈女子〉
●シングルス
福原愛(ANA/WR21) ※代表選考基準をクリア
藤沼亜衣(日立化成/WR63) ※第1次選考会1位通過
田勢美貴江(十六銀行/WR-) ※第2次選考会1位通過
平野早矢香(ミキハウス/WR28) ※全日本選手権シングルス優勝者
福岡春菜(中国電力/WR33) ※強化本部推薦
石垣優香★(淑徳大/WR55) ※強化本部推薦
石川佳純(ミキハウスJSC/WR105) ※強化本部推薦

●ダブルス
樋浦令子(ミキハウス/WR46)
藤井寛子(日本生命/WR74)
森薗美咲★(青森山田高/WR229)
若宮三紗子★(立命館大/WR128)
※上記の4名はダブルスのみの出場

 北京五輪代表の福岡春菜は、全日本選手権ではランク入りを逃したが、対外的な強さを評価されてシングルスの代表メンバーに選ばれた。石垣優香はプロツアーグランドファイナルなどでの活躍で代表入り。女子でカット主戦型がシングルスの代表になるのは、01年大阪大会の羽佳純子(当時:サンリツ)以来、8年ぶりとなる。
「強化本部推薦の選手は、国際競争力を考慮して選んだ。日本が倒さなくてはならない相手が、中国、韓国、シンガポール、香港。福岡選手はリ・ジャウェイ(シンガポール)、姜華君(香港)に勝って高い実績を示した。石垣選手も帖雅娜(香港)、スン・ベイベイ(シンガポール)に勝ち、プロツアーグランドファイナルのU-21で優勝。石川選手も唐イェ序(韓国)に勝っている。
 王輝選手に関しては、全日本社会人選手権で優勝したあと、代表選考会への出場を打診したが参加しなかった。総合的に判断して、強化本部推薦にはならなかった(星野一朗・強化本部長)」
 1月23日、日本卓球協会は4月28日~5月5日まで神奈川・横浜アリーナで開催される、第50回世界卓球選手権個人戦・横浜大会の日本代表選手を発表した。
 男子代表メンバーは以下のとおり。男子ダブルス、混合ダブルスのペアリングについては、エントリーの最終締め切りとなる2月28日を待っての発表となる。「代表選考基準」とは、強化本部が設定した「2008年1月1日~12月31日の間に、女子は世界ランキング20位以内、男子は世界ランキング30位以内の選手に3人以上勝利する」という選考基準を指す。★印は初の世界選手権代表。

〈男子〉 ※WR=世界ランキング(09年1月発表)
●シングルス
韓陽(東京アート/WR20) ※代表選考基準をクリア
水谷隼(明治大・スヴェンソン/WR29) ※代表選考基準をクリア
吉田海偉(グランプリ大阪/WR35) ※代表選考基準をクリア
大矢英俊(青森大/WR146)  ※代表選考会1位通過
松平賢二★(青森大/WR137)  ※代表選考会2位通過
松平健太(青森山田高/WR109) ※強化本部推薦
丹羽孝希★(青森山田中/WR456) ※強化本部推薦

●ダブルス
岸川聖也(スヴェンソン/WR64)
上田仁★(青森山田高/WR335)
田勢邦史★(協和発酵キリン/WR257)
※上記の3名はダブルスのみの出場

 シングルスでは14歳6カ月で大会を迎える丹羽孝希が、男子では史上最年少での代表入り。03年パリ大会に14歳11カ月(大会開始時)で出場した岸川聖也(当時:仙台育英学園高)の記録を塗り替えた。また、この丹羽も含め、シングルスの代表メンバーでは韓陽を除く6名、10名の代表全体でも8名が、青森山田中・高のOBもしくは現役生。全日本選手権に続き、横浜大会でも「ヤマダ旋風」を巻き起こすことができるか?
「岸川選手、水谷選手以上の年代には、もう自分の実力で代表権を獲るように言っていた。その結果として代表権を勝ち取ったのが5名。残りの2名は、ロンドン五輪以降を見据えた長期プランによって選んだ。丹羽選手は新しい時代の卓球。バックは入れておいてフォアでカウンターしようとする選手が多い中で、丹羽選手はバックハンドでもカウンターが打てる。将来のエース候補だ。メダルに最も近いのは岸川選手と水谷選手のダブルスだと思う(宮崎義仁・NT男子監督)」
 1月9~11日、中国・長沙市にて第3回ITTFトーナメントオブチャンピオンズが行われた。男子は王皓(中国)、女子は張怡寧(中国)が優勝した。

 王皓は1回戦でオフチャロフ(ドイツ)を4-0、準々決勝で馬琳(中国)を4-2で破って決勝進出。決勝では、準決勝のボル(ドイツ)戦で1-3からの逆転して勝ち上がったきた第1回チャンピオンの王励勤(中国)を4-1で撃破し、昨年に続いて2連覇を達成した。

