年別アーカイブ: 2016

ニッタク南米営業担当の坂井さん

ニッタクの南米営業担当の坂井さんが、営業活動でペルーにいらっしゃいました。

エクアドルに続きペルー、チレ、そしてブラジルへと営業活動の旅路におります。

ペルーには二日間の滞在。渡辺拓也くんやJICAボランティアの松山くんから接客を受けていました。

坂井さんは私たちペルー卓球協会の監督・役員と二時間ほどの会議で、ボールやラバー、ラケットについて色々と質問されていました。もちろんスペイン語で。
坂井さんは過去に南米ボリビアでJICAボランティア活動をされていました。
日本に帰国してスペイン語を話さない環境にいると、スペイン語なんてすっかり忘れてしまうのが通常。それなのに坂井さんはしっかりとスペイン語を話されていました。凄いです。


左から、渡辺拓也くん、松山新之助くん、ニッタク坂井さん、私(11歳、13歳以下の監督)、成年監督のベラルーシ人、15歳以下監督のキューバ人、18歳以下監督のエクアドル人。

ペルーのナショナルチームなのに、ペルー人の監督が一人もいない(泣)!

坂井さんはペルー卓球協会と会議の後、すぐに次の場所へと行ってしまいました。とても忙しそうな様子。

南米ではニッタクの需要はまだまだ少なく、ペルーでは主にバタフライやSTIGA、DONIC、JOOLA等が出回っています。
今後、南米でニッタクの用具がたくさん出回る事を期待しております。

P.S
坂井さん、お土産大変ありがとうございました。
みんな「美味しい! 美味しい!」と喜んで食べていました。

ペルーの独立記念日

1821年7月28(195年前)、ペルーはスペインから独立しました。
7月28、29日はペルーの独立記念日で祝日になります。

ペルーは5年に一度大統領が交代し、今年、ペドロ・パブロ・クチンスキー(77)が7月28日に新大統領として就任されました。
77歳にして大統領を務めるなんて、何たるエネルギーの持ち主。
志が高いですね。

「青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方を言う」
「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」
サミュエル・ウルマンの「青春」という詩にあるように、この77歳のおじいちゃん(失礼?)はまさに青春真っ只中なのでしょう。
全ては心の持ち方次第なんですね。

私はペルーのナショナルチームで11歳、13歳以下の子供たちの監督・コーチをしていますが子供たちのエネルギーはやはり凄いです。
そのエネルギーに圧迫され、練習後には私がクタクタになる時もあるし、逆にエネルギーに満ちる事もあります。不思議ですね。

77歳のおじいちゃんや11歳の子供たちに負けじと、31歳のおばさんも
「はい! はい!」等と子供たちに掛け声を掛けながらエネルギーを出して頑張ります。

日本の皆さんは暑さに負けず頑張って下さいね。ちなみにペルーは5月~10月までが「冬」と呼ばれ、現在のリマの平均気温は最低15度、最高20度あたりで肌寒いです。

ブログを書かなかった間に、主にこんなことがありました。

卓球王国様でブログを書いていた事をふと思い出し、ペンを握った次第です。

皆さん、ブエノス・ディアス(スペイン語でおはようございます)。

西田泉、生きております。ペルーで無事に生きております。

そういえば、約4ヶ月前にペルー人男性と結婚いたしました。あ、どうもありがとうございます。

ちなみに私は左ペン表ですので、この花嫁は私ではないということですね。

相変わらずペルーのナショナルチームで15歳以下の子供たちの監督コーチをしています。

ブログを書かなかった間に、主にこんなことがありました。

・ペルー人と結婚。結婚式を挙げる。結婚前、結婚後の手続きに追われる。
結婚後4ヶ月経った今も、その手続きが終わっていない。

・ナショナルチームの監督のくせにオープン戦に出て優勝、賞金を貰う。

・青年海外協力隊として松山新之介くん(右)が来ペルー。

・元青年海外協力隊の渡辺拓也くん(左)が個人的に再来ペルー。

子供たちは彼らの教え子です。

・子供16人を連れて18歳、15歳以下の南米大会でパラグアイへ。
アルゼンチン、ブラジル、チリ、エクアドル、パラグアイ、ペルーの6か国が参加。
ブラジルに続き、ペルー総合2位獲得。今までで最高の結果だそうです。

