卓球王国9月号 好評発売中!
サイト内検索
スマホ版に
戻る

王国インフォ

トップニュース王国インフォ
 それにしても、これまで文章でだけ知っていて、その光景を想像するしかなかった数々の卓球史のエピソードを、マンガという形に具体化し、広く世に残すことができるというのは、耐えがたい快感である。

 今回発売された第1巻では卓球の元となったテニスのさらに元となった「ジュ・ド・ポーム」という16世紀フランスの球技の誕生から、卓球が日本へ伝来して独自の発展を遂げるまでを描いた。登場する人物たちは、セルロイド球を発明したジェームズ・ギブ、ピンポンセットを普及させたジョン・ジェイクス三世、国際卓球連盟を創立したアイボア・モンタギュー、史上最長1ポイント2時間12分のラリーをしたエーリッヒとパネス、あまりに強力なフィンガースピンサービスによって卓球のルールを変えてしまったソル・シフ、卓球を日本に持ち込んだ坪井玄道といった、豪華絢爛てんこ盛りの錚々たる方々だ。

 第2巻では日本の卓球が世界に羽ばたく様子から1950年代の卓球ニッポンの黄金時代までを、球聖・今孝、史上最強と言われた藤井則和、そしてミスター卓球・荻村伊智朗を中心として、用具やルールの変遷、名勝負を織り込んで描いた。

 どの場面も壮大な卓球物語の1コマであり、卓球に人生を懸けた人々の情熱に満ち満ちている。登場人物たちが残した文章を要所で引用し、台詞にも彼らが手記やインタビューなどで語った言葉をできるだけ散りばめて、マンガに彼らの魂が宿るよう心掛けた。

 現在制作中の第3巻では、1960年代になっていよいよ中国が台頭し、必死にそれと対抗しながらも敗れゆく日本の姿を描いている。その後はヨーロッパの卓球が復興しアジアとヨーロッパが拮抗する怒涛の1970年代をピンポン外交、用具の高性能化を交えて描く。さらに1980年代の中国 vs. スウェーデンの死闘と日本での卓球暗黒時代の混迷、そして1990年代の卓球メジャー化への挑戦から2000年代の日本の卓球の再興を経て2016年のリオ五輪での日本の活躍による卓球フィーバーまでを描く。

 この壮大な物語の最後は、書き始めたときから決めている。それは、リオ五輪での卓球フィーバー冷めやらぬ2016年11月、深夜の吉祥寺で、久保彰太郎さん(「バタフライ」の数々の卓球用具を開発)と私の会話の場面だ。

 久保さんは、自らが作り出した高性能の用具によって卓球があまりにも用具偏重になり、スポーツとして間違った方向に成長してしまったことに自責の念を抱いていた。私はその考えに同意できず反論したが、久保さんの考えを変えることはできなかった。

 久保さんが亡くなったのはその翌年の1月だった。生前の久保さんを納得させることはできなかったが、このマンガの最後でもう一度、久保さんに反論させていただく。あなたが作り出した、この素晴らしく高度で面白いスポーツに魅せられて我々はここにいるのですと。

 もしも久保さんがこのマンガを読んだら何と言ってくれただろうか。自責の念は変わらなかったかもしれないが、目を細めて喜んだに違いない。第2巻に登場する21歳の自分の姿に「イケメンすぎます」と苦言を呈しながら。
(完)

 『マンガで読む 卓球ものがたり1』はコチラ
 『マンガで読む 卓球ものがたり2』はコチラ

 「テーブルテニスコレクター」を苦しみながらも読んでいると、執筆している人の中に、アラン・デュークというとんでもないイギリス人研究家がいることがわかってきた。なにしろこの方、卓球史において重要な人物を見つけると、その人の生没年はもちろん、当時の住所や家族構成、はては祖父の代からの一家の歴史など、もはやどこが卓球史なのかわらないことまで調べ上げて発表するというとんでもないお方なのだ。

