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卓球王国ストーリ-

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 1997年1月に創刊された卓球王国は、月刊ではなかった。1月は様子見の1冊だった。
 雑誌を書店に流通させる「取り次ぎ会社」にあいさつに行った。「卓球の雑誌? うーーん、大丈夫ですか」。相手をしてくれた担当の人は明らかになめていた。「卓球の雑誌って、データがないですね。いつ出したんですかね」。パソコンの画面を見ながら……なめている。

 それもそのはず、実は書店売りした卓球雑誌は1985年にベースボールマガジン社から「卓球マガジン」が2年間だけ出して、休刊となっていた。今見ても、「卓球マガジン」はそれまでの卓球専門誌とは一線を画した雑誌だったが、休刊。
 理由は諸説あるが、ベースボールマガジン社と当時の日本卓球協会との不協和と、スポンサーの集まりが悪かったためと言われている。この「卓球マガジン」は日本卓球協会公認(オフィシャル)の専門誌で、協会情報も多かったのだが、ベースボールマガジン社の当時の社長の一声で休刊が決まったと言われている。
 確かにスポンサーも集まらなかった。なぜかと言えば、当時は卓球レポート、ニッタクニュース、TSPトピックスという卓球メーカーの専門誌が刊行されていたために、ある種敵対視された感があったのも事実だ。

 専門誌というのは、というか書店売りの雑誌というのは、広告掲載料が入ってこないと存続が難しいのが現実なのだ。
 「卓球マガジン」が休刊してから10年以上経ち、取り次ぎ会社のパソコンの中にはそのデータさえもなかった。ただあるのは「卓球の書店売りの専門誌は売れない」というイメージだけだ。
 そんな状況で、書店に配られる卓球の雑誌データ(配本データ)がないために、取り次ぎ会社が持ち出したのは、ソフトテニスとバドミントンだった。特にソフトテニスのデータを参考にして全国に数万部が配本されたが、思うように売れない。会社は、瞬く間に返本の山となった。毎日、何十冊の返本が届けられる。
 卓球の登録人口が少ないという北陸のある書店に卓球王国が何十冊も平積みされていた話も聞いた。おそらく、その地域はソフトテニスが盛んな地域だったのだろう。

 現在、サッカーなどメジャーと言われるスポーツをのぞくスポーツ専門誌の中ではトップランクの部数を誇る卓球王国にとっては、今となればそれは笑い話なのだが、当時は返本に囲まれながら、編集部はその配本データの実態さえも知らないでいた。 <続く>