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 8月24日、木下グループ(本社:東京/木下直哉・グループCEO)が水谷隼のTリーグ参戦を発表した。これはあくまでも形式的な発表であり、木下マイスター東京は「水谷のチーム」であることは周知の事実だった。

 2016年リオ五輪で日本中の人に「熱い卓球」を見せつけたのは水谷隼だ。卓球競技では日本人初のシングルスのメダルを獲得し、さらに男子団体でも銀メダル獲得の原動力となったのは水谷だった。
 その後のテレビの露出もあり、水谷は「国民的な卓球選手」となった。すべてを手に入れたかのような水谷だったが、ひとつだけ欠けていたのは所属スポンサーだった。当時は自身のマネジメント会社を所属名としていたが、彼自身はフルサポートしてもらえる所属スポンサーを探していた。

 そして、翌17年にメインスポンサーに手を挙げたのが木下グループだった。木下直哉社長は実はリオ五輪の卓球会場で水谷のプレーを見ていた。フィギュアスケートのスポンサーで有名な同社だったが、木下社長はリオ五輪で卓球ファンになっていた。
 そこで五輪メダリストに「水谷のチームを作ろう」と話し合いを持ち、17年3月に水谷は木下グループと契約を結んだ。川崎にある木下の練習場は、全面的に水谷の要望を入れた、まさに「水谷仕様」の国際規格の練習場となった。
 しかし、その時点で会社も水谷本人もまだ具体的な姿が見えないTリーグでの参戦は考えていなかったはずだ。あくまでも日本の至宝をサポートしようというのが木下グループの姿勢であり、その後、張本智和、松平健太、大島祐哉、田添健汰と日本代表クラスと次々と契約を結んでいく。

 一方、ロシアリーグやT2 APACなどで腕を磨いていく水谷だが、Tリーグに関しては懐疑的だった。すでに2015年からロシアの『オレンブルグ』でプレーし、力をつけていた日本のエース。唯一、彼を悩ませていたのはその移動距離と移動時間だった。
 ロシアリーグとヨーロッパチャンピオンズリーグは不定期に行われるために、ロシアでの定住ではなく、ロシアと日本を行き来する日々。往復すればその移動に2日間を要し、時差を調整し、さらに世界ランキングを維持するためにワールドツアーにも参戦する水谷にとって、移動時間によって練習時間を削がれたうえに、体調を整えることは容易ではなかった。

 それでも水谷はまだ見えぬTリーグに参戦するべきか、ロシアでプレーを続けるべきか迷っていた。
 日本初のプロリーグのTプレミア。そして将来に向けたTリーグ構想の中で、「水谷のいないTリーグ」は考えられない。極端に言えば、Tリーグは「水谷がけん引すべきリーグ」とも言えた。

 水谷隼という男は、みんなが右を向いたら、左に走り出す男だ。常に人と違う行動をしたり、人と違う選択、通常は選ばない道を歩むことに価値を見い出す男である。17年にTリーグが組織として動き出し、男子のトップ選手がいよいよTリーグ参戦を意識する頃、彼はあえて「Tリーグ参戦」に対して、距離を置いていた。

 ところが、当初Tリーグを考えていなかった木下社長が「Tリーグ参戦」を内外に示し、Tリーグの松下浩二チェアマンも水谷本人と会食を持ち、Tリーグへの参戦を希望した。
 何より水谷本人も、大事な東京五輪を前に集中できる練習環境を求め、選手としてのキャリアの最後を、Tリーグを通した日本卓球界への貢献に捧げようと決意したのだ。

 ちまたでは、急成長の張本に注目が集まるが、Tリーグをけん引し、その成功の浮沈の鍵を握っているのは水谷と言っても過言ではない。
 唯一残念なのは今シーズン、水谷と張本が同じ木下マイスター東京でプレーするチームメイトなので、二人の対戦が見られないことだ。だが、水谷のプレーする背中がベンチにいる張本を刺激することは間違いない。
 それは2020年東京五輪でメダルを狙う日本男子にとって、化学反応を起こすエネルギーの源になるはずだ。 (今野)
  • 10月24日のTリーグ開幕戦で登場するであろう水谷隼