コーチを辞めてしばらくしたある日曜日。教え子だったお母さんから突然電話がかかって来ました。
「ゴホッ……もじもじ、イズミコーチでずが? ゴホッ。〇〇の母でず。突然でずが、ゴホッ、今がらお宅に伺ってもよろじいでずが? ゴホンッ!」
お母さん、風邪でしょう? 大丈夫ですか? すっごい鼻声ですけど。
家に来ても良いですけど、その風邪、うつさないで下さいね?
ザ・風邪引きのお母さんと教え子の女の子14歳、そのお父さんまでが家に来ました。
あのー、お母さん。家で寝ていた方が良いと思うんですけど。目とか鼻とか真っ赤ですよ?
「ゴホッ、イズミコーチ、元気でしたか? コーチを辞めたと伺いましたので……ゴホゴホ」
「えぇ、まぁ、この通り生きてますよ。わざわざ様子を見に来て下さりありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、ゴホ、うちの娘がコーチには大変お世話になりまして、今日はそのお礼に参りました。ゴホ、ほらっ、むすめっ」
「あっ……イズミコーチ……今まで色々教えて下さりありがとうございました」
教え子が私のために焼いたというカップケーキを渡してきました。
私がコーチを辞めてからの練習状況や、心配事、これからの事など色々と1時間ほど話しをしていると、こんな話になりました。
「彼女の頭がとても良い」ということ。噂では聞いていました。
去年の成績は学級1番。今年はパンアメリカ大会18歳の部や南米大会15歳の部で学校を何週間も休んだのに、2番か3番をキープしているという。
お父さんもお母さんも「私たちは普通なのに、この子は一体、誰に似たんでしょう? こんなに頭が良くて……」と、何故か心配気味でした。
あのー、自慢じゃないですけどね、私が14歳の頃なんて「どうしてアンタは……アンタって子は……。一体誰に似たんでしょう? それとも、私たちの育て方が悪かったのかしら?」と心配された事なんて数えきれないほどありましたよ。っていうかですよ? 娘3人もいりゃあ、一人くらい欠陥があってもおかしくないでしょう? 長女は何事も初めてだから両親も慎重になりますわな。私が一番かわいかったであろう3歳の時に生まれた末っ子。親は年を取るとなんでもかわいく見えるのでしょうか? 小さいくせに要領も良いので、なんでも「かわいい、かわいい」と育てられ、「お姉ちゃんたちのお下がりなんか古臭くて着たくない! なんか汚いし、破れてるし。だから、新しいの買って!」というわがままでさえかわいいと思わせる小悪魔ぶり。服を汚したり破いたのはおそらく次女である私の仕業なのでしょうが、子供の服っていうのは汚したり、破けたりするもんじゃないの?
それにしても、教え子の頭の良さ……本当かなぁ? (←教え子を疑ってみる)
っていうか、そんな事って、許されるの?
成績優秀。卓球も弱くない。顔もなかなか可愛い。弟想いで優しいお姉ちゃん。控えめな性格でおしとやか。礼儀正しい。時間がある時は英語の小説を読んでいます。
欠点なんて無いんじゃないのかしら? 探してみましたら、「ラケットのグリップが異様に臭い」くらいしか見つかりませんでした。
この子、14歳のくせにもう大学の事を考えていて、ペルーの国立大学(日本でいう東京大学)に入学したいのだという。もしくはアメリカのハーバード大学。
夢は「宇宙飛行士もしくはその関係性のある仕事」だそうです。スケールが……デカすぎる(泣)。
そんな女の子に私は今まで何だか偉そうに卓球の指導をしていたけれど、……罰は当たらないよね?
「それでは、イズミコーチ、御身体に気を付けて」
「○○ちゃん、これからも卓球頑張ってね! あと、勉強の方も」
「さようなら、さようなら~」
バタン (←ドアが閉まる音)
「レンソ~、レンソ~、お菓子貰ったよ~」
「わーい」
寝室でテレビを観ていたレンソが飛んで出てきました。
「美味しそうだねぇ~」
早速カップケーキを一人2個づつたいらげました。
ほんのりとトウモロコシの甘い味がする。とっても美味しいな。嬉しいな。優しい味がするよ。これを食べた事で、あの子の頭の良さ、少しはあやかれるかな?
翌日、レンソが起きる前に、残りのカップケーキを一人で全てたいらげました。
無心になってモシャモシャ、モシャモシャ……
ハッと我に返った瞬間、びっくり仰天!
あれっ? ここにあったカップケーキが無い!
一体、誰が食べたんだろう? ヒドイ! 私が味わって食べようと楽しみにしていたのにー!
……あれっ? このカップケーキを食べたのは私かな? 口の周りにケーキのくずが付いているよ?