・11日にも渡る南米大会パラグアイで、初めての海外大会の付添い。色んなストレスから、ペルーに帰国して38,5度の高熱が4日間続き、旦那の車で救急病院へ向かう。

・11歳、13歳以下の南米大会がリマで行われ、監督を務める。
アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ペルーの7か国が参加。ペルーは開催国の為、参加人数は他国の倍。余裕で総合優勝。
心配していた高熱は出ませんでした。ホッ。

・15歳以下のラテンアメリカ大会(南米大会より範囲が広い)へ7人の選手を連れてドミニカ共和国へ。アルゼンチン、ブラジル、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、ハイチ、メキシコ、パナマ、パラグアイ、ペルー、プエルトリコ、ドミニカ共和国の12か国が参加。
結果は男子団体2位、男子ダブルス2位、男子シングルス3位、ミックスダブルス3位。
心配していた高熱は出ませんでした。ポッ。

ざっとこんな感じです。

改めて思ったことは、「ブログはちゃんと書こう。書き続けよう、どこまでも!」という事です。
皆さま、叱咤激励の程、よろしくお願い致します。

かしこ

そういえば、旦那の似顔絵を描いてみました。ご覧の通り、福山雅治に激似です。

武田俊夫コーチ、通称「武田さん」

凄い人って、大体変わってるじゃないですか?
武田さんはまさにそのパターンだと思います。
武田さんって、変わってるんですよ。普通の人じゃない。つまり変人。
つまり、凄い人。

ブラジルはサンパウロにある、イタインケイコ卓球クラブでエリートクラスの子供たちのコーチをしています。

イタインケイコの子供たちと

武田さんの何が凄いって?

①日本人初のブラジル代表コーチ
(2012,2013年ホープス それ以降はクラブとの兼ね合いで辞退している)

②ブラジル代表総監督のリンコン・安田さんへのアドバイス
代表選考や代表合宿の練習メニュー作成の助言。

左がリンコン・安田監督

③レベルを問わず子供たちに慕われている
卓球の技術のみならず学校でのこと親とのことを、ブラジル人の他のコーチではなく武田さんに相談するそうです。

練習前、練習後のミーティングも徹底しています。

④技術を教える時の説明がわかりやすい
例えばシュートドライブをある選手に教える時に「この技術を覚えると、試合でこういう風に使える。それができると今あるこの技術が生きてくる。
そうなると試合で使える戦術がこれだけ増える。そのために今この練習をする」というような説明をするため、選手はイメージがし易く、やる気も出て上達が早いのだとか。

フリーハンドが後ろに行ってしまう癖を、ボールを使って直している様子。

⑤何人もの選手をブラジル代表にし、南米チャンピオン、ラテンアメリカチャンピオンも育てた

2013年の南米大会で、教え子のドゥドゥ(エドゥアルド・トモイケ)にアドバイスをしている様子(もちろんポルトガル語)

選手はもちろん、ブラジル人コーチにも多大な影響を持つ武田さん。
その彼が、リオデジャネイロオリンピックの後、日本に帰国することに決めたそうです。

帰国の主な理由については
1、物価の急激な上昇で生活が苦しいこと
2、お金が無いと医者にも思うようにかかれないこと
3、ここ数年、周りの知人が何人か急に亡くなり「ブラジルでは死にたくない」と思ったから

