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中国リポート

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 6月9日に開幕した超級リーグの結果をお伝えする前に、6月2~7日に山東省煙台市で行われた「2010中国卓球クラブ甲Aリーグ」の第1ステージ・Bブロックの結果をお伝えしよう。
 甲Aリーグは超級リーグのひとつ下のリーグで、甲Aの下にさらに甲B~D・乙A~Bの5つの下部リーグがある。ほとんどのチームは若手選手が主体で、国家2軍(ジュニア)チームの選手たちもチラホラ。ひと昔前に活躍した、懐かしいベテラン選手の名前も見つけることができる。昨年までは年3ステージ制で行われていたが、今年から年2ステージ制になり、さらに第1ステージをA・Bふたつのブロックに分けて開催された。男女とも12~13チームによる総当たりのリーグ戦、相当ハードな戦いとなったようだ。日本からの出場選手および通算成績は以下のとおり。

◎男子
[天津華明] →Bブロック1位
松平健太(早稲田大)…シングルス3勝2敗/ダブルス7勝4敗
★主な対戦成績
 松平 8、-7、-9、-7 程靖淇(08年世界ジュニア団体優勝)
○松平 3、1、0 宋時超(07年世界ジュニアベスト8)
○松平/李平(09年世界選手権混合複優勝) 7、5、9 宋鴻遠(09年世界ジュニア3位)/陳柏宇
 松平/馬文革(92年五輪3位) -6、-10、-7 譚瑞午(08年五輪ベスト8/孫建(09年全中国ベスト16)

 モスクワ大会からの転戦となった松平は、強豪の天津華明から出場した。チームの監督兼プレーヤーは往年の名選手である馬文革。09年世界選手権混合複優勝の李平もおり、馬文革監督はスポンサー次第では「(天津市出身の)ハオ帥を呼び戻し、超級リーグに復帰」をもくろんでいるが、今季も甲Aリーグでの登録となった。しかし、3番手に今年のスロベニアオープンで優勝した李尚洙(韓国)が控えて戦力は充実、総合成績10勝1敗で見事Bブロックの1位を勝ち取っている。
 松平はシングルスでは3勝2敗。唯一の敗戦を喫した河北覇州海潤戦のラストで程靖淇に敗れるなど、まだ完全復活とはいかないようだ。しかし、ダブルスでは全11試合に起用されて7勝4敗と合格点の成績。馬文革や李平との豪華なダブルスは甲Aリーグにはもったいないように思えるが、どのチームもなかなか手ごわいようだ。

 Bブロック、Aブロックとも期待のホープや海外選手が多く出場する甲Aリーグ。他の注目選手をピックアップしてみた。

呉家驥(沈陽家具城) …シングルス14勝5敗
・昨年の「2009年全国優秀青少年ピンパン球調賽」で優勝した右ペン両面裏ソフトドライブ型で、国家2軍チームのメンバー。08年世界ジュニア3冠王の宋鴻遠、松平のチームメイトの李尚洙らを破り、15歳ながらシングルス14勝を叩き出した。今年7月の荻村杯のエントリーメンバーに入っているので、「王皓2世」をチェックしておいて損はなさそうだ。

譚瑞午(クロアチア/黒龍江全利) …シングルス5勝6敗
・08年北京五輪ベスト8の左シェーク・バック表ソフトの攻撃型。モスクワ大会はクロアチアはこの譚瑞午とプリモラッツが欠場、チームは予選リーグ5位に沈んだが、なぜか甲Aリーグには出場している。右ペン表速攻の姜海洋と左ペン表速攻の孫建もいて、表ソフト率の高い黒龍江全利。エース譚瑞午は不調だったが、総合4位に入る健闘。

 続けて平野早矢香、石川佳純、樋浦令子のMIKIHOUSEチームが出場した、女子の結果もお伝えします。

Photo上:モスクワ大会での松平健太のプレー
Photo下:松平のチームメイトとなった李平。直通モスクワ第3ステージでは王皓にストレートで完勝、甲Aリーグでもシングルス15勝1敗とさすがの強さを見せた
中国選手写真館inモスクワ、その2です。


