月別アーカイブ: 2月 2016

武田俊夫コーチ、通称「武田さん」

凄い人って、大体変わってるじゃないですか?
武田さんはまさにそのパターンだと思います。
武田さんって、変わってるんですよ。普通の人じゃない。つまり変人。
つまり、凄い人。

ブラジルはサンパウロにある、イタインケイコ卓球クラブでエリートクラスの子供たちのコーチをしています。

イタインケイコの子供たちと

武田さんの何が凄いって?

①日本人初のブラジル代表コーチ
(2012,2013年ホープス それ以降はクラブとの兼ね合いで辞退している)

②ブラジル代表総監督のリンコン・安田さんへのアドバイス
代表選考や代表合宿の練習メニュー作成の助言。

左がリンコン・安田監督

③レベルを問わず子供たちに慕われている
卓球の技術のみならず学校でのこと親とのことを、ブラジル人の他のコーチではなく武田さんに相談するそうです。

練習前、練習後のミーティングも徹底しています。

④技術を教える時の説明がわかりやすい
例えばシュートドライブをある選手に教える時に「この技術を覚えると、試合でこういう風に使える。それができると今あるこの技術が生きてくる。
そうなると試合で使える戦術がこれだけ増える。そのために今この練習をする」というような説明をするため、選手はイメージがし易く、やる気も出て上達が早いのだとか。

フリーハンドが後ろに行ってしまう癖を、ボールを使って直している様子。

⑤何人もの選手をブラジル代表にし、南米チャンピオン、ラテンアメリカチャンピオンも育てた

2013年の南米大会で、教え子のドゥドゥ(エドゥアルド・トモイケ)にアドバイスをしている様子(もちろんポルトガル語)

選手はもちろん、ブラジル人コーチにも多大な影響を持つ武田さん。
その彼が、リオデジャネイロオリンピックの後、日本に帰国することに決めたそうです。

帰国の主な理由については
1、物価の急激な上昇で生活が苦しいこと
2、お金が無いと医者にも思うようにかかれないこと
3、ここ数年、周りの知人が何人か急に亡くなり「ブラジルでは死にたくない」と思ったから

「俺みたいに『選手』として名前がないとコーチをするのは難しいよ」と武田さんは言っていましたが、私はこんなコーチをあまり見たことがありません。

武田さんが日本に帰ると、イタインケイコ卓球クラブに与える影響は膨大。
ブラジル卓球界に与える影響も少なくありません。

もちろん、日本でも結果を出しています。
2000年、全日本卓球選手権大会でダブルス優勝!
鬼頭明選手・野平直孝選手

その武田さんが「日本に帰国する」と言っているのですから、当然コーチをすると思いきや、日本に帰ってからの仕事はまだ決めていないそうです。

料理はセミプロ級、子供が大好き、頭がイイ、兄貴肌、世話好き、気が利く、昔は相当モテた(らしい)、リーダーシップがあり、歌も上手い。
武田さんならきっと何でもできるんだろうけど、やっぱり卓球のコーチをやって欲しいと思うのは私だけじゃないはず。

武田さん 中年フリーターなんて言ってないで、卓球のコーチ続けてくださいよー!