 ホイ氏の回答に納得できなかった私はデューク氏に連絡を取り、E.C.グッドが架空の人物なのはわかったが、モデルになった人物はいなかったのかを尋ねた。デューク氏は私の疑問に興味を持ち、さっそく調査をしてくれた。その結果、E.C.グッドに限りなく近いフレデリック・グッドという当時25歳の人物がいたことを突き止めてくれた。フレデリック・グッドは、1902年の大会で3回優勝しており、当時の新聞に「ラバー貼りラケットの先駆者のひとり」と書かれ、ロンドン郊外のパットニーに住んでいたという点も伝説とぴたりと一致していた。薬局のエピソードまでは記録に残っていないので真偽のほどはわからないし、ラバーの発明者は先述したようにフランク・ブライアンであることに変わりはないが、ともかく、E.C.グッドは名前は違ったが実在したことがわかったのだ。

 こうして、ときには卓球史の研究に小さな貢献をし、私自身も新しい発見をしたりしながら、行きつ戻りつしながら卓球マンガを書き進めた。

 当然ながら目を通した文献は膨大になった。書籍だけではなく、卓球レポートなどの専門誌、新聞記事も集めた。何がどこに書いてあるかは到底覚えられないので索引が重要になる。一度読んでも記録をしていないと二度と見つけられなくなるので、ちょっとでも使えそうなものは念のためにすべて記録した。この索引がなくなったらと想像するだけで恐ろしい。

 こうした苦労をしたので、私が藤井基男さんの著書を参考にしたように、将来、私の仕事を引き継ごうという物好きな人が現れたときのために、各巻の巻末に参考文献を載せた。マンガの何ページが参考文献の何ページに基づいているかまで書いた異様に詳しいリストだ。「どうだ、まいったか」と読者をマウンティングする目的も兼ねていることは言うまでもない。あまりにも大変だったので、これくらいはさせてもらいたい。

〜制作秘話5(8/7掲載予定)に続く〜

 『マンガで読む 卓球ものがたり1』はコチラ
 『マンガで読む 卓球ものがたり2』はコチラ

 こうした調査をしている中で、実は史実そのものにも怪しいところがある事実に直面した。資料によって情報が食い違うのだ。たとえばラバーが発明されたエピソードとして、1902年のある日、E.C.グッドというイギリス人が薬局でつり銭皿を見てそのゴムマットをラケットに貼ることを思いつき、そのラケットを使って大会で楽々優勝したというのが定説だったが、本によってはA.C.グッドと書いてあったり、薬局ではなく銀行と書いてあったりする。おまけに、どうしたわけかそのE.C.グッドなる人物の写真が一枚もない。同時代の人物の写真は普通にあるのにだ。

 そこで、アメリカの卓球史研究家であるチャック・ホイ氏に問い合わせたところ、ホイ氏自身が2007年に書いた論文が送られてきた。それによると、E.C.グッド伝説には何の根拠もなく、それどころか1901年にフランク・ブライアンという人がラバー貼りラケットの特許を出していて、1902年に発売している証拠文献があるので、ラバーの発明者はフランク・ブライアンだという。E.C.グッドの写真がないのも当然で、実在した証拠がない人物だというのだ。

 卓球史など完全に事実関係がわかっているのだろうと思ったら全然そうではなく、いまだに新事実の発見が続いていたのだった。卓球の歴史マンガを書くということは、そうした際限のない深い沼に足を踏み入れる行為であることを知って、愕然とした。

 チャック・ホイ氏がラバー発明についての論文を発表したのは、ITTF(国際卓球連盟)が発行している「テーブルテニスコレクター」という会報だった。さっそくそれらをITTFのウェブサイトで閲覧して驚いた。もともとこの会報は名前の通り、古いラケットなどのコレクターどうしの情報交換の場だったらしいのだが、それが高じて、今では世界最先端の卓球史研究の場になっていたのだ(2017年から実態に合わせて誌名が「テーブルテニスヒストリー」に変わった)。