写真上はベンチでえびす顔の施之皓監督。下の写真館その1ではむくれていた丁寧も笑顔、どうやら父娘は和解したようです(もちろん血縁関係はありません)。


写真中央は、中国女子チームで唯一の「スコート推進派」である劉詩ウェン。この着こなしぶりを見ればそれも納得か。大会本番で着用していた黒のスコートは今ひとつ。ただしこのスコートも、中国女子が歴史的な敗北を喫したため、「縁起が悪い」と敬遠される可能性がなきにしもあらず。
 モスクワでの雑記から、やたらと「スコート」「スコート」と言っている気がしますが、それほど興味があるわけではありません…。


写真下は決勝での中国男子の熱い応援。女子の敗戦を目の前で見せつけられ、トップで馬龍が逆転負けしたとあって、劉国梁監督も燃えに燃えた。中国リポートで伝えそびれましたが、監督は先月6日に王瑾夫人が双子の女の子を出産。晴れてパパになったとのこと。生まれたばかりの娘さんに、優勝の報告ができました。


今日6月9日、「2010中国卓球クラブ超級リーグ」が開幕。今シーズンは登録メンバーの発表がかなり遅くなりましたが、各チームのメンバー紹介も結果と合わせて随時リポートしていきます。
 世界選手権団体戦モスクワ大会で、歴史的な敗戦を喫した中国女子チーム。一方、男子チームは決勝でドイツに苦しめられながらも、5連覇を達成した。中国国内では、特に中国女子の敗戦について、さまざまな記事や評論が各紙の紙面を賑わせている。超級リーグも6月9日の開幕を目前に控え、今シーズンの登録メンバーや、各チームのエースの談話がすでに発表されている。

 お伝えしたいニュースは山ほどあるのですが、現在編集部はモスクワ大会特集号(6月21日)の締め切りの真っ最中。今しばしのご猶予を願います。それまでのつなぎと言っては失礼ですが、モスクワで撮影された中国選手のワンショットでお楽しみください…。


左写真上は、なぜかベンチでふくれっ面をしていた丁寧と施之皓監督。気の強い娘と頑固なお父さんという感じ。施之皓監督がイイ味出してます。


左写真中央は、開幕前の選手の練習を見守っていた孔令輝コーチ。コーチとして担当している劉詩ウェンが決勝で2失点、郭躍は出場が1試合のみ。教え子たちの苦戦を予感して、念でも送っていたのか…?


左写真下は、試合の後で仲良く退場する男子チームの若手3トップ。同世代だが、なんとなく「3兄弟」のような雰囲気。力持ちで優しい長男・馬龍、繊細だが頭は切れる次男・張継科、陽気でおっちょこちょいの三男・許シン。…あくまでもイメージです。
 
 世界選手権団体戦が行われているモスクワで速報担当に変身中の中国リポート担当。パスポートには「中国辺防検査」のスタンプばかり押されていたが、ついにロシアのビザが貼られることになった。来月は再びヨーロッパ・ポルトガルを訪れる予定。中国ばかり入国していた男が、直近のロシア滞在を経てヨーロッパ入り。何となく入国審査で怪しまれそうなパスポートができあがっています。

 中国リポート、またしてもご無沙汰していますので、モスクワで体験した中国関係の「小ネタ」を少々。 今大会初日のイタリア戦に、スコート姿で登場した中国女子チーム。昨年12月の東アジア競技大会で、中国代表としては初めてスコートを着用したが、世界選手権で着用するのはこれが初めて。プレーは男性化、ウェアは女性化。異なる指向が交錯すると、様々な違和感が生じるのは致し方ないところ。今大会の中国女子チームの5人の代表メンバーは、劉詩ウェン、丁寧、郭躍、郭炎、李暁霞。スコート着用の是非は、皆さんの想像にお任せします。
 ところで、イタリア戦ではスコートを着用しながら、2日目は普通のライトブルーの短パンに戻していた中国女子チーム。知り合いの上海の新聞記者の女の子も、「どうして今日は短パンなの?」と疑問を抱いた様子。ミックスゾーンで中国人記者の質問に答えていた丁寧曰く「動きにくいから」とのこと。郭炎や丁寧、郭躍などは以前のインタビューに対しても、「スコートより短パンのほうが好き」と答えていた。どうやらスコートは、あまり選手たちの支持を集めてはいないようだ。
 …速報担当、その当りの認識が甘かった。郭躍に「スコートに対する感想は?」と質問してみたところ、「ハッ!」と思い切り鼻で笑われた後、ひと呼吸おいてから「比較漂亮(まあまあキレイね)」とひと言。元世界女王、「スコートに対する質問にはもう飽き飽き、また日本のマスコミがどうでもいいことを…」という感がアリアリ。その後、周囲に促(うなが)されて足早に去っていかれました。俗っぽい質問で失礼致しました。

