【アーカイブ】グッズストーリー・藤井寛子

卓球グッズ2014より抜粋 〈文=今野昇  写真=高橋和幸〉

 

藤井寛子全日本選手権女子ダブルス5回優勝・元世界選手権日本代表

左右の大きさが違う足を守り続けたシューズ

藤井寛子のラバーやラケットと同じものを使っている選手は大勢いる。しかし、彼女と同じシューズをいている人はいない。
特別な形をした足のために、足型を取り、作られたシューズ。
このシューズは左右の大きさも同じではなく、まるでそれが身体の一部のように、長く日本代表・藤井寛子の足を守り続けてきた。

卓球選手のシューズは、選手それぞれによって好みも違い、その選手の動きにも影響を与える。100人いれば100の足の形があり、選手の動きも一人ひとりが違うものだ。 14年1月19日の全日本選手権大会の最終日に第一線を退いた藤井寛子。同大会では9回ランク入りし準優勝が3回ダブルスでは5回の優勝を飾った抜群の安定感。世界選手権の団体と個人戦に8度の出場。長く日本代表を務めたトップ選手だ。
現役時代の彼女がこだわったのはシューズだった。 実は、藤井の左足は24.5cmで右足が25.0cm左右の足のサイズが違う「気づいたら大きさが違っていた」と言う。シューズを選ぶ時には、大学3年までは左右どちらかの足にサイズに合わせて選んでいた。
卓球シューズは、同じメーカーでもモデルによって、シューズのサイズ感覚は微妙に違う。メーカーによっては、商品モデルによってやや幅広だったり、やや細めだったり、素足感覚だったり、底が厚めだったりと商品を揃えることで、いろいろな足の形や選手の好みに対応していく。 藤井は淑徳大3年生の時に、初ランクながら全日本選手権大会の決勝に進んだ。その大会後にタマス(バタフライ)と契約した。「それまでは意識せずにこだわりもなく履いていたけど、シューズもちゃんと考えたほうが良いとバタフライの方に言われて、気にするようになりました」。
藤井が一番履きやすかったシューズは『エナジーフォースⅠ』で、左右の足でサイズの違うものを提供してもらった。彼女の足は普通の選手よりも足幅が広い。そのため、たいていのシューズはフットワークの時に足の外側部分がシューズのアッパー(シューズの底よりも上)部分に当たって、痛くて履けない。 唯一、『エナジーフォースⅠ』は藤井の特殊な足を包み込んでくれた。それにアッパーの横の補強部分が少し硬めで、その作り方も気に入っていた。その部分が軟らかいと、足がシューズの中で動いてしまうからだ。
『エナジーフォースⅠ』が廃番になってからは特注で対応してもらった。さらに10年に足型を取ってもらい、特注のシューズを作るようになった。通常、シューズのかかとからつま先にかけて、緩やかなカーブを描いて設計されているものだが、藤井はそれを一直線になるようにして作ってもらった。曲がっているものだと、足に負担がかかってしまうと言う。 「体の治療をしてもらっていた先生に、『あなたは足首が硬くなりやすい。シューズを見せてください』と言われました。見せた後に、『つま先の先端からかかと部分の先端までまっすぐなものにしたほうが良い』とアドバイスを受けて、作ってもらいました。そうしたら、足首の硬さも緩和されたんです」 卓球選手の動きは大小様々なステップの集合である。前後左右への動きがあり、踏み込む動作があり、踏ん張る動作と床を蹴る動作もある。その競技性と同調するように、複雑で繊細な動きが卓球シューズには求められる。
つまり、ラケット、ラバーと同様、卓球選手のシューズは勝敗に直結すると言っても過言ではない。シューズと選手の動きが合わないと痛みが出たり、履いていて疲れたり、時には故障を誘発することもある。シューズでしっかりと踏ん張るからこそ、上半身のスイングがスムーズにできる、とも言える。それだけ、シューズは選手にとって重要なのだ。 「使っていくうちに底のアウトソール(ゴム)の部分はすり減ってしまいます。特に日本生命ではフロアマットで練習していたのでソールの減りが早いんです。4年間同じモデルのシューズを改良してもらっていましたが、底が減ってくると重心のかけ方も変わるし、感覚が変わってくるので、シューズは2カ月で替えていました」

 一般の選手がフロアマットで練習することはほとんどないかもしれない。通常は、体育館の床は木だが、フロアマットはゴムでできているために、マットのゴムとシューズのゴムが激しく接触し、摩擦する。シューズの底のソールは木の床以上にすり減るのが早い。
「練習用のシューズと試合用のシューズに分けて、試合用のものは試合1週間前に新しく替えて、慣れるようにしました。そして、使い込んだものは練習用に回したんです」
藤井がタマスと契約して、用具とシューズにこだわりを持つようになってから、彼女自身の成績も非常に安定するようになった。全日本選手権では毎年のようにランク入りし、準優勝が3回と優勝にも近づいた。世界選手権では若宮三紗子と組んだダブルスでベスト8まで進んでいる。 藤井と同じラケットとラバーを使っている選手は多い。しかし、藤井が履いていたシューズだけは藤井のための特注だった。引退した時のシューズは全日本選手権前に替えたばかりのものだったが、無二の親友のように、彼女を支え、それなしでは練習も試合もできない存在だった。
そして、彼女は全日本選手権の最終日にラケットを置き、シューズを脱いだ。
長く日本女子のトップを支えた、ひとりの選手の現役への別れだった。

[Profile]
ふじい・ひろこ

1982年10月18日生まれ奈良県出身。四天王寺中・高から淑徳大に進学。その後、日本生命に入社。高校時代に全日本ジュニアで優勝、04年全日本学生選手権優勝、全日本選手権シングルスで9回ランク(ベスト16入り、準優勝3回。若宮三紗子とのダブルスでは4連覇、金沢咲希と組んで1回、合計5回優勝している。2014年1月の全日本選手権で現役を退いた。現姓は下川