我ら青森山田学園、青森山田高校時代の写真

前回のブログの更新後、原雅彦の奥さん、つまり私の大学の後輩、ちーぼーからこんなメッセージが届きました。

 

 「西田さんブログに原の名前ありがとうございました。

お礼に、と言ってはなんですが……。坂本竜介さんいないけど(笑)」

 

こっ、この写真はっ! 我ら青森山田学園、青森山田高校時代の写真ではないですかっ!!!

 

この写真を送りつけるって事は、これは「この写真を使って次のブログを書いて下さい」と言っているに違いない! 書くよ、書きますとも!

 

「いえ、西田さん! 私、そんなつもりで写真送ったんじゃないです!」というちーぼーの声が聞こえてきますが、その話はここに置いといて、と。

 

左からライオンの赤ちゃんのような顔をした森田有城、

ゲームが大好きだという原雅彦、

高校生の時からファンが多かった高木和健一、

青森山田高校時代、女子寮でウサギを一時保護していた時、ウサギの耳を掴んで持ち上げ、私をハラハラさせた張良、

そして「出っ歯野郎」、「左のペンの奴」、「投げ上げサービスの奴」等と(恐らく)呼ばれていた、肌がとても白いこの女の子は誰?

持ち前の出っ歯を口をキュッと閉めて隠し、柴犬のようなクリクリとした目でこちらを見ている肌がとても白いこの女の子は誰?

当時は練習で髪を切りに行く時間も無かったため、卓球部の女子は自分で自分の髪の毛を切っていたので、写真に写っている女の子のような結構短めな前髪になるのはいつものこと。っていうか、しつこいようだけど、肌がとても白いこの女の子は誰?

 

あぁ、これは……、私かな? 肌が白いって、そりゃそうだ。外に出て日差しを浴びる事なんて高校3年間無かったですもん。

 

毎日毎日、

女子寮 → 食堂() → 学校 → 食堂() → 卓球場 → 食堂() → ジャスコ → 女子寮 

の行き来のみ。

特にジャスコには「ジャスコなんて、もういいよ!」っていうくらい毎日足しげく通ってました。それはそれは健気に。食べ物とか飲み物を買いに。あ、ジャスコって言うのは青森県で唯一の心のより所、大型スーパーのジャスコのことです。しばらくして近くにイトーヨーカドーも出来ましたが、ジャスコの方が私は行きやすかったです。

 

毎朝「朝練」と称して卓球部女子全員でランニングもしていましたが、朝の6時からでしたから、太陽の日差しなんて微々たるもの。

 

現在はグアテマラ滞在4年、ペルー2年半の月日が流れ、私の肌は東北出身のようなつるつるスベスベの「ゆで卵肌」から、なんとも表現しがたい「ドス黒い肌色」へと変化したのでした。

 

「なによりすごいのが、西田さん15年前と全然変わってないです」

 

と、後輩は気を遣ってかこんなコメントをくれましたが、さて、それはどうかな?

 

おまけ。

吉田安夫監督も写っておられます。

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