 もうひとつ、速報担当の目に留まった選手がいる。スペイン男子チームの世界ランキング283位、カンテロ選手。日本戦ではトップで松平健太を破り、ラストでも吉田海偉を大いに苦しめた。この人のプレーは、すでに絶滅したはずの(失礼)中国式ペン表速攻そのもの。裏面にも裏ソフトを貼り、時折ビックリするような強打を放つが、基本はオモテ面のショートとプッシュのみ。劉国梁スタイルの右足を踏み込むサービスから、目の覚めるような連続スマッシュを放つ。ぽっちゃり型の体型で、決して強そうには見えないのだが、強い。はっきりいって強い。スペインのペン表と言えば、大ベテランの何志文を思い出すが、やはり彼の弟子なのだろうか?

 後日判明したところによると、カンテロは何志文の教え子ではなかった。中国人コーチに教わっていたが、そのコーチは決して有名なコーチではなく、またペン表ソフトというスタイルは小さい頃に自分で選んで始めたのだという。スペインで卓球を始めるだけでも変わり者だが、ペン表ソフトで始めてしまったのだから、飛び切りの変わり者だ。御年27歳というが、見た目には37歳くらいには見える。
 …失礼なことばかり書いてしまったが、本当に見ていて痛快な選手だ。サービスを見て分かるとおり、劉国梁が憧れの選手なのだそうだ。スペインで劉国梁に憧れていた少年が、ロシアで迎えた世界選手権団体戦のドイツ戦で、ヨーロッパの皇帝ボルをゲームオール8点まで追いつめている。これだから卓球は面白い。

Photo上:郭躍、やっぱり短パンが良い?
Photo中:スコート着用に大しては積極派の劉詩ウェン
Photo下:弊誌編集長が「中村カンテロ(勘太郎)」というあだ名をつけたカンテロくん
★世界選手権団体戦モスクワ大会・男子第5代表決定戦
○馬琳 10、-6、7、4 王励勤


 5月12日に行われ、馬琳が王励勤を3-1で破り、宿命の「龍虎対決」を制した国家男子チームの世界団体戦・第5代表決定戦。中国では馬琳が「モスクワ行きの『末班車』に乗った」という表現がよくされている。「末班車」は最終電車という意味。まさにすべり込みでの代表入りということだ。
 「今日の試合はほとんどの観客の目から見て、王励勤のほうが技術的に優位に立っていただろう。しかし、勝ったのは馬琳だった」と試合後に劉国梁が評したこの一戦。やはり試合の大きなポイントとなったのは、馬琳が第1ゲームを逆転で奪ったこと(1-7、6-10から逆転)。王励勤は試合後、「いつもスロースタートなので、出足で集中することを心がけたが、終盤の詰めが甘かった」と悔やんだ。第3ゲーム中盤でも6-6からの2本のレシーブミス、7-8からのチャンスボールの強打ミス。ここまで完全に勝利から見放されていた馬琳を復活させてしまった。