「俺みたいに『選手』として名前がないとコーチをするのは難しいよ」と武田さんは言っていましたが、私はこんなコーチをあまり見たことがありません。

武田さんが日本に帰ると、イタインケイコ卓球クラブに与える影響は膨大。
ブラジル卓球界に与える影響も少なくありません。

もちろん、日本でも結果を出しています。
2000年、全日本卓球選手権大会でダブルス優勝!
鬼頭明選手・野平直孝選手

その武田さんが「日本に帰国する」と言っているのですから、当然コーチをすると思いきや、日本に帰ってからの仕事はまだ決めていないそうです。

料理はセミプロ級、子供が大好き、頭がイイ、兄貴肌、世話好き、気が利く、昔は相当モテた(らしい)、リーダーシップがあり、歌も上手い。
武田さんならきっと何でもできるんだろうけど、やっぱり卓球のコーチをやって欲しいと思うのは私だけじゃないはず。

武田さん 中年フリーターなんて言ってないで、卓球のコーチ続けてくださいよー!

でも居酒屋の大将やパティシエ、学校の先生や保父さん、普通のサラリーマンにホスト、何をやっても武田さんならハマりそう。

広大な可能性を秘めた武田さん。恐るべし。

昨年の2015年2月6日のブログにも武田さんの事を書いています。合わせて読んでみてください。
ブラジル ~武田俊夫コーチ~

2015年去年の写真。まるで高校生のような当時30歳の私。

2016年今年の写真。私ったら、去年と同じTシャツ着てる!
武田さんは去年と変わっていませんね。

武田さんに用事があってメールのやり取りをしていたら、イタインケイコと書いていたところにツッコミが入りました。

→ちなみにイタインケイコーです
稽古ではなく蛍光灯のことなのよ

……知らなかった。ずっとイタインケイコだと思っていたけど、イタインケイコーだったのね。みなさん、ここはテストに出ますよ。

「You Next game, Yes? No now. But next game, Yes?」

前日の団体戦でブラジルランキング2位のKUMAHARA Caroline 選手に1-3で負けたので、個人戦でリベンジしようと意気込んでいました。

勝ち進めば4回戦目・準決勝で彼女と対戦する予定です。

1回戦を余裕で勝ち、会場をフラフラしていると「KUMAHARA選手、○○選手はもうすぐ試合ですので準備して下さい」との放送が耳に入りました。

「お、KUMAHARA選手の1回戦がもうすぐ始まるのか。見ておこうかな」と未来の対戦相手の様子が気になる西田泉選手。

すると、観覧席の一番後ろで友達と呑気にお喋りをしている私服のKUMAHARA選手を発見。

どうやら今の放送が聞こえていなかった様なので、私は親切に教えてあげました。

「ハロー。アナタ、試合。もうすぐ試合あるよ」 フレンドリーに手を振りながら。
「ハ?」
「日本語分かる?」
「ワカラナイ」
「アナタ、試合。もうすぐ、試合」 卓球のジェスチャーと、試合するコートを指さす。
「ノー ノー」 外国人らしく人差し指を横に振り、「試合しない」ジェスチャーの彼女。
「あれ? でも今放送で呼ばれてたよ?」 ←つい日本語。
「ハ?」 意味が分かっていない様子。
「困ったな。……You game now」
「ノー シアイ ノー game」 相変わらず「試合しない」というKUMAHARA選手。
「あぁ、分かった。今は試合しないけど、後で、つまり次の試合には出るでしょう? You Next game, Yes? No now. But next game, Yes?」 恥ずかし過ぎる英語で聞く私。
「ノーgame, ノーgame」

ダメだ。全然伝わらなかった(泣)。私の英語力、酷すぎる。
それにしても、どうしてKUMAHARA選手は「ノー」って言ったんだろう?
まさか試合に出ない訳じゃないでしょうね。

そのまさかでした。
KUMAHARA選手はミックスダブルス、団体戦で私を倒しておきながら、個人戦は試合を棄権しました。くぬぅ。もう一回彼女と試合したかったのに。

噂によればラテンアメリカ大会を控えており、更にはリオオリンピックも控えているので床の滑るこの体育館では試合したくないとの事。

みんなには「イズミと試合したくなかったんだよ」と言われたので、そういうことにしておきましょう。言うのはただ(無料)ですからね。

ふはは。ふはははー! かーっかっかっか~!

