男子団体で地元ブラジルが観客の大声援を受けながらも姿を消した。しかし、彼らが残したもは大きい。
卓球不毛の地ブラジルにとって、卓球というスポーツを一般の人にアピールできたのだから。試合が終わっても、大勢の観客がカルデラノやマツモトにセルフィー(自撮り)をお願いして、選手たちも名残惜しそうにその要望に応えていた。
ブラジルはもともと日系社会で卓球は盛んであり、日本大学OBの笠原さんという方がブラジルに渡り、その縁で日本選手との交流もあった。歴代のブラジルチャンピオンは必然的に日系選手が多かった。
そこに出現したのがカルデラノ。日系選手ではない。日本のように幼稚園くらいで卓球を始めたわけでもなく、10歳頃だったというから日本人からすれば遅い。しかしほかのスポーツの体験を持っていて身体能力の高いこの選手が上達するのに時間はかからなかった。
ブラジルにはフランス人コーチが渡り、卓球指導をする機会があった。有名なミッシェル・ブロンデル(現ヨーロッパ・マスターカレッジヘッドコーチ)やその仲間のコーチがブラジルで指導するようになり、今回ベンチに入ったのもフランス人コーチのジャン−ロネだ。
ジュニア時代から海外で練習を積んだカルデラノは現在、ドイツのオクセンハオゼンでプレーしている。五輪後に、国からのサポートもなくなるだろうから、ひとりのプロフェッショナルとして生きていくことになるだろう。
実は2年ほど前のジャパンオープンで彼が21歳以下で優勝した日。彼の誕生日だった。彼のコーチ、ジャンロネと一緒に夜の12時頃に優勝と彼の誕生日を祝ったことがある。英語とフランス語を勉強中で、クレバーで人柄の良い少年だった。
南米が生んだスター選手、カルデラノの今後の注目だ。(今野)