 結果にどれほど影響したのかは分からないが、この試合にはひとつの面白い伏線がある。レッドの代表ウェアを着用してコートに現れた王励勤に対し、馬琳はブラックの代表ウェアを着用。なんとこのブラックのウェアは馬琳本人ではなく、馬龍のものだった。用意していたレッドのウェアが王励勤と重なってしまった馬琳、その他のウェアはスポンサー広告が現行のものではなかったため、止むなく馬龍にウェアを借りたのだ。王励勤が苦手としている馬龍のウェアで勝利を掴んだ馬琳、ウェアのご利益も多少はあったかもしれない。
 この一大決戦の翌日、5月13日に行われた国家男子チーム最後のエキシビションマッチには出場せず、故郷の上海に戻った王励勤。「今回の敗戦がすべてという訳ではないし、ロンドン五輪という目標は決して諦めない」と語っており、「代表落ち→即引退」というシナリオに対しては、本人も周囲も否定的なコメントを残している。今日17日には北京に戻り、国家チームと合流する予定だ。

 当初、3回の「直通莫斯科」で代表3名を決定し、残る2名は協会推薦で決定すると発表されていた国家男子チームの代表選考。「直通莫斯科」の終了時点では、馬琳のあまりの不調ぶりから、王皓と王励勤の推薦出場が濃厚とも言われていた。代表選手全員を試合形式で決定した今回のやり方は、「公平かつ公正な選考」という選考会の理念に則したものなのか。それならば、第4・5代表決定戦にも陳杞やハオ帥、李平を加えるべきだろう。「直通莫斯科」で好成績を挙げていたハオ帥を切り捨て、第4代表決定戦まで負け続けた馬琳に再びチャンスを与えることが、「公平」なのだろうか。対外的な実力を考えれば、王皓・馬琳・王励勤の3名から代表を選ぶのは順当なところだが…。
 「直通莫斯科」で五輪代表3名が通過できなかったため、思わぬ展開を見せた今回の選考レース。国家男子チームは5月20日に北京を出発、モスクワ入りする予定になっている。

Photo:引退の時期に注目が集まる王励勤だが…?
★世界選手権団体戦モスクワ大会・男子第5代表決定戦
〈5.12/浙江省・桐郷市〉

○馬琳 10、-6、7、4 王励勤
★馬琳が中国男子5人目の代表に決定!


 中国の卓球ファンからも熱い注目を集めた、国家男子チームの“龍虎対決”は馬琳に軍配が上がった。
 試合はスロースターターの王励勤が、第1ゲーム7-1、さらに9-3と大きくリードを奪う予想外の展開。馬琳に9-6まで追い上げられたが、10-6とゲームポイントを握った。しかし、王励勤はここで攻め切れず、馬琳が6点連取で12-10と大逆転。第2ゲームを取り返した王励勤だったが、結局この第1ゲームに逆転を喫したことが、最後の最後まで響いた。第3ゲームも王励勤は3-5のビハインドから6-6に追いついたが、7-8の場面でチャンスボールを凡ミス。このゲームを落とすと勝負の女神は王励勤に二度とは微笑まず、第4ゲームは馬琳が7-1とリードを広げ、そのまま攻め切った。
 勝利後も派手なガッツポーズはなく、王励勤とは小さくタッチしただけだった馬琳だが、試合後のベンチではようやく笑顔を見せた。

 勝利した馬琳は00年世界選手権団体戦クアラルンプール大会から、6大会連続での団体メンバー入り。これは中国の男子選手の新記録だ。さらに世界選手権では、97年マンチェスター大会から12大会連続で代表となり、タイ記録で並んでいた王励勤、そして女子の王楠の11大会を抜き、中国代表の新記録を更新した。
 計5回行われた国家男子チームの代表決定戦。馬琳が勝利したのは結局、今回の王励勤戦だけ。たった1回の勝利で代表入りを決めた。許シン、張継科、馬龍、王皓、馬琳。中国男子チームは5人の代表メンバーが決定した。

 詳報はまた後ほどお伝えします!