 ここからさらに私の生活は大変なことになった。なにしろこの会報はすべて英語なので、英語の達人ならぬ私には読むのに恐ろしく時間がかかるのだ。あちこち拾い読みをすると、後から否定された情報だったりするので、新しい号からくまなく読まなくてはならない。そもそも卓球はイギリスで生まれたので、誕生時期の他の参考文献もすべて英語だ。

 それらの中でマンガの役に立つのはほんの一部だが、それがどこに書いてあるのかは読んでみないとわからないので読むしかない。辞書を引きながらいかにも卓球マンガの役に立たなそうな文章に意味を書き込んだりしていると、いったい何のためにやっているのかと、目的を見失いそうになることもしばしばなのであった。

〜制作秘話4(8/5掲載予定)に続く〜

 『マンガで読む 卓球ものがたり1』はコチラ
 『マンガで読む 卓球ものがたり2』はコチラ

 今回のマンガでの私の役割は登場人物の台詞や説明文が主だが、もうひとつの役割としてマンガ家さんに提供する資料の作成がある。卓球を知らないマンガ家さんにとって、卓球のプレーを違和感なく描くことは難しい。特に難しいのはグリップだ。そこで、マンガ家さんが描いた絵の構図に合わせて私がポーズをとった写真を貼り付けて送る作業が必要となった。プレー場面のほとんど全コマなのでおびただしい数にのぼり、大変ではあったが、手だけとはいえ私の一部が荻村伊智朗や田中利明として描かれるのだから、これほど楽しいことがあろうか。自然と笑みがこぼれた。

 また、歴史ものなので、登場人物の顔や服装、建物などできるだけ史実に忠実に描いてもらいたい。当然ながらそんな資料をマンガ家さんが持っているわけがない。マンガ家さんどころか、おそらく世の中で私しか持っていないものすらある。

 ということは、それらを正しく描こうがデタラメに描こうがそれを判別できる読者などほとんどいないので、無意味な努力にも思えるが、それらが作品の迫力となって必ずや読者に伝わると信じて調べた。実はそれは言い訳で、本当の理由は、調べればわかるかもしれないものを調べないで描くのは気持ちが悪いというだけのことである。

 ある本に載っている参考文献を手に入れて、さらにその本に載っている参考文献を手に入れたりしているとキリがなく「これ以上見つからないでくれ」と思うことさえあった。困ったことにAmazonなどで意外に簡単に手に入ってしまうのだ。新しい資料が見つかると嬉しいやら苦しいやらであった。

 こうして入手した本に出てくる写真を元に描いてもらった。たとえば、初代国際卓球連盟会長のモンタギューが出てくる場面は、モンタギューの自伝「THE YOUNGEST SON」に収められていた家や家族の写真をもとに描いてある。日本で最初にピンポン球を製造した人物については「セルロイドハウス横浜館」というセルロイドの博物館のような施設に問い合わせ(そんなのがあるのだ!)、永峰清次郎という人物であることを突き止めた。その情報を元に、SNSなどを使ってそのお孫さんお二人を探し当て、当時の写真を入手した。

 卓球そのもの以外の描写にもこだわった。たとえば、1938年の世界選手権で審判がマイクを使ってアナウンスする場面では、当時の動画にぼんやり映っているマイクの形から、それがフィリップス社の4211型という製品であることを骨董品のウェブサイトで特定し、鮮明な写真を入手するといった調子だ。

 こんなことをしているので、書くよりも調べている時間の方がはるかに長く、さっぱり進まずに3年もかかってしまった。いくら苦労して正確に描いても面白くなければ意味がないわけだが、こうした努力も通常の面白さとは別の価値を生んでいるものと信じている。

