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 世界ランキングが毎月、定期的にリリースされ、オリンピックの出場権獲得や世界選手権のシーディングに反映されるようになったのは1990年代後半からだ。
 同時に、今のワールドツアーの原型であるプロツアーを世界各地で開催するようになった。アイデアを実行したのは前国際卓球連盟会長のアダム・シャララ氏だ。実行の狙いは、賞金大会を世界各地でサーキット化し、プロ選手の報酬を増やして自立を促すこと、そして世界各地で行うことによる卓球の普及と発展だった。またプロツアーによって、卓球のメディアへの露出も増えていくことになる。

 ランキングシステムの根底にあるのはレーティングだった。言い換えれば、それぞれの選手の「持ち点」だ。選手間の勝敗によって、この持ち点「レーティング」において獲得するポイントと失うポイントが決まっていく。しかも、このレーティングは試合に出ていなくてもある一定期間は消失しないので、試合に出ていない選手が再びプロツアーに出るようになると、ゾンビのように世界ランキングの上位に躍り出てくることもあった。
その長く続いた世界ランキングのシステムがこの1月の最新ランキングから変わった。

 賞金大会をサーキット化していくのは、テニスを模範にしたやり方だった。しかし、テニスになくて卓球にあったものは、ヨーロッパのクラブによる団体リーグだった。ブンデスリーガ、フランスリーグ、スウェーデンリーグなどは、8月末からの5月までの9ヶ月間は毎週のようにクラブ間のリーグ戦を行い、プレーオフで優勝を決めるという試合がある。これはほかのヨーロッパの国でもほとんど同じやり方をして、プロ選手にとっては生活の基盤になっていた。

 しかし、プロツアーができてからは、トップ選手たちは世界ランキングを上げるためにツアーにも出場したいが、生活基盤であるクラブのリーグ戦にも出場しなければいけないため、スケジュールは過密になる一方だった。特にヨーロッパのトップクラブは、それに加えて「ヨーロッパチャンピオンズリーグ」というヨーロッパのトップクラブによる試合を行う。ほぼ毎週、何らかの試合に出ているようなスケジュールになり、練習をやり込む時間を確保できないのが選手たちの悩みだった。
 試合に出なければ生活は成り立たないが、さりとてツアーに出なければ世界ランキングも上がらない。ランキングを上げるためには練習をやり込んで実力を上げたいが、試合が多くてやりこめない。プロツアーとプロリーグの両立は、出口のない迷路をさまようようなもので、ヨーロッパ選手にとって頭痛の種となっていた。

 一方、日本選手にとってワールドツアー( プロツアー)は好都合だったかもしれない。もともと日本にはプロリーグがなかったからだ。日本リーグは年2回しかないし、基本はセントラル方式(1カ所で行う試合方法)なので、スケジュールは空いている。男子のトップ選手たちは1990年後半から2000年以降はヨーロッパのクラブでプレーするようになるが、近年はプロクラブにも所属しないで、所属スポンサーで生活を保証され、ワールドツアーに出場して世界ランキングを上げることに専念する選手も増えた。
 ゆえに毎回のワールドツアーには、日本から選手やスタッフが大挙して参戦するようになる。あまりの人数の多さに各国の関係者には驚きをもって迎えられ、金満ニッポンに苦笑する人も少なくない。
当事者の日本選手の心情、つまり過密なスケジュールや、せき立てられるようにツアーに参戦する気持ちは卓球王国の最新号の丹羽孝希のインタビューからも感じ取ることができる。 (今野)

★写真は17年12月のITTFワールドツアー・グランドファイナルでプレーする丹羽孝希(左)と石川佳純(写真提供:ITTF)。18年1月の世界ランキングで日本選手最高位となった