Photo:「どんなにリードされても諦めないという、必勝の信念があった」と試合後の馬琳。逆転負けに泣いてきた男が、笑顔の逆転勝ちを収めた(写真は09年横浜大会。試合の画像が入手できれば差し替えます)
 5月11日、国家男子チームは集合訓練の最終日を迎えた。17時30分に最後の練習メニューが終了し、選手たちが最終日の晩餐会に向かった後も、王励勤と馬琳は体育館で練習を続けた。『体壇周報』によると、馬琳の担当コーチである呉敬平は血圧が安定せず、王励勤の担当コーチである秦志ジェン(01年世界混合複優勝)は胃を傷めているという。今日5月12日、16時30分(日本時間17時30分)から行われる王励勤と馬琳の代表決定戦を、心安らかに観戦できる人は、国家男子チームには誰もいないだろう。

 国家男子チームの劉国梁監督は、同じく『体壇周報』に次のようなコメントを残している。
「もう14年になるよ。96年に同時に国家チームに入り、97年に世界選手権に出場して以来、この2010年まで、ふたりは常にライバルだった。どちらが上ということも、どちらが下ということもなく、まるで兄弟のように密接にかかわり合ってきた。技術的にも性格的にもふたりは対照的で、まるでお互いを映す鏡のようだった。
 そしてついに代表決定戦だ。もし誰か他の選手との対戦だったら、彼らの心理もこれほどに複雑に揺れ動くことはなかったはずだよ。もし決定戦で若手に敗れたとしても、精神的にはまだ受け入れられるんだろうけど…」。
 2008年以降の、王励勤と馬琳の主な対戦成績を以下にまとめてみた。

◆2008年
[2月 カタールオープン]  ○馬琳 9、5、5、9 王励勤
[5月 VWオープン荻村杯] ○馬琳 4、-5、9、7、8 王励勤
[8月 北京五輪・卓球競技] ○馬琳 5、9、9、-10、-3、8 王励勤
[10月 超級第6節]    ○王励勤 9、-9、11、6 馬琳
[12月 超級決勝第2戦]  ○王励勤 8、9、8 馬琳
◆2009年
[2月 カタールオープン]  ○馬琳 9、6、2、8 王励勤
[3月 直通横浜第2ステージ] ○馬琳 3-1 王励勤
[5月 世界選手権横浜大会] ○王励勤 5、-12、9、-7、9、-6、6 馬琳
[6月 中国オープン]    ○王励勤 -7、7、-11、10、-10、6、7 馬琳
[7月 超級第9節]     ○馬琳 9、7、7 王励勤
◆2010年
[5月 世界団体戦第4代表決定戦] ○王励勤 -6、-8、9、6、7 馬琳

 5ゲームズマッチと7ゲームズマッチの試合が混在しているが、ふたりはまさに実力伯仲(はくちゅう)。加えて05・07年世界選手権決勝の例を挙げるまでもなく、重要な試合では必ずと言っていいほど接戦となり、激しい火花を散らしてきた。中国男子の歴史の中でも、これほど長期のライバル関係を築いた例は稀有だ。
 「監督として、最も心配なのは決定戦で敗れた選手のことだよ。一番考えたくないケースは、敗れた選手が落ち込み、完全に自暴自棄になってしまうこと。それは男子チームにとってあまりに大きな損失になる。僕はふたりに2012年までプレーを続けてほしいし、ふたり揃って円満のうちに引退してほしいんだ。ひとりだけ残ることになったら、去っていく選手が不憫(ふびん)じゃないか…」(劉国梁)。王励勤・馬琳とは世界選手権の団体メンバーとして戦い、00年クアラルンプール大会決勝で敗れた辛酸も、01年大阪大会準決勝・韓国戦で大逆転勝ちした歓喜も、ともに味わってきた劉国梁。そのコメントは監督から選手に向けられたものではなく、かつての戦友たちへ向けられたもの、という感じがする。

 中国でも一度世界選手権の代表から外れながら、再び代表へ返り咲いたケースはあるが、今回の代表決定戦で敗れた選手が、引退への歩みを速めることは想像に難くない。王励勤と馬琳、これが最後の真剣勝負になるのか。対決の時は目前に迫っている。

Photo:王励勤(上)と馬琳(下)、いざ代表決定戦へ。ややスロースターターの王励勤、5ゲームズマッチであることがどう影響するか
 5月9日、世界選手権団体戦モスクワ大会への4枚目の代表切符を懸け、北京五輪男子代表の馬琳・王皓・王励勤による運命の戦いが行われた。2連勝で代表権を獲得したのは王皓。現世界チャンピオン、代表権獲得へのあまりに長い道のりだった。試合のスコアの詳細は以下のとおり。

★世界選手権団体戦モスクワ大会・男子第4代表決定戦
〈5.9/浙江省寧波市・寧波北侖海天体育館〉

●第1戦
王励勤 -6、-8、9、6、7 馬琳
●第2戦
王皓 -9、8、-8、8、10 馬琳 ※馬琳は脱落
●第3戦(第4代表決定戦)
王皓 -6、7、5、8 王励勤
★王皓が中国男子チーム4人目の代表に決定!

