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 ネットメディアがきっかけとなり、各テレビ局のワイドショーは「卓球の水谷の目が見えない」というテーマで、にわかに騒がしくなっている。
 多くの卓球人にとっては、「何を今さら」という感もある話題だ。1月の全日本選手権で水谷隼が優勝を決めた直後、卓球王国が行ったロングインタビューでも、彼は目に問題を抱えていることを語り、苦しむ心の内をさらしていた。
 1月に話を聞き、2月21日発売号で掲載した水谷隼のロングインタビュー。その中から、目に関する彼のコメントを拾ってみた。

−−5回戦、6回戦の後のミックスゾーンでは、「決勝に行ける確率は25%くらいだけど、張本も勝つか負けるかわからない」と語り、全日本という試合の難しさを表現していた。あれは本心だったの?
水谷 本心ですよ。ボールが見えなかったし、1球のストレスがすごくて、どんなチャンスボールでもミスをしそうだった。
−−ボールがよく見えないという問題は、前回の世界選手権で途中までメガネをかけたりとか、つきまとっているね。
水谷 それが「全日本に出ない」と決めた理由のひとつですから。
−−もしそれが改善したら、また出るかもしれないね。
水谷 可能性はあるけど、どうかな。目の病気ではないので原因がわからない。光が反射して、ザワザワした感じでクリアに見えない。

−−今大会、長いラリーにはあまりなっていない。
水谷 ないですね。ボールがよく見えてないので、ラリーになってもラケットにまともに当たらないから、コースがある程度読める、早めのラリーのほうが狙いやすい。

−−会見でもミックスゾーンでも、なぜ「ボールが見えない」ことを言わなかったの?
水谷 言っても何も変わりませんから。もし目が良くなって帰ってきたら成績は伸びる。その時、目のことを知らない周りの人はプレースタイルが変わったとか、いろんな理由を挙げる。それもおもしろいかなと。
−−目が改善されなくて、オリンピックに行くのはしんどくない?
水谷 オリンピックと言うよりは、これからのワールドツアーだと会場が暗くて本当にボールが見えない。手術もしたけど、いまだにボールが見えなくて、これからどうしていいのかわからない。
(卓球王国2月21日発売号:4月号より)

 オフレコの部分で、「優勝してなくても目のことは言ったの?」と聞くと、「どうでしょう。言ってないかも」と答えている。
 水谷は優勝したからこそ、目のことを公にした。負けた時にこれらのコメントをしたら、敗者の言い訳と受け取られることを知っていた。ロングインタビューの翌日に彼はアメリカに旅立ち、目の検査を受けたが、異常なしと言われて帰国している。

 とは言え、ここまでオープンに目のことを語り、ここまで騒がれることを彼は想定していたのだろうか。2012年のロンドン五輪後にラバーのドーピングと言われた「ブースター問題」で彼が国際大会に出ないと宣言した時は、ここまで騒がれなかった。リオ五輪でブレイクした水谷の影響力は、その頃と今では違う。
 
 彼が「ボール見えづらい」「LEDの看板の文字を何とかしてほしい」と言っていたのは、もう数年前からの話だ。もちろん、彼だけでなく、ショーアップされた近年の卓球の試合で、ボールが見えにくいと感じる選手は水谷だけではない。リオ五輪にはLED看板はなかった。広告行為が許されないから通常のフェンスが置かれる。東京五輪でも当然LEDはない。

 「ボールが見えないから良い時の3割程度」と言ってしまったら、彼に敗れた選手も複雑な感情を抱くことになる。もちろん、目の違和感というのは彼自身しかわからないことだが、ことさらそこにフォーカスされてしまうと、今後、彼が負けるたびにマスコミや一般の人も「目のせいかな」と思ってしまう。そういった周りの見方が彼にとってプラスなのだろうか。
 全日本選手権で前人未到の10度目の優勝を飾った水谷の卓球は、「目が不調」とは言え、張本智和と対戦しなかったとはいえ、素晴らしい出来であり、チャンピオンにふさわしいものだった。

 今回の「ボールが見えない問題」だけがクローズアップされることは、これから東京五輪の選考レースを戦ううえで,何のプラスにもなならず、試合で負けた時のひとつに逃げ道を用意したことにはならないのだろうか。
 水谷隼という選手は、取り巻く環境に対して過敏に反応し、非常に繊細な選手であることは間違いない。大会会場では、卓球台のバウンド、気温、湿度、自分が使っているラケットやラバーの状態、シューズ、床の状態、すべてに細やかなアンテナを張っている。それらがひとつでも自分にマッチしていないとナーバスになるタイプの選手で、ここまで繊細な選手を私は知らない。
 そういう繊細な神経を持っているからこそ、水谷はすべてのボールの弾み、軌道を予測できる。相手の表情、身体や手の動き、ラケット角度で打たれるボールを予測できる類い希な才能を持っている。
 しかし、その優れた才能が自らを傷つけているのが今回の目の問題なのだ。普通の選手が「見えづらいな」と感じるレベルでも、彼にとっては「見えない」となってしまい、一瞬でも後ろのLED(看板)の文字とボールが重なり、消えたと感じると彼のコンピューターのような予測能力が機能しなくなるのだ。
 そんな両刃の剣を持つ水谷隼の卓球。彼の活躍を期待する人間からすれば、今まで悶々と苦しんできたことをオープンに言ったわけだから、これから東京五輪にフォーカスして挑戦してほしいと願うばかりだ。

 水谷は全日本選手権以後、サングラスを着けたり、替えてみたり、必死に改善の糸口を探っている。
 彼自身、卓球選手としての集大成の場は東京五輪である。今さらワールドツアーの会場のセッティングは変えられない。今年12月のワールドツアーのグランドファイナルで、五輪のシングルス代表はほぼ決まってしまう。残り9カ月で彼の卓球人生の方向が決まり、正念場を迎える。
 彼の目の状態が少しでも良くなることを願う。それが叶わないとしても、日本の王者が「心の目」で直径40mmの卓球ボールをとらえ、ラケットを振り続けてくれることを望む。それが「卓球ニッポン」の栄光へのひと振りになるのだから。(今野)
  • 2月24日のTリーグではサングラスで登場した水谷隼