勝ち逃げされたよ~(泣)!!!

負けても良いからもう一回試合したかったよ~(泣)!!!

結局決勝戦を3-0で勝ち、優勝しました。

結果だけ見ると簡単に勝ったように見えますが、12-10、11-9、11-8でギリギリでした。


決勝の相手はフォア表、バック半粒高のリア・オオヒラちゃん。

~次編に続く~

団体戦 「みんなで力を合わせて勝った」という感動

女子団体戦は17,18歳位の2人の若い女の子たちと組ませてもらいました。
2人は日系3世で日本語はほとんど話せないそうです。といっても、少しくらいは分かるでしょう。

「日本語、分かる?」
「ワカラナイ」
「日本語、話せる?」
「ハナセナイ」
「またまた~、謙そんしちゃって。ちょっとくらいは話せるんでしょ(笑)?」
「???」

しまった! 2人とも、「ハ? なに言ってんのこのオバサン」といった感じでこちらを見ているぞ!
本当に日本語が分からないし話せないんだ(泣)!
っていうか、「オバサン」ってなんですか? 酷くない? まだ31歳なんですけど!!!
それよりも、私はポルトガル語を話せないし、どうコミュニケーションを図ろうかしらん? 試合中のアドバイスとか、どうしたらいいの?
ジェスチャー?

モヤモヤしていたら日系1世の清水さん(81歳)に通訳をお願いしようと思い立ち、お願いしました。

「よし、任せとけ!」と、実に頼もしい清水さん。

準々決勝まで勝ち進み、これに勝てばメダル獲得です。是非、勝ちたい。
2人の女の子と対戦相手のレベルは同じくらい。
私は2シングルスを3-0の余裕で勝ちましたが、女の子たちがダブルスを落としてしまったので2-2のラストまで回りました。

フレー! フレー! 女の子! 頑張れ頑張れ女の子!

私は清水さんに「とにかく応援出来る人をここに連れて来て下さい!」とお願いしました。
清水さんはピュ~と何処かへ行ったかと思うとわんさかとチーム仲間を集めて来てくれました。


我がチーム「セントロ・オエステ」。開会式の行進前にて。

沢山の応援、それに応える女の子の頑張り、清水さんの頼もしさ、私の的確なアドバイス(!)により、チームは見事勝利、準決勝へ進出しました!

準決勝の相手はブラジルランキング2位のKUMAHARA Caroline 選手のいるチームと。噂によるとKUMAHARA選手は石川佳純選手に3-0で勝った事があるのだとか……。

私は昨年女子シングルス優勝者(といってもそんなにレベルの高い選手ではありません)の選手に3-0で勝ちました。

次にKUMAHARA選手と対戦し1-3で負け。
彼女と試合が出来て嬉しかったですが、負けたのでやっぱり悔しい。明日の個人戦でリベンジを心に誓い、この日は涙をのみました。

チームは1-3で負け、3位になりました。

それにしても、準々決勝で「みんなで力を合わせて勝った」という感動が忘れられません。

女の子たち、頑張ってくれてありがとう!
清水さん、沢山の応援団を連れて来て下さりありがとうございます!
応援してくださった皆さま、ありがとうございます!
私もチームのために頑張りました。
これぞ、団体戦の醍醐味ですね。

この時私は全く気付きませんでしたが、女の子たち、サンダルを履いて表彰式に出ています。ちょっと残念。


私と2人の女の子。

~次編に続く~

「負けたとしても、たとえ悔しいことがあっても、何か一つでもポジティブなものを見つける事だよ」

ダブルスっていうのは、レベルが1同士の選手が組んでも1+1=2になることはなく、1+1=1になったり1+1=3になったりするんですよね。
つまり、パートナーと組み合っているか、組み合っていないか。
歯車が合っているか合っていないか。