 第2戦に登場し、初戦で敗れた馬琳と相まみえた王皓。いずれのゲームもスコアが離れないシーソーゲームとなり、試合は最終の第5ゲームへ。王皓5-2のリードでチェンジエンドするが、馬琳が7-7に追いつく。王皓が10-7と突き放してマッチポイント、馬琳が粘って3回のマッチポイントをしのぎ、10-10のデュースへ。代表決定戦にふさわしい白熱の展開となったが、最後は王皓がフォアハンドで強気に攻め、ゲームオールデュースの接戦を制した。
 そして第4代表決定戦となった第3戦は、09年世界選手権横浜大会決勝の再現、王皓と王励勤の対戦。強気で攻める王皓に対し、リードしながらもやや守勢に回る場面が多くなった王励勤。勝負のポイントとなった第3ゲーム、王励勤5-2のリードから王皓が一気の9点連取でこのゲームを奪取。第4ゲームも競り合いの中で王皓が抜け出し、10-8で王励勤の返球がネット。王皓、ついに自らの手で代表権をつかみ取った。「自分にはまだ潜在能力があると信じている。今日のプレーを忘れずに、これからさらに調子を上げていきたい」(王皓)。

 一方、またも失意の代表決定戦となったのが馬琳。第1戦はゲームカウント2-0からの逆転負け、第2戦はゲームオールデュースでの敗戦。07年ザグレブ大会決勝の大逆転負けを例に挙げるまでもなく、馬琳には「魔のシナリオ」と表現したくなるような、残酷な展開がつきまとう。自らのメンタルの不安定さが招く結果と言えばそれまでだが、あまりにもドラマチックな選手だ。

 ついに残り1枚となった、中国男子チームのモスクワ大会への代表切符。国家男子チームの首脳陣は当初、最後の1枚の切符は推薦によって決定すると発表していたが、その予定が変更。明日5月12日、浙江省桐郷市で王励勤と馬琳による最後の代表決定戦が行われることが急きょ決定した。もちろん試合は一発勝負、3ゲーム先取の5ゲームズマッチ。「もし推薦で選手を選べば、落とされた選手は余計なことを考えてしまうが、試合で代表権を決めればどちらの選手もスッキリするはずだ。王励勤と馬琳は永年のライバル、今回の代表決定戦でも、彼らには自らの手で運命を決めるチャンスを与えた。彼らにとって最も公平な方式だろう」(劉国梁監督/出典『信息時報』)。
 世界選手権決勝にまさるとも劣らぬ、龍虎の一大対決。常に戦略的に選手を選んできた中国が、代表選手を推薦ではなく、すべて試合方式で決めるのは今大会が初めて。「とても推薦では決め切れない」というのが本音かもしれないし、中国男子を長く支えてきたふたりのプライドを尊重し、最大限の敬意を表したともとれる。これは見逃せない対決になった。

Photo:苦しみながらも代表権を獲得した王皓(写真は09年世界選手権横浜大会)
 「直通莫斯科」ですでに3名の選手(許シン・張継科・馬龍)が代表権を獲得し、馬琳・王皓・王励勤の3名のうち、1名が世界団体選手権モスクワ大会の代表を外れることが確実となっている国家男子チーム。ITTF(国際卓球連盟)への最初のエントリーでは、王皓と王励勤がメンバーに選ばれている。エントリーは開幕の直前まで変更が可能なので、最終エントリーは定かではないが、北京五輪金メダリストの馬琳が厳しい立場にあることは間違いない。
 国家男子チームのメンタルサポートを行っている陳静(88年ソウル五輪女子金メダリスト)が、『羊城晩報』の紙面で次のようなコメントをしている。「(メンバーが発表された)その夜、馬琳が急に「動悸(どうき)がする」と言って、勉強を続けられなくなったのを覚えています。精神面の不安が体調の異変となって現れたのでしょう。(メンバーに名前がないことについて)受け入れる心構えはできていたとしても、やはり現実のものとなると、彼にとっては辛い出来事だったはずです」。97年の世界選手権マンチェスター大会で代表に抜擢されて以来、常に中国男子チームの中心選手だった馬琳。今回のように当落線上で感じる不安は、あまりない経験かもしれない。

