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世界選手権ザグレブ大会(個人戦)

 外は30度近いのではないか。会場内も昨日より暑く、外に出たらもっと暑い。木陰で休むクロアチア3人娘を高橋発行人が激写、というほどでもないけど。イタリアンレストランに行ったら、マリオ夫妻とばったり。向かいはお友達夫婦。マリオの実家は車で2時間ほどのザダール。観光地である。
 女子の予選リーグからのスナップ。左はベラルーシの選手、右はエジプトの選手。140の協会が集う世界選手権ならではの風景があちらこちらで。
 世界ランク3位のドイツのティモ・ボルが記者会見で、バタフライとのアドバイザリー契約を2015年まで延長することを発表した。バタフライはボルが14歳の時に契約し、その後、ボルは順調に強くなり、世界のトップクラスで活躍。今回、異例の長期契約をバタフライと結んだ。このような選手と用具メーカーの長期契約はワルドナーとドニックの契約以来の出来事になる。
「今とてもハッピーだ。ぼくはバタフライのラケットもラバーもとても信頼している。選手として、自分の選手生命の最後までサポートしてもらえる契約はとてもうれしいことだ」
 卓球王国チームの朝食は9時にホテルのレストランで集合。そこにカメラ片手に、もう片手にはおみやげ袋を持って登場した高橋発行人。うれしそうに朝市の様子を語る。
 22日の朝の第一報は朝市の様子と、ホテルの前の共和国広場に立つ彫像をお届けします。日本選手は現地時間で今日の夕方6時からの試合となります。
 140の協会が集まり、遂に2007世界卓球選手権大会が開幕。21日の夜7時に開会式が行われた。
旧ユーゴ連邦のスロベニア、モンテネグロ、セルビアという旧連邦が呼ばれると会場ではブーイング。内戦の傷跡は未だに人々の中に残されているのだろうか。
 第一次世界大戦の敗北からオーストリア・ハンガリーが崩壊。オーストリア・ハンガリーから離脱したクロアチアは、南スラブ民族による連邦国家の構成と言うセルビア国王の提案を受けて、セルビア・クロアチア・スロヴェニア王国の成立に参加。1929年には国名をユーゴスラビアに改名した。ところが、連邦政府をセルビア人がコントロールしていると言うことで、クロアチア人は反発。独立をめざして紛争が起きる。ユーゴ連邦の父と言われたチトー大統領が1980年に死去し、ミロシュビッチが大統領になると不満が高まった。89年のベルリンの壁の崩壊、いわゆる東欧革命を受けて、91年にはスロベニアとともに独立を宣言。その後、ユーゴスラビア軍との衝突があり、紛争状態に。95年に紛争が集結するまで、多くの犠牲者が出た。人口は450万人、首都はザグレブ。
 卓球においては、ユーゴスラビアは世界的にも強豪チームで、世界タイトルも獲得している。83年の東京での世界選手権では男子ダブルスでシュルベク、カリニッチ組が優勝したが、シュルベクはクロアチア、カリニッチはセルビアだった。また名ダブルスと言われたプリモラッツ、ルプレスクもプリモラッツはクロアチア、ルプレスクはセルビアだった。91年の千葉大会ではユーゴスラビアは決勝に進出したが、旧ユーゴとしてはこれが最後の世界選手権となった。ちなみに日本男子のコーチのアメズィッチもクロアチア出身。社会主義体制の中で、卓球は旧ユーゴの中で強くなっていったが、その裏には民族的な複雑要素を多く含んでいたのだ。
 91年の独立後、卓球においては初の世界イベント。今回のザグレブ大会にはいろんな意味があると言えよう。
21日の予選リーグも着々と進行しております。
パワフルなバックハンドは子たちのあこがれです。
写真は、イングランド選手&南アフリカ選手
 明日の火曜に卓球メーカーとシャララITTF会長が緊急ミーティング。議題は日本での「グルーによるアクシデント」について。関係者の間ではグルー禁止が早まるのではとささやかれている。
写真はヨーロッパらの売店とバタフライの売店
 世界選手権と言えば、各卓球メーカーの売店ブースも来場者の楽しみ。今大会のメインスポンサーは「ティバー」。卓球台とボールを供給している。ティバーブース前のオブジェと、売店。(左と中)
 アンドロのブース。日本ではお目にかかれないものも多数。(右)
 本誌でおなじみの中国の卓球専門誌「ピンポン世界」の夏編集長です。このおかっぱ頭は20年以上もかわらずで、最新号では王励勤に化粧させたりと、卓球を知らない女編集長ならではの誌面作りをしています。
 朝、会場の外に設置したグルーイングルームをのぞくと、ミニスカのお姉さんが・・不釣り合いだけど、クロアチアだからいいでしょ。ちなみにクロアチアは世界三大美女の産地(こんな呼称があるのかな・・)。確かに街を行き交う女性は美人が多い。