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「まるで山頂で生活を続けている感覚。苦しくなり息ができなくなるような感覚に
襲われる、その息が止まる瞬間がそろそろ近づいている」

  現役選手でありながら、3冊目の書籍『終わりなき戦略』(卓球王国刊)を出版した卓球の水谷隼。リオ五輪で銀(団体)と銅(シングルス)のメダルを、世界選手権では団体とダブルスで7個のメダルを獲得した。全日本選手権大会では前人未到のシングルスで10度の優勝を誇る卓球王。半世紀以上前の日本人の世界チャンピオンを別にすれば、この50年間で最も成功した日本の卓球選手であることは間違いない。
 
  2016年のリオ五輪前の2月。『負ける人は無駄な練習をする』(水谷隼著・卓球王国刊)を書き上げ、最終チェックが終わった頃だった。
 「これでだいぶ自分の考えを文字にできた感じがするでしょ?」と聞くと、「何言ってるんですか。まだぼくの考えの半分くらいですよ」とニコリともせずに彼は言ってきた。「じゃ、オリンピックが終わったら、またすぐに書き始めるか」と言うしかなかった。五輪を前に水谷は心身ともに充実していた。

  それから4年経ち、ようやく実現した。新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪が延期となり、練習場などが閉鎖されなければ、この一冊を作り上げることはできなかっただろう。 
 この本は彼の深い部分を聞き出し、書いてもらうために事前に100個ほどの質問を用意した。それを本人にぶつけながら作り上げられた。一つひとつの質問への答えが秀逸で、全く予想しない捻りの利いた「水谷らしい合理的で自然な答え」の数々。 
 「ある指導者から『水谷の卓球の哲学とは何か』という質問が来ている」とぶつけると、「ぼくの哲学は、自分の限界まで練習をやらないこと」という答えが返ってきた。「卓球の哲学とは日々自分の限界に挑戦すること」などというありきたりの答えではない、完全に逆モーションで返された。
 全日本選手権で13回連続決勝に進出し、うち10回の優勝を誇る水谷隼という男は、すべてにひと筋縄ではいかないアスリートだ。

 「自分がいたから2008年から日本は世界選手権の団体メダルを獲得できた。いなかったらベスト8に入るのも難しかった」と言い切る。「リオ五輪だって、ぼくがいたからメダルを獲れた」と言われれば、そのとおりだ。彼がいなければ、リオ五輪での男子の2個のメダルは存在しなかった。このうえなく不遜な態度にも映るし、日本人が好む謙虚な言動を持たない。
 卓球王だからこそ、口に出せる言葉であり、それはテレビの前での優等生的なコメントを残す水谷隼とは違う。どちらが虚像なのかといえば、画面の向こうでややぎこちない笑顔を見せながら、言葉を発する姿が虚像に決まっている。聞き分けが良い、素直な男が13回も全日本選手権の決勝に行けるわけもなく、世界のトップ選手と心理的な駆け引きをできない男が、五輪でメダルを獲れるわけなどないのだから。

  世界選手権や東京五輪の延期が決まり、新型コロナウイルスのせいで休養を余儀なくされたが、その時間を使って、彼の26年間の卓球人生を振り返るような「卓球戦略論」。この一冊に水谷隼という選手のどれほどの真実があるのか。そして卓球ブームに沸く卓球界への痛烈なメッセージが随所に出てくる。 

  東京五輪が開催されれば、それを最後に国際舞台から退くと明言する水谷。31歳の彼の現役生活はそう長くない。終りが近い選手生活の中で執筆した『終わりなき戦略』。
 本の帯にはこう書かれている。「ぼくの息が止まる前に書いておくべきこと」。
地球上最速の対人競技と言われる卓球。その達人がこう言う。
「10年前に世界トップ10に入った。そのポジションを維持し、さらに上を目指すことは、トップ10に入ることの何十倍もつらい。それはまるで山頂でずっと生活しているような苛酷さだ。そんな生活を続けていけばいくほど、苦しくなり息ができなくなるような感覚に襲われる、その息が止まる瞬間がそろそろ近づいているとも感じている」
 『終わりなき戦略』は稀代のチャンピオン、水谷隼の卓球界への遺言かもしれない。 (今野)

  • 卓球王国で3冊目の「水谷本」にサインする水谷選手

  • 『終わりなき戦略』を石川選手に贈呈。最近は一緒に練習をすることもある

  • 練習場での贈呈式(?)。水谷選手、恐る恐る石川選手に手渡し