全日本学生卓球選手権大会でダブルス準優勝した事があります。その時のパートナーが大正大学一級上の当時、佐藤理江さん(右ペン表)でした。
コーチにも恵まれ、沢山練習し、お互いの歯車を合わせ、準優勝。

私は左だし、右利きのパートナーにとっては組みやすい存在です。

今までに何人もの方とダブルスを組ませてもらいましたが、やはりお互いの歯車が合うか合わないかで決まるなと実感しています。
もちろん、沢山練習して合わない歯車を合わせたり、合う歯車を更に合わせる事も大事ですが。

今回のミックスダブルスのパートナーは先方のクラブが用意して下さいました。
試合会場で初顔合わせ。

名前はジョナス・トシオ・泉さん。泉が名字です。28歳の好青年。

「泉」というのがきっかけで、妙に共通点が見つかります。

左ペン裏。
私は左ペン表。
賢そうな顔立ち。
私もそうでしょうか(照)。 ……えっ?
筋肉質なしっかりした体格。
私は筋肉質ではありませんが、体格はしっかりしていますね。
彼には2歳になるお子さんがいるそうです。
私にも4歳になる娘(エストレージャ梅星)がいます。

彼は何年か日本で仕事をしていた経験があり、日本語を上手に話します。
サービスがとても上手く、豪快なドライブには目を見張ります。
頼もしい! 実に頼もしいですジョナス・泉さん!

彼のスーパーサービスと豪快なドライブが決まりまくってアレヨアレヨという間に決勝進出。

決勝戦の相手はブラジルナショナルチームのKUMAHARA Caroline 選手(2016年2月現在ワールドランキング139位 2137.00ポイント)とそのコーチ。

3-0で負けました。

1セット目、10-10でサーブミスしたのが悔やんでも悔やみ切れず。無念。
バカ! 私のバカ!
心の中で涙がちょちょぎれました。

ジョナス君は準決勝で対戦した男性選手に昔から尊敬の眼差しを向けていたらしく、その彼と試合が出来て、しかも勝てたという事でとても満足そうでした。
決勝戦の相手「KUMAHARA Caroline選手とも対戦出来たので嬉しい」と実にポジティブでした。

「知ってる? 負けたとしても、たとえ悔しいことがあっても、何か一つでもポジティブなものを見つける事だよ」とジョナス君が言っていました。

私はジョナス君とダブルスが組めて嬉しかったです。ありがとう!

~次編に続く~

日系人ブラジル卓球大会前の練習

2日間イタインケイコ卓球クラブで練習させて頂いた後、サンパウロからバスで1時間半、カンピーナスという町に来ました。

カンピーナスでは日系の清水さんご夫婦のお宅にお邪魔させて頂き、卓球の練習や早朝にはゲートボールもしてきました。

車で50分、隣町のイトゥペバへ清水さんと共に練習に向かいます。

この日はたまたまミニオープン戦でした。私も参加させてもらい、見事優勝!

先方の要望で「選手たちに何かを伝授して欲しい」とのことだったので、「心技体知」、「レベルに合った練習法」等について僭越ながら話させて頂きました。
真ん中にいるのは日本語⇔ポルトガル語の通訳をして下さった日系人のネルソンさん。

朝早くから選手たちのお弁当やおやつを作ってくれた日系のお姉さん達。
日本の伝統食、おにぎりと共に。

お世話になっている清水さんの家で沢山朝食を頂いたのに、9時半頃お姉さま方に「どうぞ朝食を食べて下さい」とハム&チーズのホットサンドウィッチとアセロラのフレッシュジュースを半ば強引に……

