【アーカイブ】グッズストーリー・田勢邦史

卓球グッズ2013より抜粋

 

田勢邦史〈全日本選手権ダブルス4度優勝・元世界選手権日本代表〉

微細な用具へのこだわりと妻への深き愛

 

シェーク全盛の時代に、ペンホルダー表ソフト速攻型としてのプライドを持ち、この男は戦った。ペン速攻の田㔟邦史はラケットを置く、その瞬間まで自分の可能性を信じていた。そんな彼を支えたのはコルクを貼り重ねていた愛用の一本。そして、妻・美貴江への愛だった

2013年1月19日にひとりのアスリートがラケットを置いた。

田㔟邦史、31歳。

サウスポーのペンホルダー表ソフト速攻型として、全日本選手権の男子ダブルスと混合ダブルスで2回ずつ、合計4度の優勝を飾った。2009年世界選手権横浜大会では、日本代表として妻の美貴江と組み、混合ダブルスに出場した。シングルスでは07年度の全日本選手権で3位に入賞し、表彰台に上がっている。

2013年1月の全日本選手権大会では、男子シングルスのベスト16(ランカー)から初めてペンホルダー選手が消えた。ひょっとすると今後、田㔟の成績を上回るペンホルダー選手が出現しない可能性もある。

最後の全日本で、田㔟の左手に握られていた愛用のペンホルダーラケット。バタフライの『ヒノキ・ニュートリノ』という桧5枚合板ラケットだ。すでに廃番になっているラケットで、廃番になる時に自分用に5本作ってもらったが、「打ったらどうも違う。飛びすぎて使えなかった。自分の力でコントロールしたかった。押し入れにある使っていなかったラケットを取り出して使った」。そのラケットは以前に作ってもらったものだった。グリップエンドにバタフライの旧型のプレートが付けられていることからも、その古さがわかる。

ラケットは小さい頃からずっと桧の5枚合板。カーボンなどの特殊素材系のラケットは使えなかった。弾みの良さは求めたが、ただ飛ぶだけではなく、自分の力でコントロールできるラケットでなければ田㔟は納得できなかった。通常、日本式ペンホルダーラケットを使う人は表面の指の当たる部分をナイフやヤスリで削るのだが、田㔟は削らないで逆にコルクを足している。「指が長いからコルクを貼らないと握った時にスカスカな感じになってしまう。ラケットをしっかりと握っている感覚、手とグリップが一緒になっている感覚がほしかった。角度がぐらつくのが嫌だし、表ソフトはしっかり握って打つ感覚がほしい」。ドライブのような回転系の打法を使う選手は、ラケットの握りにも可動性を求めるが、スマッシュのような角度打法が中心の速攻選手はラケット面の安定を求める。

コルクを何枚も足したグリップ部分のほうがラバー面よりも高くなっている田㔟のラケット。「使っていると爪でグリップ部分が削れていくし、汗でだんだんコルク部分がしぼんでいくから、何回もコルクを重ねていく。ペンは手がむくんでいるとうまく握れないし、グリップがすごく変わる。そのたびに削ったりする人も多いけど、そこでコルクを足せば、また削れる」。手全体で握るシェークハンドと違って、指でつかむように握るペンホルダーならではの繊細な感覚だ。

貼っている表ソフトラバーは『レイストーム』(バタフライ)の特注。スポンジを硬めで厚めのものにして、4㎜ぎりぎりのものを使った。卓球を始めた頃は『レシロン』(バタフライ)を使い、次に使ったのが『スピンピップス』(TSP)。ところが、粒形状のルールが変わり、2000年に40㎜ボールになった時にラバーを替えた。その時にはスピードグルーが使えたので、『レイストーム』のトップシートに『ブライス』のスポンジを貼った特注ラバーを使っていた。ところが、スピードグルーが禁止になり、次にスピード補助剤がなくなった時には、このラバーは使えなくなった。

「どうしようかと思った。今度は『テナジー』のスポンジを『レイストーム』のトップシートに貼ろうとしたけど、それは無理だと言われた。いろいろタマスに作ってもらって今のラバーに落ち着いた」

試合になったら一日一枚のペースでラバーを替える。しかも、その日の種目に合わせてラバーの硬さを変えた。「シングルスの時には硬めのラバーを選んで、ダブルスがある時には硬すぎず軟らかすぎずのラバーを選んだ」。つまり、シングルスではハードヒット用のラバーにして、ダブルスではサービス、レシーブとコントロールを意識したのだ。

実は田㔟が協和発酵キリンに入ってからは、卓球部の他の選手のラバーはすべて彼が選んでいた。同じラバーでも一枚ずつの個体差がある。個体差と言ってもそれは実に微妙な感触なのだが、「触った時のラバーのはね返す弾力で良いものと悪いものがわかる」と田㔟は言い切る。

「ラバーは生きているから一枚一枚が違う。会場によっても、温度によってもラバーの弾みは違ってくる。それに合わせて選ぶこともできる。良いラバーはこちらが押すと押し返してくる。トップ選手はグラム(重さ)を指定してメーカーに送ってもらうけど、その中でも硬い軟らかいの違いはある」

チームメイトは、最初田㔟の言っている意味がわからなかったが、同じラバーで同じように打っても、ある時はネットミスになったりオーバーミスをしたりする。それは個体差による微妙な違いなのだと田㔟は言う。同じ硬度のラバー、同じ重さのラバーをメーカーに指定しても、微妙に弾性が違う。それを彼の指はわかるのだと言う。「ラバー選びで失敗したことはない。触ったらわかる。ラバーはみんな一緒だと言う人もいるけど、ぼくはラバー一枚一枚の違いがわかる」。現役引退後の4月から全日本男子チームのコーチに就いた彼の仕事は、ひょっとしたら選手のラバー選びから始まるかもしれない。

「このラバーは絶対はがさずに、全日本選手権のままに置いておきたい」。現役を退いた彼は、1月19日、最後の試合の時に手にしていた苦楽をともにしたラケットをいとおしく見つめる。全日本選手権のダブルスで4回の優勝を「パートナーに恵まれたから」と言う田㔟にとって、ラケットというパートナーもなくてはならないものだった。

そして、もうひとつ。彼の心のよりどころが実はラケットケースの中に入っていた。それは、「高橋 淑徳大」のゼッケンだ。

今から8年前、妻・美貴江が大学を卒業する時に、2歳下の田㔟邦史が彼女にお願いして記念にもらったものだ。まだ二人が付き合い始めた頃で、美貴江には内緒で、それからずっとラケットケースに入れておいた。「何で入っているのかな」と笑ってごまかす田㔟。「まあ、好きだったからもらったんですね」と白状する彼の目がさらに細くなった。

あまりにも微細に作り込まれたラケットは、唯一無二の伴侶だった。そして人生のパートナー・美貴江への愛情。「高橋淑徳大」のゼッケンは、ケースの中でラケットに寄り添っていた。まるで、ラケットのお守りのように。

 

[Profile]

たせい・くにひと

1981年9月20日生まれ、山形県長井市出身。長井南中から青森山田高へ進み、インターハイ団体3連覇、ダブルス2連覇。青森大を経て、協和発酵キリンに入社し、全日本選手権男子ダブルス2回優勝、混合ダブルス2回優勝、シングルス3位(平成19年度)入賞。世界選手権横浜大会日本代表。13年3月末に協和発酵キリンを退社し、現在は男子ナショナルチームコーチ。