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中国リポート

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 今月17日、『世界傑出華人賞2007』の授与式が香港で行われ、スポーツ界を代表して中国香港の李静(リ・チン)・高礼澤(コ・ライチャク)が“世界を代表する華人”27名に選出された。
 『世界傑出華人賞』は世界華商投資基金会が設立したもので、今回で第9回目を迎える。他の受賞メンバーは台湾の野党・親民党の宋楚瑜党首、清朝・乾隆帝の第7代嫡孫である愛新覚羅・恒紹氏などで、その他にも政財界の大物がズラリと並ぶ。李静・高礼澤にとっては、04年アテネ五輪男子複での銀メダルに次ぐ栄誉となった。
 もっとも、「華人」というのは日本での定義によれば、他国の国籍を取得した中国人のこと。2000年に香港(97年返還)に移住した李静・高礼澤は当然中国国籍のはずなのだが…。

 04年アテネ五輪で中国香港に唯一の、そして返還後初のメダルをもたらした李静・高礼澤は、中国香港では相当なスター選手。アテネ五輪後には香港でちょっとした卓球ブームが巻き起こり、それぞれ日本円で4000万円以上の報奨金を獲得した。香港で行われるオリンピック関連の行事には必ずと言っていいほど出席しており、北京五輪まであと1年となった今年8月8日の五輪プレイベントでは、有名な俳優のアンディ・ラウ(劉徳華)と卓球のエキシビション・マッチを行っている。

Photo上:中国香港に唯一のメダルをもたらしたアテネ五輪・男子複表彰
Photo下:06年世界選手権ブレーメン大会、準々決勝ラストでシュラガーを破った李静の伝説的なパフォーマンス。休火山が大爆発を起こしたようだった

 2007全中国卓球選手権が昨日21日、江蘇省無錫市で開幕した。
 全中国選手権は年に1回行われる卓球の全国大会で、4年に1回行われる総合競技大会である全中国運動会に比べるとステータスは低い。しかし、北京五輪を控えた今年度は、その注目度も例年より高いようだ。
 昨年の優勝者(チーム)は以下のとおり。

[男子団体]1.八一解放軍(王皓・雷振華) 2.上海市(王励勤・高欣)
[女子団体]1.遼寧省(王楠・郭躍・常晨晨) 2.広東省(劉詩ブン・曹辛ニィ)
[男子S]1.馬琳(広東省) 2.王建軍(四川省) 3.馬龍(成都市)、徐輝(遼寧省)
[女子S]1.彭陸洋(山東省) 2.李暁霞(山東省) 3.郭炎(北京市)、牛剣鋒(河北省)
[男子W]1.馬琳/陳杞(広東省/江蘇省) 2.王皓/馬龍(八一解放軍/成都市)
[女子W]1.丁寧/劉詩ブン(北京市/広東省) 2.范瑛/朱虹(江蘇省/北京市)
[混合W]1.馬琳/王楠(広東省/遼寧省) 2.王皓/郭躍(八一解放軍/遼寧省)

 女子団体では、常晨晨が準決勝の北京市戦ラストで張怡寧を破る金星を挙げた遼寧省が優勝。男子シングルス決勝は歴史に残る大逆転劇、馬琳が最終ゲーム3-10とマッチポイントを握られてから7本連取でデュースに追いつき、タイトルを手にした。ちなみに王励勤は肩の故障で個人戦を棄権している。

 今大会も行われるのは男女団体・男女シングルス/ダブルス・混合ダブルスの計7種目。ダブルスでは国家チームの選手は、必ず国家チームの選手同士でペアを組み、ペアリングのテストを行っている。男子ダブルスは王励勤/馬琳、王皓/陳杞、馬龍/ハオ帥。女子ダブルスは郭躍/李暁霞、郭炎/常晨晨、李楠/彭陸洋らが有力ペア。
 やはり五輪出場が濃厚なペアの戦いに注目が集まりそうだが、女子世界ランキング1位の張怡寧は故障のため、北京市の国家チーム訓練所に残って調整を続けるという報道が昨日になって流れた。重要な大会とはいえ、五輪前に無理は禁物ということだろう。また、河北省のツインエース牛剣鋒・白楊もそれぞれフランス・クロアチアの国内リーグに参戦するため大会を欠場する。

