劣性遺伝

刑事コロンボを見ていたら、船酔いをしたコロンボが犯人の男から「君はコロンブスの子孫じゃないのかね」とからかわれて、「きっと劣性遺伝なんでしょう」と答えるシーンが出てきた。英語では「違う家系だと思う」と言っているのに面白くするためにわざわざこのように吹き替えている。

書いた人はどうかわからないが、多くの人はこの台詞を「劣った性質が遺伝した」ととるだろう。しかしコロンブスは船酔いをしなかったのだから、それでは意味が通らない。そこで「性質が劣った形に変化して遺伝した」などと勝手に解釈するのだろう。

劣性遺伝とは劣った性質の遺伝のことではない。その遺伝子を持っていても体に現れにくい遺伝子のことだ。つまり、体に現れる力が劣っているのであって、生物が生きるために有利か不利かとは関係がない。

たとえば金髪の遺伝子しか持っていない人と栗毛の遺伝子しか持っていない人の子供は、両親から金髪と栗毛の遺伝子を一個づつ受け継いでいるが、必ず栗毛になる。金髪は劣性遺伝だからだ。金髪の遺伝子だけをもったときだけ金髪は体に表れる。こういう遺伝子のことを劣性遺伝子という。

何日か前、ハプスブルグ家が滅亡したのは近親婚を繰り返したことによって、障害などの劣性遺伝が顕在化しやすくなったためであるとの研究結果がニュースになった。何割かの人はこのニュースを「近親婚を繰り返すと障害を引き起こすような劣った遺伝子が増える、あるいは生まれてくる」というように読んだだろう。もちろんこの研究者の言いたいことは違う。

障害を引き起こす遺伝子をもっていても、それが劣性遺伝の場合は、持っていても体に現れないですんでいる。ところが、近親婚の場合は、同じ劣性遺伝子をもった人同士のこどもがその遺伝子だけを持つ個体になる可能性が高いから、その場合には体に表れてしまう。それが障害の遺伝子だろうが金髪の遺伝子だろうが青目の遺伝子だろうがである。だから、障害をもつ遺伝子が増えるとか沸いて出てくるという話ではない。

これを分かっている人がこのニュースを読めばちゃんとそのように読めるのだが、分かっていない人が読むとまず間違いなく誤解する。「障害などの劣性遺伝が顕在化し」のところが本当に紛らわしい。本来体に現れにくい遺伝子=劣性遺伝子が「顕在化」つまり体に現れるということをまったく正しく書いているのだが、うっかりするとこの部分は、「劣性遺伝子=障害を引き起こす劣った遺伝子」が顕在化=生み出される、というように読めてしまうのだ。

もちろん誤解のもとになっているのは「劣性」という言葉だ。優性、劣性のかわりに顕性、潜性とでもすればよかったのだ。劣性遺伝を劣った遺伝子だと思うのは「検査の結果が陽性」の「陽性」が陽気な性格のことだと思うようなものだ。

さて、コロンボが「劣性遺伝」の意味を正しく知っていたとして先の台詞を解釈してみる。「コロンブスが船酔いしなかったのは、船酔いの遺伝子が劣性遺伝子だから、コロンブスの体には表れていなかったんだろう」となり、一応、筋は通っている。書いた人が本当にこのように考えて書いたのか、それともよくある誤解に基づいて書いたのかは本人に聞いてみるより他ない。このように、ほとんどの場合、よくよく聞き返してみないと誤用しているかどうかもわからないケースが多いのだ。だからこの誤用は訂正されにくく、したがって延々と誤解が万延することになる。

「長々と何を当たり前のことを」と思う人も多いと思うが、このブログを読んだ人の何人かが劣性遺伝を誤解していたとしたら、書いた甲斐があるというものだ。実はこれ、中学校の理科で習うことなのだが、知らない人が多いのも事実なのだ。それにしても、エンドウマメの実験から遺伝子の概念を発見したメンデルの偉大なことよ。http://ja.wikipedia.org/wiki/メンデルの法則