〜制作秘話3(8/3掲載予定)に続く

 『マンガで読む 卓球ものがたり1』はコチラ
 『マンガで読む 卓球ものがたり2』はコチラ

 「面白くてタメになる卓球の歴史マンガを作りたい」
 卓球王国編集長の今野さんからそんな電話をいただいたのは3年前2017年8月のことだった。よく覚えていないのだが、その電話は私への原作依頼ではなく、私が古い卓球の本を沢山持っているので資料提供の協力をしてほしいというものだったと思う。なぜなら私はその電話で「原作は私がやりますから絶対に他の人に頼まないでください!」と言ったことをはっきりと覚えているからだ。

 そもそも卓球の歴史は、語り継がれるべき面白いエピソードが満載なのに、それらが広く活用されているとは言い難い。これらを一部の卓球史マニアだけのものにしておくのはあまりにももったいない。どうにかしてそれらを世間に伝えることはできないか、そういう思いを常々持っていたのだが、具体的にどうしたらよいかはわからなかった。

 そこに今野さんからお話をいただいたので(いただいていないのだが)飛びついたのだった。といって、私はふざけた4コマまんがを描いたことがある程度で、ちゃんとしたマンガの原作は書いたことがない。今野さんが躊躇したのも当然であったが、そこは熱意で押し切った。また、エピソードそのものが面白いのだから、そのまま書くだけで面白くなるはずだという目算もあった。

 さっそく藤井基男著『卓球・知識の泉』(卓球王国2003年)を参考にして卓球の誕生から書き始めた。そこでわかったのは、文章と違ってマンガは実時間で書かなくてはならないということだ。たとえば「第1回ヨーロッパ選手権にインドが参加していたことから、大会の途中から世界選手権に変更されてこれが第1回世界選手権になった」という史実があったとすると、試合の絵にこの説明文を入れてもマンガにはならない。それでは絵本か紙芝居だ。マンガにするには、インド人が参加しているのを見て誰かが「世界選手権にしよう」と提案するなど、実時間でのやりとりを描くことが必要になる。ところがそんな細かい記録などどこにも残っていないから想像で書くしかない。よって、史実に基づいた歴史マンガといっても、コマのほとんどが創作になってしまうのだ。そのまま書くだけで良いというのはとんだ誤算であった。

 これは大変なことになったと思ったが、創作とはいわば妄想なので、それなら得意だと開き直った。イメージしたのは、歴史マンガの傑作『栄光なき天才たち』(作・伊藤智義/画・森田慎吾)だ。卓球のそれぞれのエピソードが『栄光なき天才たち』にすでに描かれた様子を想像して、それをなぞるつもりで書くと、自然に書くことができた。この名作マンガなくしては今回のマンガは書けなかったと思う。


〜制作秘話2(後日掲載)に続く〜

 『マンガで読む 卓球ものがたり1』はコチラ
 『マンガで読む 卓球ものがたり2』はコチラ

 月刊誌「卓球王国」で「奇天烈逆も〜ション」を連載中の伊藤条太氏が放つ〝卓球史マンガ〟が、いよいよ発売!
 読めば誰かに話したくなるオモシロ歴史話が盛りだくさん。親子で一緒に、コーチ&選手で一緒に楽しめる作品!

『マンガで読む 卓球ものがたり1』
『マンガで読む 卓球ものがたり2』
 原作:伊藤条太  作画:阿部有軌、アメハシ
 定価:各(本体1,300円+税)

 第1巻「卓球誕生と日本伝来」
 第1章 卓球の誕生(1880〜1900年)
 第2章 娯楽からスポーツへ(1900〜1950年)
 第3章 日本への伝来(1900〜1930年)

 第2巻「卓球ニッポン、黄金時代」
 第4章 日本の卓球、世界へ(1930〜1950年)
 第5章 卓球ニッポン(1950〜1960年)

 6月号で好評のうちに最終回を迎えた、卓球での体の使い方をテーマにした『脱・手打ちのスイング改造術』。それに続く「脱」シリーズの第2弾、『脱・自滅のフットワーク』が7月21日発売の卓球王国9月号から早くもスタートする。

