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2017世界卓球デュッセルドルフ大会速報

 それは日本にとって良かったことかもしれない。
 昨日、五輪メダリストの水谷隼(木下グループ)が、13歳の張本智和(JOCエリートアカデミー)に敗れた。水谷はメダリストとして、また同士討ちと言うこともあり、心理的に受けて立つ面があったかもしれない。しかし、心理面での有利不利を差し引いたとしても、張本の試合ぶりはすごかった。
 サービス、レシーブで優位に立ち、ラリーでは高い打球点でのバックハンドで支配して、水谷を台から下げることに成功した。水谷は戦術として台から離れた打ち合いに持って行こうとしたのではなく、「下げさせられた」状態だった。

 張本はモンスターと呼ばれる才能を存分に発揮し、ドイツのみならず、世界の関係者に衝撃を与えた鮮烈デビューだった。前日のミックスゾーンでは「勝てる可能性は5%」と言って、胸を借りることを強調していた天才少年。終わってからは「今までの卓球人生で一番うれしい勝利」と語り、「可能性は5%でも勝ちたい気持ちは100%だった」と胸を張った。

 二人の対戦を観客席で見守った倉嶋監督はエースの敗北と若手の成長を複雑な表情で語った。
「コメントしづらいですね。張本のサービスとレシーブが抜群に良かったし、水谷は面食らった。3ゲーム目から水谷が流れを変えようとしていたが、そのゲームを張本が押し切ったのが勝因。あのタイムアウト・・張本は頭がいいんですよ。勝負勘を持っている。
 久しぶりに、張本は練習よりも試合のほうが強いんだというのを思い知った。教えているものはもちろん、想像以上にそれを試合で使いこなす。台上フリックやサービスとか練習していたことを、水谷に対してあそこまでできるのは驚きだった」

 ドイツの卓球専門誌のネルソン記者は試合後にこう聞いてきた。「日本では同士討ちであれだけ年下の選手が年上、格上の選手に対して闘志をむき出しにするのは普通のことか? ドイツでは以前、ボルとオフチャロフが対戦した時に闘志を表に出せずに何か嫌な雰囲気になったことがあるんだけど」。
 「日本では全日本選手権のような国内選手権になれば、お互いが年齢と関係なく闘志をぶつけ合う。世界選手権とはいえ、国内選手権のような対決だと思えばあまり違和感がないね」と答えると、「そうなんだね。それはいいことだと思うよ」。

 団体戦ではないのだから、日本人同士の対戦は想定内だし、国内競争のようなものだ。それを後押しするコメントが試合後の水谷の口から言葉が漏れた。
「今日は完敗でした。張本の卓球は素晴らしかった。最初から最後まで勝機を見いだせなかった。試合の流れを彼が完全にコントロールしていた。あそこまでサービス、レシーブをコントロールできる選手はそういない。 張本がぼくの分まで頑張ってくれると思う。 今回メダル獲得を目指してきて、負けてしまったので、彼にメダルを獲ってほしい」と後輩にエールを送った。負けても王者としての潔さがあふれるコメントだった。
 リオ五輪後、水谷はマスコミには引っ張りだこになり、練習がままならない時期もあったはず。しかし、彼は男子卓球をアピールするために取材を受け続けた。一方で、自分をかき立てるものを探していたはずだ。「張本は非常に楽しみ。彼のためにも自分が成長したいし、まだまだ引退はできない」と会見を締めた水谷。

 今回の敗戦が、水谷の中に眠っていた闘争心に火をつけたのではないか。だとすれば、日本の卓球界にとって、複雑ではあっても、ポジティブに受け入れる結果だったのではないか。
 水谷は五輪メダルという称号だけで消えては行かない。欲しかった世界選手権のメダルを逃し、20年の東京五輪を目指す彼にとって、大きな導火線になった敗戦と言えるだろう。 (今野)