でも居酒屋の大将やパティシエ、学校の先生や保父さん、普通のサラリーマンにホスト、何をやっても武田さんならハマりそう。

広大な可能性を秘めた武田さん。恐るべし。

昨年の2015年2月6日のブログにも武田さんの事を書いています。合わせて読んでみてください。
ブラジル ~武田俊夫コーチ~

2015年去年の写真。まるで高校生のような当時30歳の私。

2016年今年の写真。私ったら、去年と同じTシャツ着てる!
武田さんは去年と変わっていませんね。

武田さんに用事があってメールのやり取りをしていたら、イタインケイコと書いていたところにツッコミが入りました。

→ちなみにイタインケイコーです
稽古ではなく蛍光灯のことなのよ

……知らなかった。ずっとイタインケイコだと思っていたけど、イタインケイコーだったのね。みなさん、ここはテストに出ますよ。

「You Next game, Yes? No now. But next game, Yes?」

前日の団体戦でブラジルランキング2位のKUMAHARA Caroline 選手に1-3で負けたので、個人戦でリベンジしようと意気込んでいました。

勝ち進めば4回戦目・準決勝で彼女と対戦する予定です。

1回戦を余裕で勝ち、会場をフラフラしていると「KUMAHARA選手、○○選手はもうすぐ試合ですので準備して下さい」との放送が耳に入りました。

「お、KUMAHARA選手の1回戦がもうすぐ始まるのか。見ておこうかな」と未来の対戦相手の様子が気になる西田泉選手。

すると、観覧席の一番後ろで友達と呑気にお喋りをしている私服のKUMAHARA選手を発見。

どうやら今の放送が聞こえていなかった様なので、私は親切に教えてあげました。

「ハロー。アナタ、試合。もうすぐ試合あるよ」 フレンドリーに手を振りながら。
「ハ?」
「日本語分かる?」
「ワカラナイ」
「アナタ、試合。もうすぐ、試合」 卓球のジェスチャーと、試合するコートを指さす。
「ノー ノー」 外国人らしく人差し指を横に振り、「試合しない」ジェスチャーの彼女。
「あれ? でも今放送で呼ばれてたよ?」 ←つい日本語。
「ハ?」 意味が分かっていない様子。
「困ったな。……You game now」
「ノー シアイ ノー game」 相変わらず「試合しない」というKUMAHARA選手。
「あぁ、分かった。今は試合しないけど、後で、つまり次の試合には出るでしょう? You Next game, Yes? No now. But next game, Yes?」 恥ずかし過ぎる英語で聞く私。
「ノーgame, ノーgame」

ダメだ。全然伝わらなかった(泣)。私の英語力、酷すぎる。
それにしても、どうしてKUMAHARA選手は「ノー」って言ったんだろう?
まさか試合に出ない訳じゃないでしょうね。

そのまさかでした。
KUMAHARA選手はミックスダブルス、団体戦で私を倒しておきながら、個人戦は試合を棄権しました。くぬぅ。もう一回彼女と試合したかったのに。

噂によればラテンアメリカ大会を控えており、更にはリオオリンピックも控えているので床の滑るこの体育館では試合したくないとの事。

みんなには「イズミと試合したくなかったんだよ」と言われたので、そういうことにしておきましょう。言うのはただ(無料)ですからね。

ふはは。ふはははー! かーっかっかっか~!

勝ち逃げされたよ~(泣)!!!

負けても良いからもう一回試合したかったよ~(泣)!!!

結局決勝戦を3-0で勝ち、優勝しました。

結果だけ見ると簡単に勝ったように見えますが、12-10、11-9、11-8でギリギリでした。


決勝の相手はフォア表、バック半粒高のリア・オオヒラちゃん。

~次編に続く~

団体戦 「みんなで力を合わせて勝った」という感動

女子団体戦は17,18歳位の2人の若い女の子たちと組ませてもらいました。
2人は日系3世で日本語はほとんど話せないそうです。といっても、少しくらいは分かるでしょう。

「日本語、分かる?」
「ワカラナイ」
「日本語、話せる?」
「ハナセナイ」
「またまた~、謙そんしちゃって。ちょっとくらいは話せるんでしょ(笑)?」
「???」

しまった! 2人とも、「ハ? なに言ってんのこのオバサン」といった感じでこちらを見ているぞ!
本当に日本語が分からないし話せないんだ(泣)!
っていうか、「オバサン」ってなんですか? 酷くない? まだ31歳なんですけど!!!
それよりも、私はポルトガル語を話せないし、どうコミュニケーションを図ろうかしらん? 試合中のアドバイスとか、どうしたらいいの?
ジェスチャー?