 実はこれまで、卓球王国の技術特集で意外なほど取り上げられていないテーマがフットワーク。「鬼門」というのは、少々言い過ぎか。読者の皆さんの興味も、試合ですぐ効果が出るサービスや3球目攻撃に集中し、フットワーク練習は「地味」「疲れる」「詰まらない」という印象が拭えない。

 しかし、監修者の中澤鋭さんはフットワークについて、「相手のサービスに慣れることはできても、フットワークに慣れることはできない」と言い切る。中国の馬龍や許シンが見せる、相手より1本、2本多く返せるフットワーク。試合の中でその差をすぐ縮めることは不可能だ。そう聞くと、フットワーク練習にも少しはやる気が出てくる……気がする。

 テーマがテーマだけに、マジメに取り上げすぎてもつまらない。今回の「脱・自滅のフットワーク」では、監修者の中澤さんが今までに見てきた、日本選手に多いフットワークの「ダメな例」を取り上げ、それを改善する特効薬を提示していく。初回はまず、押さえておきたい「フットワークの本質」からスタートだ。乞うご期待!

上記記事が掲載されている「卓球王国2020年9月号」の詳細・購入はこちら↓
https://world-tt.com/ps_book/back.php?lst=2&mcd=AZ281
  • 「脱・自滅のフットワーク」、今回はダメな例にこだわりました!

卓球王国2020年9月号の内容に誤りがありました。

■p.121  「卓球の火」を消さない! 令和2年度郡山卓球選手権大会一般の部(練習会)

誤)森尾悠一朗

正)森尾悠一郎

ここに訂正し、ご本人をはじめ、関係者や読者の皆様にご迷惑をおかけしたことを、心よりお詫び申し上げます。
●【巻頭】卓球王 水谷隼 終わりなき戦略〈後編〉
●【インタビュー】松崎太佑が語る「伊藤美誠のコーチング」
●【言葉】銀色の追憶
●【技術特集/NEW】脱・自滅のフットワーク〈Vol.1〉
●【技術特集】世界基準の「回り込み極意」
●【技術特集】「健太塾」夏期講座(1)
●【インタビュー】どうなる!? Tリーグ
●【グッズ特集】ザ・ブランド[ヨーラ]
●【知識】マンガで読む「卓球ものがたり」〈Vol.3〉
●【Another Story】広浜泰久
●【ビギナー】公立中学必見!「短期超上達法」〈Vol.4〉
●【知識】真説 卓球おもしろ物語〈その3〉
●【グッズ特集】勝つための武器“表ソフト”
●【練習メニュー/NEW】練習事典
●【好評連載】我ら、ペンホルダーズ/モンダイは指導者だ/もうメンタルで悩まない!/ルール早わかり/王国タイムアウト/用具のこだわり/奇天烈逆も〜ション/記者席からの目線 ほか


詳細・購入はこちら

 松平健太選手がモデル&解説を行う人気ページ「健太塾」をリアルに体験できる合宿を8月22〜23日に開催します(募集定員50名。最少催行人数25名。定員に満たない場合は開催いたしません)。

 『リアル健太塾』は松平健太選手が講師を務め、静岡県富士市にオープンするスポーツ総合ホテル「エスプラット フジスパーク」で、1泊2日の合宿形式で行われます。

合宿の詳細、ご質問などお問い合わせは下記の「第1回リアル健太塾事務局(株式会社トッパントラベル)」まで。

TEL 03-4530-8400
営業時間:月〜金10:00〜17:00(土・日・祝日を除く)

詳細、申し込みウェブサイトは下記になります。
https://www.toppantravel.com/mice/event/kentajuku01/

お問い合わせeメール
tabletennis@tts.co.jp

※『リアル健太塾』についてのお問い合わせは上記「第1回リアル健太塾事務局(株式会社トッパントラベル)」にて受け付けております
※卓球王国に問い合わせいただいてもお答えできませんので、ご了承ください