それが全く消化されていないのに11時半には「お昼ご飯をどうぞ」とたっぷりの親子丼(白菜入り)を……、

「残したら悪い」と、米粒一つ残さず食べた自分に心からの拍手を送ったのも束の間、
4時には「おやつをどうぞ」と手作りケーキを食べさせられました。

……。あの~。

私、ずうたいがデカイ割にはそんなに食べないんですよ。
いわゆる「少食」。デブの少食なんです。
皆さん、私を見た目だけで判断されては困ります。

「お酒めっちゃ呑みそうだよね。『酒持って来ーい!』って言ってそう(笑)」とか、「白米ドンブリ2杯は余裕でしょ」とか、「ラーメンとかしょっぱいのしか食べてなさそう」とか、思っているんでしょうそこのアナタ(号泣)!!

卓球しに来たはずなのに、なんかさっきからずっと食べてばっかりなんですけど。うー、お腹がいっぱいだよ~(泣)。

なんと、体育館の壁に去年撮った集合写真と、私の記事が載っている町の新聞が壁に貼ってありました! う~れ~し~い~!

「去年よりも痩せたね!」と何人かに言われましたが、この調子だとブラジルに居る間にまた太るー! 太らされる~!

最後に集合写真!

昔お兄さんだった人、大人、若者、2人の子供、合計40人の方に囲まれて、嬉しそうに笑っている西田泉。

去年に引き続き皆さんにとても良くしてもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。

ジュンジャイという町の卓球クラブと、

ボッシュ卓球クラブでも練習させて頂きました。

こうして皆さんと4日間練習した後、いよいよ「日系人ブラジル卓球大会」に向かいます!

~次編に続く~

4 minutisって事は4分って事だから、つまり今、出発しなさそう。

私が見知らぬブラジル人に話しかけると言ったら道を聞く事だけなんですけど、今回は結構それが多い気がします。

ブラジルはポルトガル語。スペイン語しか分からない私には何を言っているのか分かりそうでサッパリ分かりません(泣)。

1、初日、イタインケイコ卓球クラブに向かう途中で1時間半迷った時、お巡りさん的な人が道に立っていたので
「マイゴ。ワタシ、マイゴ。 ピンポンノクラブ、ドーコー?」とスペイン語、ポルトガル語、英語を混ぜたような言葉で必死で伝えると「そんなもんは知らん!」と完全にシャットアウトされました。

えっ!? ちょっと! なにそれヒドくない(涙)? あなた、何の為にそこにつっ立ってるの?
私、外国人なんですけど! 道に迷ってるんですけど! 迷子なんですけど~!!!

2、練習後、武田さんと夕飯を食べ、帰る頃には夜の11時を過ぎていました。
私はこれから電車に乗ってホテルに帰らなければいけません。

「遅いし、ホテルまで送るよ」と親切にして下さった武田さんをよそに、「いえ、道も分かっているし、すぐなので一人でも大丈夫です!」とお断りしました。

「それに武田さんから借りたこの傘(小雨が降っていた)で顔を隠せば日本人だってバレないだろうし、なにかあったらフェンシングの様にこの傘で『トーーーン!』ですよ」なんて余裕をぶっこいていました。

ホテルの最寄りの駅に着き、いつもの出口に向かうと、その出口が閉鎖されていました。

……あの~、他の出口から出た事ないんですけど。外、真っ暗なんですけど。地図読めないんですけど。3つほどある他の出口は閉鎖されていませんが、他の出口なんか私にはどうでもよくてですね。
意を決し、いつもと違う出口からホテルを目指してみましたが、どうしても分からず迷子。
仕方がないので3人くらい立て続けに道を聞き、なんとかホテルに辿り着くことが出来ました。

翌日。
「昨夜、いつも使っている出口が閉鎖されていて、ちょっと迷っちゃいました」
「えーーー!!! で、どうしたの?」
「何人かに道を聞きました」
それは危ないからダメだよ!