Photo上:昨年の大会で神がかり的な逆転劇を演じた馬琳
Photo下:長身からシャープなドライブ速攻を展開する彭陸洋

 先月から1カ月に渡ってヨーロッパ各地で行われたITTFプロツアー5連戦。スウェーデンオープンが18日に閉幕し、今年度のプロツアーはこれですべて終了した。中国男子チームの戦いぶりはどうだっただろうか。

★ロシアオープン(10.18-21)
S優勝:陳杞 W2位:陳杞・邱貽可
★オーストリアオープン(10.24-28)
S優勝:陳杞 W3位:陳杞・邱貽可
★フランスオープン(10.31-11.4)
S優勝:馬琳/2位:王皓/3位:馬龍/ベスト8:王励勤
W優勝:馬琳・王皓/3位:王励勤・陳杞
★ドイツオープン(11.7-11)
S優勝:馬龍/2位:馬琳/3位:王励勤/ベスト8:王皓
W優勝:王皓・王励勤/3位:馬琳・馬龍、陳杞・邱貽可
★スウェーデンオープン(11.14-18)
S優勝:王皓/2位:馬龍/3位:馬琳、王励勤
W優勝:王皓・馬龍/3位:馬琳・王励勤

 超級リーグの成績上位者と陳杞をエントリーさせたロシア・オーストリアの両大会で陳杞が2連勝し、最後の猛アピールかと思われたが、フランスオープンでは陳杞は馬琳に敗れ、ベスト8止まり。そしてドイツオープン以降はこれまで王励勤・馬琳・王皓・陳杞の4人で組み替えてきたダブルスのペアリングに、フランスオープンでボルを吹っ飛ばした馬龍が加わり、陳杞は外された。この時点でペアリングのテストから外されたということは、陳杞には五輪出場の可能性はあるまい。
 このヨーロッパ遠征で最も注目を集めた馬龍、北京五輪への大抜擢の可能性もゼロではない。しかし、彼の年齢を考えると、2012年までじっくり育成して、男子チームのエースとしてロンドン五輪に出場させるはずだ。当たり前だと言われそうだが、王皓、馬琳、王励勤というトップ3が五輪に出場する公算が高くなった。

 現世界チャンピオンの王励勤は今シーズン、98年レバノンオープンでプロツアー初優勝して以来、初のプロツアー無冠に終わった。これは中国国内でもひとつのサプライズとして報道されている。これまで得意としていた王皓に4戦連続で敗れるなど、同士討ちでの黒星が響いた。
 世界ランキングによる五輪への直接出場枠は、現時点では世界ランキング1位の王皓が確実に獲得するだろう。今シーズンの強さと安定感は際立っており、中国卓球協会としても異存はないはずだ。一方、2位の馬琳と3位の王励勤のポイント差はわずかで、プロツアーファイナルなどの成績しだいでは逆転可能だ。

 王励勤と馬琳、どちらが大陸予選に回っても予選落ちはしないだろうが、馬琳にはここ一番という試合でナーバスになる悪癖がある。2000年の五輪アジア大陸予選でも予選落ちを喫している。個人的な予想だが、王皓と馬琳は直接出場枠で出場させ、王励勤はアジア大陸予選でもう一度気を引き締めさせる、という形になるのではないか。来月13日から行われるプロツアーグランドファイナルでは、なんらかの戦略的指示(勝敗操作)が行われる可能性もある。

Photo:北京に燃える赤い軍団。上から王励勤、馬琳、王皓

 12月18~19日まで、北京ではプロツアーファイナルに続くオリンピックのテストイベントとして、「グッドラック北京国際卓球大会(団体戦)」が北京大学体育館で行われる。その他にも、今年から来年にかけて、北京では42のオリンピック種目で、「グッドラック北京国際」が行われる予定だ。

