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平成30年度全日本選手権速報

 全日本選手権の6日目、14歳の木原美悠(JOCエリートアカデミー)が女子シングルス準々決勝で佐藤瞳(ミキハウス)をファイナルゲームで破り、初のベスト4入りを決めた。
 勝負を分けたのは卓球独特の「促進ルール」だった。
佐藤は「カットマン」という守備を主体とするスタイルだ。まだ14歳で球威の劣る木原にとって、これほどやっかいな相手もいない。攻撃しても攻撃しても返されるのだから当然だ。一見すると、カットマンは卓球台から離れているので、ネット際に落とせば(卓球ではこれを「ストップ」と言う)
 得点できそうなものだが、そうではない。
ネット際に落としたとしても、弾んだ後に台から出てしまうと、そのボールが床に着くまでに打てばよいので、ほとんど間に合ってしまうのだ。もちろん、台上で2バウンドするストップができれば、かなりの確率で得点できるが、それは極めて難しい。優れたカットマンは、それを防ぐために相手コートいっぱいに深いボールを送っているからだ。

 卓球にはボレーがないから、深く送られたボールは必ず遠くから打たなくてはならない。
 遠くから打ったボールは2バウンドせずに台から出てしまう。台に弾んでからの飛距離は、弾むまでの飛距離で決まる。
 台の端からネットを超すように長い距離を飛ばしておいて、台に弾んでから短く弾ませるなどできない相談なのだ。
カットマンが、相手のストップを苦もなく返すことができるのは、競技領域内に卓球台と床という高さの異なる二つの平面が存在することと、ボレーがないという競技条件のためであり、これがカットマンという特異なスタイルを存在せしめている。
 優れたカットマンは攻撃もする。実際、木原は佐藤の要所での攻撃に苦しめられた。
そんなに攻撃ができるなら最初から全部攻撃すればよさそうなものだが、実はカットマンの攻撃には秘密がある。カットマンには、普通の攻撃選手には来ないような甘いボールが来ているのだ。
カットマンと試合をする選手は特別な戦い方を強いられる。攻撃されることを前提に台から離れて構えているカットマンに対して、1球や2球攻撃したところで得点にはならない。
 得点できる見込みの少ない攻撃にリスクは冒せない。1発で得点できるなら、成功率80%の攻撃でもする価値はあろう。しかし、5球も6球も返し続けてくる相手に成功率が80%しかない攻撃を続けたらあっという間に負けてしまう。成功率80%の攻撃が5球連続で入る確率は30%しかないのだ。だからカットマンと試合をする者は、決定的なチャンスが来るまでは、成功率が100%に近い安全な打法を採用しなくてはならない。
それはつまり、遅くて高いボールを送ることだ。そのボールをカットマンは狙い打つ。
それを狙い打てるだけの必要最小限の攻撃力を備えているのがカットマンなのだ。

 今回、木原は前半で佐藤の術中にはまり、ゲームカウント1−3と追い詰められた。
後がなくなった木原は、ここから自ら持久戦を徹底する作戦に出た。「促進ルール」に持ち込んだのだ。
 促進ルールとは、試合が長引くことを防ぐためのルールで、ラリーが13往復続いたら自動的にレシーブ側の得点になるシステムだ。
ゲームの開始から10分経過してもそのゲームが終わらない場合(正確には両者の得点の合計が18点に満たない場合)、そこから試合が終わるまでこのルールが適用される。
守備が全盛だった1936年の世界選手権で、1点取るのに2時間12分かかったことから制定されたルールだ。
 サービスを持った側は、13往復以内に得点しなくてはいけないので、攻撃力がある方が有利だ。
 カットマン同士の試合では促進ルールに入ることは珍しくないため、カットマンは促進ルールも折り込み済で訓練を積んでいる。しかし、片方が攻撃選手である場合、促進ルールが適用されることは稀だ。
 攻撃選手が得意の攻撃を封印し、粘ることが得意なカットマン相手に10分間も粘り通すことは難しい。失敗すれば、得意技を使わずに試合が終わってしまう、よほどの覚悟がないとできない。
 今回、木原は背水の陣となった第5ゲームでこれを実行した。結果、見事に促進ルールが適用され、そこから3ゲームを連取して、4−3でこのカットマン地獄から抜け出した。
 卓球のトーナメントで勝ち進むためには、トーナメントに潜むカットマンをも攻略できる全面性を兼ね備えていなくてはならない。まだ14歳の木原は見事にそれを示した。
  • 石川以来の中学2年生の準決勝進出となった木原