……武田さん、人に道を聞かずに夜道をウロウロしている方がよっぽど危ないと思うんですけど(泣)。違う?

3、サンパウロからカンピーナスへ向かうバス乗り場「22番線」に列が出来ていたので「このバスはカンピーナスに行きますか?」とスペイン語で聞くと「Do you speak English?」と聞かれたので、うろたえながら「ア、リトゥ」と返事してみたら「ペラペラペラ~」と英語で話されました。
なるほどなるほど。全然わかんないや(泣)。
あれ~? ちょっと待ってよ~。
私、「ア、リトゥ」って言いましたよね? それは「少し」って意味でしょ? 違う?
なんでそんなに「ペラペラ~」って言うかな(怒)。
「ア、リトゥ」って言ったんだから「ア、リトゥ」のレベルに合わせて話してくれませんか?

あっ! 今、「4 minutis」って言いましたよね? あっ、また言った!
4 minutisって事は4分って事だから、つまり今、出発しなさそう。

だって、「このバスはカンピーナス行きですか?」って聞かれて、そうだとするのなら「イエス! ゴー・トゥー・ザ・カンピーナス!」っていう答えが返ってくるはずだもの。そうに違いないもの。
なるほど。はいはい、分かりました。このバスはカンピーナスには行きません。きっと次に来るバスでしょう。

4、ブラジルの空港でドルをブラジルレアルに両替しようとした時。
窓口に並びながら「I need エクスチェンジ・マネー」で良いんだよね? と、「I need エクスチェンジ・マネー」を何度も心の中で繰り返し、順番になった時に窓口のお兄さんに笑顔でこう言いました。

「I need you」

「あれっ!?」と、自分の言葉にビックリして肝心の「エクスチェンジ・マネー」というフレーズが出て来ず、私も窓口のお兄さんも3秒ほど固まりました。この時間が長かった(涙)。

すみません、私、お兄さんを必要としてるんじゃないんです。間違えましたすみません。

「I need you」この言葉はいつか福山雅治さんにお会いした時に使おうと、ずっと心に溜めていた大事なフレーズだったのに……。どうしてブラジルの両替のお兄さんに言うかな(泣)。

~次編に続く~

私のネギ臭

クラブに向かう途中の道に、牛丼チェーン店の「すきや」が出来ていました。
常に日本食に飢えている私。食べない訳にはいきません。
「ネギ玉牛丼」をお昼ご飯に食べ、大満足のまま2日目の練習に向かいました。

イタインケイコ卓球クラブの練習は2:30~7:00。
子供たちは本当に一生懸命。それに負けじと大いに奮い立つ31歳。

2日目の今日はウォーミングUPで男の子にダッシュで抜かれた後、多球練習から始まりました。
武田さんに6人の選手が、もう一人のコーチにも6人の選手が付き、超高速ピッチでボールが出され、選手は速さの感覚を掴みます。

2回目の球出しが終わった時、8歳位の男の子が吐きました。

スポーツ根性系の漫画とか、映画やドラマの話しで「練習中に吐く」というのは聞いた事がありますが、実際に目にしたのはこれが初めて。

武田さんも、もう一人のコーチも、他の子供たちもすぐに飛んできて吐瀉物の掃除を始めました。嫌な顔せず進んで掃除をする子供たちは本当に偉いと思いました。

そして男の子よ、吐くほどよく頑張った! 

そういえば練習前に歯を磨いたにも関わらず、さっきから私の口から強烈なネギ臭がするんですけど。

男の子は私と同じ武田さんの台で練習していたし、「男の子が吐いたのはもしかして私のネギ臭のせい?」等と自分のネギ臭と男の子の吐いた事を考えていたら自分まで吐き気を催し始めたので自分のお尻をペンペンと叩き(もちろん想像上で)、練習に集中するよう気持ちを切り替えました。

集中! サッ! (←ネギ臭が漂っている)

~次編に続く~

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