 11月17日、その大会の一環として、「グッドラック北京国際ボクシング大会」が開幕した。会場は北京工人体育館。1961年の第26回世界卓球選手権北京大会のために建設された、中国卓球の聖地とも言える場所だ。男子団体決勝で、徐寅生(現:中国卓球協会会長)が星野展弥のロビングを12本のスマッシュで打ち抜いた「十二大板」など、多くの伝説が生まれた。もう築46年になるが、昨年5月からの改修工事で、すっかり綺麗に生まれ変わった。

 巨大な円柱状の構造になっているこの工人体育館。すり鉢状の観客席は、東京の代々木第二体育館によく似ている。座席数は固定席12,000、臨時席1,000で計13,000席。61年の北京大会の時は15,000人を収容したと伝えられている。座席部分の下には卓球場やバドミントンのコートなどがある。
 建設当時、中国は「大躍進運動」と呼ばれる生産促進運動の失敗によって、中国全土が大飢饉に見舞われていた。そのような厳しい状況の中、国力を結集して築かれた工人体育館は、さながら舞い降りた巨大なUFO。今でも60年代を代表する建築のひとつに数えられている。現在では、周辺の三里屯には洒落たカフェバーが立ち並び、ワルドナーが3年前に開店したカフェバー「W.維京鋭利店」もすぐ近くにある。

 北京オリンピックでは工人体育館で8月9~24日まで、大会期間を通してボクシングの試合が行われる。「卓球の聖地」から「ボクシングの神殿」へ。46年の時を経て、工人体育館は再び熱狂的な歓声に包まれようとしている。

 Photo:61年当時の工人体育館。前に立つとその大きさに圧倒される。筆者はこの工人体育館を訪れた時、「とりあえず一周してみよう」と周りをランニングして警備員に怒られたことがあります…

 11月7~11日、ドイツ・ブレーメンで行われたITTFプロツアー・LIEBHERRドイツオープン。北京五輪の自動出場枠の獲得を目指し、各国の強豪が目の色を変えて挑んだこの大会、男子シングルスを制したのは馬龍(マ・ロン)。準々決勝から王皓、ボル、馬琳を連破しての優勝には文句のつけようがない。

 馬龍は1988年10月20日、遼寧省鞍山市生まれ。5歳で卓球をはじめ、遼寧省体育学校に進学し、13歳でコーチの関華安に連れられて北京西城体育学校に転校。2年後の2003年にはわずか15歳で国家チームの1軍に昇格し、翌04年の世界ジュニア選手権で優勝。06年世界団体選手権ブレーメン大会で初の世界タイトルを獲得し、今年2月のクウェートオープンではプロツアー初優勝。世界ランキングも7位まで上げてきている。
 プレースタイルは右シェーク両面裏ソフトドライブ型。身長は175cmとヨーロッパ選手ほど高くはないが、胴回りがたくましく、体幹の強さを感じさせる。見た目の派手さはないが、確実に相手の弱点を突いていくコース取りは若手選手とは思えない。

 現在、中国チーム首脳陣の期待を一身に集めている馬龍。今年6月のフォルクスワーゲンオープン荻村杯準決勝、馬龍は呉尚垠(韓国)に完勝したが、試合後に劉国梁監督から厳しい口調で注意を受けていた。直立不動で劉国梁監督の前に立っていた馬龍の姿を思い出す。「2012年のロンドン五輪では馬龍がチームの主力になるだろう(陸元盛・元国家女子チーム監督)」という声が多かったが、欧州でのプロツアーでボル(ドイツ)に2試合連続ストレート勝ちしたことで、北京五輪への大抜擢の可能性もゼロではなくなってきた。

 ところで、馬龍のプレーでどうにも気になるのが個性的なフリーハンド。このフリーハンドのせいで、彼のプレーはなんとなくユーモラスに見える。写真をつなげるとパラパラを踊っているみたいだが、本人としてはこれをやらないとプレーできないのだろう。将来、馬龍がオリンピックの金メダリストになったら、このフリーハンドを真似するちびっ子選手が続出するかも…しれない。

Photo上:「南~無~」。まるで卓球するお坊さんです
Photo中:「前へならえ!」バックドライブ
Photo下:ビシッと敬礼バックハンド。Photo中とほとんど一緒?