モヤモヤしていたら日系1世の清水さん(81歳)に通訳をお願いしようと思い立ち、お願いしました。

「よし、任せとけ!」と、実に頼もしい清水さん。

準々決勝まで勝ち進み、これに勝てばメダル獲得です。是非、勝ちたい。
2人の女の子と対戦相手のレベルは同じくらい。
私は2シングルスを3-0の余裕で勝ちましたが、女の子たちがダブルスを落としてしまったので2-2のラストまで回りました。

フレー! フレー! 女の子! 頑張れ頑張れ女の子!

私は清水さんに「とにかく応援出来る人をここに連れて来て下さい!」とお願いしました。
清水さんはピュ~と何処かへ行ったかと思うとわんさかとチーム仲間を集めて来てくれました。


我がチーム「セントロ・オエステ」。開会式の行進前にて。

沢山の応援、それに応える女の子の頑張り、清水さんの頼もしさ、私の的確なアドバイス(!)により、チームは見事勝利、準決勝へ進出しました!

準決勝の相手はブラジルランキング2位のKUMAHARA Caroline 選手のいるチームと。噂によるとKUMAHARA選手は石川佳純選手に3-0で勝った事があるのだとか……。

私は昨年女子シングルス優勝者(といってもそんなにレベルの高い選手ではありません)の選手に3-0で勝ちました。

次にKUMAHARA選手と対戦し1-3で負け。
彼女と試合が出来て嬉しかったですが、負けたのでやっぱり悔しい。明日の個人戦でリベンジを心に誓い、この日は涙をのみました。

チームは1-3で負け、3位になりました。

それにしても、準々決勝で「みんなで力を合わせて勝った」という感動が忘れられません。

女の子たち、頑張ってくれてありがとう!
清水さん、沢山の応援団を連れて来て下さりありがとうございます!
応援してくださった皆さま、ありがとうございます!
私もチームのために頑張りました。
これぞ、団体戦の醍醐味ですね。

この時私は全く気付きませんでしたが、女の子たち、サンダルを履いて表彰式に出ています。ちょっと残念。


私と2人の女の子。

~次編に続く~

「負けたとしても、たとえ悔しいことがあっても、何か一つでもポジティブなものを見つける事だよ」

ダブルスっていうのは、レベルが1同士の選手が組んでも1+1=2になることはなく、1+1=1になったり1+1=3になったりするんですよね。
つまり、パートナーと組み合っているか、組み合っていないか。
歯車が合っているか合っていないか。

全日本学生卓球選手権大会でダブルス準優勝した事があります。その時のパートナーが大正大学一級上の当時、佐藤理江さん(右ペン表)でした。
コーチにも恵まれ、沢山練習し、お互いの歯車を合わせ、準優勝。

私は左だし、右利きのパートナーにとっては組みやすい存在です。

今までに何人もの方とダブルスを組ませてもらいましたが、やはりお互いの歯車が合うか合わないかで決まるなと実感しています。
もちろん、沢山練習して合わない歯車を合わせたり、合う歯車を更に合わせる事も大事ですが。

今回のミックスダブルスのパートナーは先方のクラブが用意して下さいました。
試合会場で初顔合わせ。

名前はジョナス・トシオ・泉さん。泉が名字です。28歳の好青年。

「泉」というのがきっかけで、妙に共通点が見つかります。

左ペン裏。
私は左ペン表。
賢そうな顔立ち。
私もそうでしょうか(照)。 ……えっ?
筋肉質なしっかりした体格。
私は筋肉質ではありませんが、体格はしっかりしていますね。
彼には2歳になるお子さんがいるそうです。
私にも4歳になる娘(エストレージャ梅星)がいます。

彼は何年か日本で仕事をしていた経験があり、日本語を上手に話します。
サービスがとても上手く、豪快なドライブには目を見張ります。
頼もしい! 実に頼もしいですジョナス・泉さん!