 張怡寧は第1回大会以来の2度目の優勝。王越古、リ・ジャウェイのシンガポール勢を連破して勝ち上がり、決勝では李暁霞(中国)を4-1で下した。張怡寧は昨年は出場していないため、同大会では負けなしだ。
 1987年世界選手権ニューデリー大会で日本代表デビューを果たし、97年世界選手権マンチェスター大会では渋谷浩とのダブルスで銅メダル獲得。さらに、4度の五輪出場を果たすなど、日本卓球界の第一人者として長く活躍してきた松下浩二(グランプリ大阪)が、来週13日(火)からはじまる全日本卓球選手権大会を最後にラケットを置く。

 松下浩二は1967年8月27日愛知県生まれ。兄の影響で9歳のときに卓球をはじめる。双子の弟・雄二、後にともに世界を舞台に戦うことになる渋谷浩らと切磋琢磨し、腕を磨いていった。明治大学在学中にスウェーデンリーグに挑戦し、卓球漬けの生活を送る中で、プロになることを決意。93年に日本の卓球選手プロ1号になり、同年の全日本選手権で初優勝を飾った。97年には日本人で初めてドイツ・ブンデスリーガに挑戦。名門・デュッセルドルフの中軸として活躍し、ヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝にも大きく貢献した。さらに、2000年世界選手権クアラルンプール大会ではエースとして臨み、男子団体銅メダル獲得の原動力となった。

 松下浩二の“最後の全日本”は、16日午後3時にスタート予定の男子シングルス4回戦で幕を開ける。全日本選手権シングルス優勝4回、ダブルス優勝7回(渋谷とのペア)を誇る松下浩二のラストパフォーマンスを見逃すな!
 国際卓球連盟が最新の世界ランキングを大晦日となる12月31日に発表した。
 今回のランキングには世界ジュニアとプロツアーグランドファイナルのポイントが加味されたもので、男女共に大きな変動はなかった。
 ちょっと目を引くトピックスといえば、王励勤(中国)がついにランキングトップ5から落ちたことだ。王励勤が6位以下になったのは03年9月以来。王励勤がトップ5に名を連ねないのは実に5年4カ月ぶりのことだ。女子では日本の福原愛(ANA)が16位→21位と5つランクを落とし05年12月以来の20位台となってしまった。
 プロツアーグランドファイナルU-21女子シングルスで見事に優勝を飾った石垣優香は62位→55位とランキングを7つ上げ、トップ50も視界に入ってきた。今後の一層の活躍に期待したい。
 その他、世界ランク50位以内に位置する日本選手には大きな変動はなく、男子最上位は韓陽(20位)。水谷隼(29位)、吉田海偉(35位)が続いている。女子最上位は福原愛(21位)で、平野早矢香(28位)、福岡春菜(33位)、樋浦令子(46位)という結果になっている。

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 12月25~27日まで世界選手権横浜大会女子二次選考会が行われた。今選考会は、第1ステージでは6名ずつ5つのグループに分けてリーグ戦を行い、第2ステージではさらに順位別のリーグ戦を行う。そして、1・2位リーグの優勝者には世界選手権代表権が与えられる。

 注目の1・2位リーグだが、残り2戦となった26日終了時で、田勢美貴江(十六銀行)、樋浦令子(タイコウハウス)が6勝1敗で並び、石川佳純(ミキハウスJSC)が5勝2敗で追うという状況。さらに、最終日の結果次第では4勝3敗の平野早矢香(ミキハウス)、藤井寛子(日本生命)、梅村礼(文化シヤッター)にもチャンスがあるという大混戦の様相を呈していた。
 そして迎えた最終日。第1試合で首位タイの樋浦が伊藤みどり(十六銀行)に勝利し、田勢は藤井に敗れた。これで単独首位となった樋浦が、最終試合で森薗美咲(青森山田高)に勝てば代表決定となったのだが、緊張の色が見られ、思い切りの良い森薗の速攻の前にゲームオールで敗れた。そして、田勢が平野に勝ったことで、7勝2敗で樋浦と並んだ。さらに、この日、梅村と藤井を連覇した石川も7勝2敗となり、優勝の行方は三者間のゲーム率の差に委ねられた。その結果、わずか1ゲーム差で田勢美貴江に軍配が上がり、2003年パリ大会以来の世界選手権の切符を手にした。

 「今までの選考会では周りの選手の成績を気にしてしまっていたが、今回は気にしないようにした」と語ったように、日本リーグではエースとしてチームを引っ張る活躍を見せながらも、代表選考会では思ったような成績を残せないでいた。それが、昨年の全日本社会人優勝、そして全日本ベスト8・混合複優勝という実績を挙げるたびに、自身のプレーを出せるようになっていった。そして、今選考会でもベテランらしく落ち着いた試合運びで、安定したバックハンド攻守を見せた。
 若返りが進んでいる日本代表だが、やはりチームには頼れるベテランは必要だ。これまでの経験を活かして、世界の舞台でどのような戦いを見せてくれるのだろうか。今から楽しみだ。
代表権はすぐ目の前にあった樋浦だが…全日本チャンピオンの平野は4勝5敗と苦しみ、
田勢に敗れた後、ベンチで涙を流した