 卓球が正式競技に加わった88年ソウル五輪、韋晴光(偉関晴光)とペアを組み、男子ダブルスの初代チャンピオンになった陳龍燦(チェン・ロンツァン)。現役時代はペン表ソフトのテクニシャンとして名を馳せた。
 現在、四川省卓球チームの総監督を務めているが、北京五輪ムードが日増しに高まる中、四川省が輩出した唯一の男子金メダリストはイベントに引っ張りだこだ。

 昨日15日、四川省成都にあるビクトリア病院の主催するイベントで、四川教育学院を訪れた陳龍燦。学生たちには熱烈な歓迎を受けたが、司会者がカゴに入ったピンポン球を取り出すと会場からはざわめきが。「金メダリストと試合するのか?」「そんなの勝てるわけないだろう」。しかし、卓球台はどこにもない。

 イスの上に置かれたピンポン球のカゴ、そして一膳の箸。実はピンポン球を箸で挟んでカゴからカゴへ移す遊び、「挟球」だったのだ。学生たちもこれで納得。会場が陳龍燦への温かいヤジに包まれる中、30秒で7つ成功した陳龍燦だったが、9つ成功させる学生が3人も現れ、金メダリストもメダル獲得ならず。
 わずか12歳で国家チームに選ばれた天才中の天才、陳龍燦をもってしても、ラケットさばきと箸さばきは少々勝手が違ったようだ。
(出典/天府早報)

Photo:日産自動車時代の陳龍燦。「挟球」は焦ると意外に難しい

 いよいよ残るはスウェーデンオープンのみとなったITTFプロツアー・欧州5連戦で、久々に大暴れしている選手がいる。スペインの老雄・何志文(ハ・ジウェン)だ。
 どこからどうみても、世界トップクラスのアスリートには見えない(失礼)この何志文。しかし、オーストリアオープンで張ユク(中国香港)、シュテガー(ドイツ)を下して準優勝、そしてドイツオープンではなんと柳承敏(韓国)を破ってベスト8進出。これで世界ランキングも20位以内に入ってくる可能性がある。北京五輪への自動出場枠の獲得も、ほぼ確実な状況だ。

 1962年5月31日、浙江省生まれの何志文は現在45歳。先日現役を引退した偉関晴光選手と同い年だ。中国国家チーム時代に85・87年と世界選手権に2度出場し、85年イエテボリ大会でシングルスベスト16、ダブルス3位に入っている。同時期に江加良、陳龍燦という強豪がいたため、どちらかというとダブルス要員の選手だった。
 95年にスペインに移住し、97年マンチェスター大会で10年ぶりに世界選手権出場。いきなり自己新記録のベスト8入りを果たして世界を驚かせた。以来10年間、07年のザグレブ大会までスペイン代表として世界選手権に出場し続けている。

 何志文の戦型は左ペンホルダー表ソフト前陣攻守型。独特の大きく曲がるミッドトスサービスと、右利きのフォアへ逃げるサイドスピンショート、ストレートへのプッシュで相手を振り回す。たたみかけるフォアスマッシュも打ちはじめたら止まらない。世界のトップ選手であっても、調子の上がらない早いラウンドでは絶対に当たりたくない選手だ。03年パリ大会では3回戦でクレアンガ(ギリシャ)がさんざん苦しめられたし、05年上海大会では前回チャンピオンのシュラガー(オーストリア)が完敗を喫している。

