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石川が敗れた後、「負けられない」という気持ちが平野を狂わせた

 平野美宇の目からこぼれ落ちる涙。彼女は泣き崩れるのを耐えているようにも見えた。それは胸が締め付けられような瞬間だった。

 シンガポールで行われているT2ダイヤモンド。今年のワールドツアーの上位16名が参戦でき、世界ランキングに直結するボーナスポイントが付与される。日本は先週のオーストリアオープンの後、男女とも張本智和と伊藤美誠が東京五輪の代表を決めているが、シングルスの2人目の切符を、男子の丹羽孝希、水谷隼、女子の石川佳純、平野美宇が大接戦で争っている。
 日本卓球協会は、来年1月の世界ランキングによって上位2名をシングルス代表とすることを選考基準として発表している。実質的には、このT2の後、男子ワールドカップ(水谷不参加)と12月の北米オープン・チャレンジプラス(水谷不参加)とワールドツアー・グランドファイナルがある。女子はあと2大会を残すのみで、五輪代表は決まる。
 過去1年間の上位8大会の獲得ポイントで決まる世界ランキング。対象となる今年のワールドツアーの合算ポイントは、平野美宇が現時点で10295、石川佳純が10230と、平野がわずか65点のリード。
 女子2人の大会の獲得最低ポイントは900。北米オープンでは優勝すると1100が入るので、200点が上乗せされることになる。しかし、この大会には中国の若手が12名もエントリーしている。それら強豪選手をなぎ倒しながら、「優勝のみが目的」の大会に向かう。

 日本の卓球愛好者は120万人とも言われるが、仮に半分が女子だとしても数十万人の中からわずか3人が五輪の代表として東京の舞台に立てる。そしてシングルス枠はわずかに2名。
 そんな高いピラミッドの頂点でしのぎを削る2人のアスリート。しかし、死闘とも言える国内競争は4年ごとに繰り広げられてきた。リオ五輪前もしかり、さらに過酷だったのは2012年ロンドン五輪の時だ。2011年4月の世界選手権ロッテルダム大会の直後に発表される世界ランキングで代表を決めるルールだった。世界大会前に、女子は福原愛、平野早矢香、石川佳純が横一線に並んだ。結果、わずかに1勝上回った福原と石川がシングルスの切符を手にして、平野は団体戦要員に回った。
 試合後の会見で、福原も石川も手放しで喜びを表現しなかった。彼女たちはともに戦った平野を気遣っていたのだ。一方、少し時間をおいて開かれた平野の囲み会見で、疲れ切った表情で登場した平野も、「やれることはすべてやりました。もし団体戦に選ばれたら、日本のために頑張ります」と言いながら、大粒の涙を流した。胸が締め付けられる会見だった。3人は翌年のロンドン五輪で日本卓球史上初のメダルを獲得し、卓球三人娘として日本中を感動させた。日本人同士が激しく戦う代表争いだが、代表が決まれば、3人はどこの国よりも心を通わすチームワークを見せた。
 五輪が特別なのは、選手たちの強い思いがそこに向けられ、喜びと悔恨のストーリーが交錯するからだろう。

平野の口から出た「死ぬ気で頑張る」という言葉の意味

 昨日のT2ダイヤモンドのミックスゾーン。平野美宇が「良いゲームができる時とできない時の差が大きい。海外の選手からすれば単なる試合でも、私たちはプレッシャーがかかっている」と言ったところで、言葉に詰まり、彼女の目から涙がこぼれた。「その時に全然自分のプレーができない、こんなんじゃ(五輪へ)出場しても……今のままじゃだめだと思うので、あと2大会に賭けたい」
 他国の選手は日本とは五輪代表の選考方法は違う。すでに内々に代表が決まっている国(協会)もある。今回のT2の試合の重要度は間違いなく日本選手が一番大きい。
 同じ平野でも、7年前の早矢香の涙と、今回の美宇の涙はその意味が違う。美宇の戦いはまだ終わっていないからだ。このT2での襲いかかってきた重圧によって自分本来のプレーができなかった、自分のふがいなさに流した涙だったのだ。

 平野美宇が代表権を争っているのは石川だが、平野が戦っているのは「平野美宇自身」なのだ。コートの相手を倒そうとするのだが、「勝ちたい」「負けられない」という重圧が平野自身を狂わせた。昨日の試合はそんな戦いだった。
 涙をぬぐいながら、「次の試合に向けて卓球に死ぬ気で賭けるように頑張りたい。同じような負けはしたくない」「あと2大会で決まるので、どれだけ自分のプレーができるか、成長した自分を見せたい」と語った平野。いつもおっとりして、メディアの笑いを誘うようなリアクションを見せる平野の口から発せられた「死ぬ気で」という言葉。それは恐ろしいほどの本音のワードだった。

 リオ五輪では3人の代表に入れず、リザーブとして、練習相手をしたり、観客席で応援に回っていた平野美宇。試合に出れない悔しさがその後の彼女の成長を支えたはずだが、それでもなお、彼女の心を狂わす重圧がある。前日に伊藤美誠に負けていた石川。もし、平野が勝ちきっていれば、100点を加えた165点の差をつけることができたが、それもかなわなかった。
 前日に敗れた石川の目には涙はなかった。熾烈な争いをすでに4年前、8年前に経験している石川は、あと2大会の勝負に気持ちを切り替えている。
 平野美宇と石川佳純との差はわずか65。勝負は12月12日から始まるワールドツアー・グランドファイナルで決まる。 (今野)