彼のスーパーサービスと豪快なドライブが決まりまくってアレヨアレヨという間に決勝進出。

決勝戦の相手はブラジルナショナルチームのKUMAHARA Caroline 選手(2016年2月現在ワールドランキング139位 2137.00ポイント)とそのコーチ。

3-0で負けました。

1セット目、10-10でサーブミスしたのが悔やんでも悔やみ切れず。無念。
バカ! 私のバカ!
心の中で涙がちょちょぎれました。

ジョナス君は準決勝で対戦した男性選手に昔から尊敬の眼差しを向けていたらしく、その彼と試合が出来て、しかも勝てたという事でとても満足そうでした。
決勝戦の相手「KUMAHARA Caroline選手とも対戦出来たので嬉しい」と実にポジティブでした。

「知ってる? 負けたとしても、たとえ悔しいことがあっても、何か一つでもポジティブなものを見つける事だよ」とジョナス君が言っていました。

私はジョナス君とダブルスが組めて嬉しかったです。ありがとう!

~次編に続く~

日系人ブラジル卓球大会前の練習

2日間イタインケイコ卓球クラブで練習させて頂いた後、サンパウロからバスで1時間半、カンピーナスという町に来ました。

カンピーナスでは日系の清水さんご夫婦のお宅にお邪魔させて頂き、卓球の練習や早朝にはゲートボールもしてきました。

車で50分、隣町のイトゥペバへ清水さんと共に練習に向かいます。

この日はたまたまミニオープン戦でした。私も参加させてもらい、見事優勝!

先方の要望で「選手たちに何かを伝授して欲しい」とのことだったので、「心技体知」、「レベルに合った練習法」等について僭越ながら話させて頂きました。
真ん中にいるのは日本語⇔ポルトガル語の通訳をして下さった日系人のネルソンさん。

朝早くから選手たちのお弁当やおやつを作ってくれた日系のお姉さん達。
日本の伝統食、おにぎりと共に。

お世話になっている清水さんの家で沢山朝食を頂いたのに、9時半頃お姉さま方に「どうぞ朝食を食べて下さい」とハム&チーズのホットサンドウィッチとアセロラのフレッシュジュースを半ば強引に……

それが全く消化されていないのに11時半には「お昼ご飯をどうぞ」とたっぷりの親子丼(白菜入り)を……、

「残したら悪い」と、米粒一つ残さず食べた自分に心からの拍手を送ったのも束の間、
4時には「おやつをどうぞ」と手作りケーキを食べさせられました。

……。あの~。

私、ずうたいがデカイ割にはそんなに食べないんですよ。
いわゆる「少食」。デブの少食なんです。
皆さん、私を見た目だけで判断されては困ります。

「お酒めっちゃ呑みそうだよね。『酒持って来ーい!』って言ってそう(笑)」とか、「白米ドンブリ2杯は余裕でしょ」とか、「ラーメンとかしょっぱいのしか食べてなさそう」とか、思っているんでしょうそこのアナタ(号泣)!!

卓球しに来たはずなのに、なんかさっきからずっと食べてばっかりなんですけど。うー、お腹がいっぱいだよ~(泣)。

なんと、体育館の壁に去年撮った集合写真と、私の記事が載っている町の新聞が壁に貼ってありました! う~れ~し~い~!

「去年よりも痩せたね!」と何人かに言われましたが、この調子だとブラジルに居る間にまた太るー! 太らされる~!

最後に集合写真!

昔お兄さんだった人、大人、若者、2人の子供、合計40人の方に囲まれて、嬉しそうに笑っている西田泉。

去年に引き続き皆さんにとても良くしてもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。

ジュンジャイという町の卓球クラブと、

ボッシュ卓球クラブでも練習させて頂きました。

こうして皆さんと4日間練習した後、いよいよ「日系人ブラジル卓球大会」に向かいます!

~次編に続く~