 2人の娘の父親でもある何志文、家族で服飾店を営みながらスペインリーグのカジャ-グラナダでプレーし、練習は1日たったの1時間。スピードグルーも一切使わず、フォア面の表ソフトラバーは1カ月に1回しか変えないという。
 「何志文、まだ現役でやるのかい?」と聞かれると、彼はいつもこう答える。「引退? まだまだ勝てるのに、どうして引退しなきゃならないんだ?」。果たして何歳まで続けるのか。

Photo上:85年イエテボリ大会での何志文
Photo下:07年フォルクスワーゲンオープン荻村杯での何志文。前掛けをして近所の八百屋にいたら気づかないかもしれない

 06年11月、上海にほど近い江蘇省通州市に中国卓球通州国際訓練基地が着工、来年には完成の予定だ。これまでの国内だけの強化に留まらず、海外選手との合同合宿や海外の若手選手の育成など、卓球の国際的な発展を目的としていることに注目したい。

 04年8月のアテネ五輪の後、中国の卓球雑誌『ピンパン世界』04年9月号に掲載されたコラムで、国家チームの蔡振華総監督(当時)は次のように述べている。
「卓球という競技の発展という面から言うと、今回の結果(韓国の柳承敏が優勝したこと)が全面的に悪いとは言えない。多くの卓球をよく知らない人たちは、卓球では中国が圧倒的に強いと思っている。このような状況が続けば、世界的な規模で競技者が次第に減少し、卓球という競技は衰退していってしまうだろう」。

 そして先月、第6回城市運動会を視察に訪れた蔡振華は、再び以下のようなコメントを残している。
 「08年の北京五輪以降、我々は“狼(おおかみ)”を育てなければならない。以前は、海外にもレベルの高い選手がたくさんいたが、我々の継続的な努力によって、もはや“狼”は姿を消しつつある。競争があるというのは中国卓球界にとっては歓迎すべきこと。国際卓球界の発展のために、中国はより良い貢献ができるはずだ」

 ライバルを自らの手で育てる、とは何という余裕だろうか。しかし、中国が国際大会で上位を独占する現在の状態が続けば、世界的に卓球の人気は低下していくだろう。それは国内でも同じことで、05年世界選手権上海大会でもメイス(デンマーク)やボル(ドイツ)が敗れたあと、会場のボルテージは下がってしまった。「強すぎる中国」の上位独占は、中国でも卓球の人気低迷を招いている。
 今シーズンの超級リーグから外国選手を締め出したことなどを見ると、北京五輪のような国家事業の前には、国際卓球界への貢献も一時停止してしまうようだ。“狼”を育てると言っても、穿(うが)った見方をすればそれは野生の狼ではなく、手なずけられた狼かもしれない。
 しかし、国際訓練基地の建設などの具体的なアクション、そしてただ漫然と勝利に酔うだけでなく、常に先を見据えている首脳陣の姿勢はさすがと言うほかない。

 ヨーロッパでも、元世界チャンピオンのシュラガー(オーストリア)が若手育成の一大拠点として、「ヴェルナー・シュラガー・アカデミー」を建設する計画を打ち出している。世界規模での若手選手の“集合訓練”が、国際卓球界のスタンダードになっていくのかもしれない。

Photo上:中国卓球界の実務上のトップ、精力的な活動を続ける蔡振華
Photo下:今年9月に成都で行われた女子ワールドカップ。最終日、しかも王楠vs.張怡寧という黄金カードにも関わらず客席は寂しい。参加16選手中、中国選手が13人では…

 もともと国家チームの集合訓練は、50年近く前から行われている。1960年12月、全国から選抜された108人の選手たちによって、北京で初の集合訓練が行われた。これは翌61年の第26回世界選手権北京大会の直前合宿であり、この集合訓練のメンバーが国家チームを形成していった。その後も集合訓練は定期的に行われていたが、卓球専用の訓練基地の建設にまでは至らなかった。

