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「後悔」という言葉さえ口にする張本は
一体どこに向かっているのだろう

 一見、お調子者に見える吉村だが、この男がどれほどの苦境から這い上がってきたかを我々は知っている。高校3年生のとき、全日本選手権の決勝で、5連覇中の王者・水谷を破り一躍トップ選手の仲間入りをしたが、その後、成績が低迷し、2014年の世界選手権東京大会では代表から外された。「吉村は終わった」という声も聞かれた。そのどん底から這い上がってのリオ五輪団体銀メダルと昨年の世界選手権混合ダブルス金メダルだった。
 現在世界ランク26位で、日本選手の中では上から5番目。陽気な笑顔に隠された不屈の闘志で東京五輪の枠3名を狙うこの男を応援せずにはいられない。

 しかし、もっとも強烈な存在感を示したのは、やはりこの男、張本智和だった。15歳の中学3年生にして全日本チャンピオンかつ世界ランク8位。五輪チャンピオン、前五輪チャンピオン、そして世界ランク1位までをも倒した男。
「今の自分の現在地(実力)をどう評価しているか」という記者の質問に対して張本は「満足はまったくしていませんし、まだまだ上に行けたなという後悔もありますが、ここまで来られた嬉しさも少しある」と答えた。なんたる率直さ。世界の頂点になることしか眼中にないこの少年には、驕りや謙遜といった凡俗なものは必要ないのだろう。それにしても、世界卓球史に類を見ない異常な成長をしていながら「後悔」という言葉さえ口にするこの少年は一体どこに向かっているのだろう。世界選手権で金メダルを獲っても、オリンピックで金メダルを獲っても満足しないのではなかろうか、そんな心配、いや、不安さえ覚えた。

 張本は練習でも異彩を放っていた。練習は休憩を入れて約2時間半だったが、張本は前半こそ他の選手たちと同じように、ラリーを主体とする練習をしていたが、後半になると様子が変わった。
 トレーナー選手にネット際に短くボールを送ってもらい、それを「チキータ」と呼ばれるバックハンドで打ち込む練習、それだけを徹底的に行っていたのだ。それも安定重視の練習ではない。「うっ」とも「えっ」ともつかないうめき声を発しながら一発で抜き去る全力強打の練習だ。トレーナーが送るボールの高さは、張本が打つ時点でネットの上端とほぼ同じ。よほど強い前進回転をかけなければあの球速のボールは相手のコートに収まってはくれない。実際、張本をもってしても半分しか入ってはいなかった。しかし球速を緩めようとはしない。球速を保ったまま入る確率を上げようという明確な意思がそこにはあった。これを延々1時間、最後には他の選手が練習を終わっていなくなった中、ひとりそれを続けた。

 「チキータ」が張本の大きな武器であることは周知の事実だ。なぜそれほどまでに張本の「チキータ」は威力があるのか。「そういう練習をしているから」という単純な事実がそこにあった。あらためてそれを確認することができた、公開合宿であった。 (卓球王国コラムニスト・伊藤条太)
  • 宮城県塩釜で行われている男子ナショナルチーム合宿

  • 宮城県生まれの張本はチキータの練習を繰り返す