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 アスリートの心情への理解、選手個人のプレーする権利、五輪という夢舞台への憧れ……そこには様々な人の思いが交錯していたはずだ。
 4月上旬のアジアカップの大会期間中に、元日本代表で。世界メダリストの浜本由惟(木下グループ)が、オーストリア卓球協会の登録で5月のスロベニアオープン、クロアチアオープンにエントリーしていることがわかった。本人へ確認する術もなく、日本卓球協会は所属先の木下グループに問い合わせ、木下グループもその事実を知らなかったために浜本の母・楊子さんから事情を聞いた。
 
 以前から母・楊子さんの知人であるオーストリアの中国コーチから「オーストリアへの移籍」の話があり、それを受ける形でオーストリア帰化申請を進めているようだが、本人の声は聞こえてこない。

 ITTF(国際卓球連盟)が過去の協会代表の有無や年齢によって、協会を移動した場合の規定を作ったのは2008年だ。当時は中国からの帰化選手がヨーロッパを中心に数多くの協会から代表として大会に出場していたために、ITTFが今後の卓球界の発展や普及を考えて下した決定だった。ただし、この出場規定が適用されるのは、ITTFが主催する世界イベントのみで、ワールドツアーや五輪は適用外だった。ぎりぎりのところで、中国から他国に移動した選手のプレーする権利を守った形にも見えた。
 2016年のリオ五輪で銀メダルを獲った、ドイツ女子のシャン・シャオナ、ハン・インなども世界選手権には出場できないが、オリンピックに参加し、ドイツの団体メダル獲得に貢献した形となった。

 ところが、昨年になって、ITTFはIOC(国際オリンピック委員会)との協議のもと、オリンピックでも同様の出場規定を作成している。そのため、浜本のケースではオーストリア代表として、7年間はワールドツアーを除く、世界イベントや大陸イベント、国際チームイベント、そしてオリンピックには出場できない。
 その規定を知ったうえでオーストリアへの移籍と帰化を決断したはずだが、今のままでは彼女がそれらの世界イベントに出場できるのは7年後だ。
 
 オーストリア協会への移籍の理由のひとつは「日本代表として試合に出るのが厳しいので海外で出場機会を求めるため」とのこと。
 これは以前の中国のケースと同じだ。レベルの高い中国で代表選手として世界選手権やオリンピックに出場できるのはひと握りの選手だけ。多くの選手は、世界選手権や五輪への憧れを胸に、またプロ選手としての仕事を求めて、海外に渡った。中には、国家チームの中での競争が激しく、常に下から若い選手が上がってくるために、中国国内での早めの引退を余儀なくされ、海外へ向かう選手もいた。
 日本でも小山ちれ、偉関晴光、羽佳純子、吉田海偉、韓陽のように、元中国代表、メダリストの実績を持った選手が第二の卓球人生として日本でのプレーを選び、日本代表として活躍し、日本のために貢献したケースも多い。

 現在、日本は男女とも、国内での競争が激しく、レベルも急激に上がっている。今回の浜本のように元日本代表でも次々に若手にその座を奪われるのが当たり前の状況だ。そういう中で、五輪への憧れや代表選手としての世界選手権への出場を求め、海外に向かう選手が今後も増えるかもしれない。
 もともと中国帰化選手の海外流出に一定の歯止めをかけるために作られた選手の出場資格だったが、まさか日本の選手も対象になるとは思わなかった。

 浜本はJOCエリートアカデミー所属の選手だった。国のお金がその活動予算に使われるプロジェクト出身だっただけに当初は波紋も広がった。
 だが、エリートアカデミーにいた頃には、選手本人も「日本代表として五輪に出たい」という夢と希望を持っていたのは間違いない。ただ、プロ選手になり、現実として自分の卓球人生を考えた時に、出場機会の可能性が低い日本ではなく、海外にその可能性を求めたのだろう。それは国籍の問題ではなく、ひとりのアスリートとしての本能だったのかもしれない。
 
 しかし、そういった熱い思いの選手の前に出場資格規定のルールが立ちはだかる。20歳の選手にとって、7年間という時間は余りに長い。与えられた時間ではあるが、出場機会を奪われている時間でもある。
 浜本由惟はその時間の壁を越えることはできない。時間の壁づたいに歩いていくしかないのだろうか。 (今野)
  • 2016年の世界選手権団体で日本代表としてメダルを獲得した浜本由惟