 しかし、1986年の第10回アジア競技大会、卓球が初の正式競技となるソウル五輪を2年後に控えたこの大会で、中国は男女ともに団体のタイトルを逃してしまう。国家チームの状況に危機感を抱いた許紹発総監督らが、有望な若手を発掘するために訪れた湖北省黄石市で、国家卓球チームの訓練基地建設の構想を明かしたことから、トントン拍子に建設計画が進行。突貫工事で翌87年12月に完成し、中国卓球チームの訓練基地第1号となった。

 その後、91年に河北省正定市に河北省正定国家卓球訓練基地が完成。現在でも国家チームの集合訓練の拠点となっており、今年5月の世界選手権ザグレブ大会の前にも、国家女子チームが集合訓練を行った。男子チームが集合訓練をしていた福建省厦門市にも、現在新たな訓練基地が建設中だ。以前は男女チーム合同で集合訓練を行っていたのだが、2004年1月に男女4名の選手が部内恋愛を理由に省チームに戻されるという“恋愛事件”が発生。これを機に男女別々に集合訓練を行うようになっている。

 これまでは内陸部に多かった訓練基地だが、今年9月に完成したばかりの広東省仙頭市の卓球訓練基地をはじめ、現在建設中のものは浙江省、福建省など南部の沿岸部に建設されている。国際大会が沿岸部の海洋性気候の都市で開催されることが多いため、まず気候に対応できるように、というのがその理由だ。もちろん、沿岸部の飛躍的な経済発展が、巨大な訓練基地の建設を支えているというのも事実だろう。

Photo上:正定国家卓球訓練基地の「主(ぬし)」である王慶廣主任。写真は01年当時だが、いまだ健在だ
Photo下:正定国家卓球訓練基地の名物、世界チャンピオンのサイン入り特大ラケット

 中国はほとんどの競技が全国に数カ所の訓練基地を持っている。国家卓球チームも現在、中国全土に5つの訓練基地を持っており、さらに三つの訓練基地が建設中だ。その規模はさまざまだが、近年は卓球場と宿舎だけでなく、プールや陸上競技場、会議場やホテルを備えるなど次第に大型化している。

 訓練基地といっても、年中そこで国家チームが集合訓練を行うわけではないため、普段は併設する卓球学校や、省チーム・市チームも使用する。日本のジュニアナショナルチームも正定の訓練基地で合宿をしているように、海外の選手たちも受け入れている。訓練基地は市政府・区政府が経営する公営のものが多いが、経営にはなかなか苦労しているようだ。
 しかし、国家チームの集合訓練には多くのマスコミが詰めかけ、地元に与える経済的効果は大きい。そのため、「我が街に卓球の訓練基地を」と立候補する都市が相次いでいる。一方で、古株の訓練基地では補助金による設備投資を行って集合訓練の誘致に乗り出すなど、“国家チーム争奪戦”が激しさを増している。
 現在、中国国内にある国家チームの訓練基地は、建設中のものも含めて以下のとおり。
※[]内の数字は完成した年

1. 湖北省黄石卓球訓練基地[1987]
2. 河北省正定国家卓球訓練基地[1991]
3. 黒龍江省大慶卓球訓練基地[1997]
4. 山東省wei(さんずい+維)坊英才学府中国卓球訓練基地[2000]
5. 広東省仙頭卓球訓練基地[2007年9月]
6. 福建省厦門卓球訓練基地(※建設中)
7. 浙江省寧波北侖卓球訓練基地(※建設中)
8. 中国卓球通州国際訓練基地(※建設中)

 上記の他、河北省秦皇島には、サッカーコート20面などあらゆる競技の施設を備えた、巨大な国家体育総局の訓練基地がある。1973年に建設されたもので、以前は国家チームの集合訓練と言えばここで行われることが多く、中国卓球のメッカとも言える存在だった。現在でもエキシビション・マッチや若手選手の合宿などで使用されている。また、北京にも国家チームの総合訓練所がある。

MAP上:訓練基地の所在地(クリックで拡大)
Photo中・下:北京市から南西に260キロ、河北省正定市にある正定国家卓球訓練基地の様子(01年当時)。ビリヤード場やカラオケ、サウナもあり、2人部屋はホテルのような部屋だ