 そして5月9日、北京五輪のメダリスト3名にとって、自力で出場権を獲得する最後のチャンスが訪れるようだ。集合訓練を行っている浙江省寧波市の寧波北侖海天体育館で、馬琳・王皓・王励勤の3名による、最後の代表決定戦が行われる。まず3名のうち2名が対戦(第1戦)し、この試合の敗者と残る1名が対戦(第2戦)。第1戦と第2戦の勝者による第3戦が、4人目の団体代表メンバー決定戦となる(5人目の代表はコーチ陣による推薦で決定)。一体誰が勝ち抜くのか、予想するのはなかなか難しい。同時にこの3人によって代表決定戦が行われるということは、ハオ帥や陳杞は完全に出場の望みを断たれたことになる。

 5月6日には国家男子チームの訓練基地を、国家体育総局の蔡振華副局長が訪問。代表メンバーたちの仕上がりを視察し、馬琳に対してはレシーブのワンポイントレッスンを行うなど、久々に指導者としての一面も見せている。夜には男子チームの部内対抗戦が行われ、馬琳・王皓・王励勤の3名が、張超・雷振華・閻安と対戦。結果は3-2で辛くも五輪代表チームの勝利。3番手の王励勤が閻安を破り、馬琳と王皓はともに1勝1敗だった。
 蔡振華はマスコミに対し、以下のようなコメントを発している。「感情的には残念な気持ちがあったとしても、世代交代は決して避けられない。今回のモスクワ大会でも、ベテランとの辛い別れがあり、若手は多くの試練を迎える。すべては国家男子チームが成長していく上での、正常な過程だ」。たゆまぬ技術革新と、着実な世代交代が中国卓球の繁栄を支えてきた。ファンにとっては名選手との別れは寂しいが、今回の代表権争いも長く繰り返されてきた世代交代のワンシーン。中国にとっては、むしろ歓迎すべき事態なのかもしれない。

Photo上:馬琳、ラストチャンスをものにすることができるか?
Photo下:蔡振華にとって、馬琳と王励勤は指導者時代に接した最後の世代だ
 今月23日に開幕を迎える第50回世界卓球選手権団体戦・モスクワ大会。優勝を争うチャンピオンシップディビジョンには、今大会も出身/2世選手を含め、多くの中国系選手がエントリーしている。やはり目立つのは女子。女子チャンピオンシップディビジョンの顔ぶれを見ていると、チャイニーズタイペイと同組ではあるものの、日本女子のいるグループDに中国系選手がいないのが不思議なくらいだ。
 そんな女子チャンピオンシップディビジョンの出場チームの中で、ひと際異彩を放っているのがアメリカ女子チーム。08年広州大会に続いて全て中国系選手を揃えてエントリーしているが、王晨(08年北京五輪ベスト8)などの引退に伴い、エースの高軍以外は4人のメンバーが全て入れ替わった。まずは、その顔ぶれを見ていただきたい。

★アメリカ女子卓球チーム
No.1 高軍 41歳 右ペンホルダー表ソフト前陣攻守型
No.2 アリエル・シン(邢延華) 14歳 右シェーク両面裏ソフトドライブ型
No.3 ナタリー・スン(孫維慈) 14歳 右シェーク異質攻撃型
No.4 リリー・チャン(張安)  13歳 右シェーク両面裏ソフトドライブ型
No.5 エリカ・ウー(呉玄寧)  14歳 右シェーク異質攻撃型
※( )内は中国名

 …まるでモスクワへの修学旅行のようなメンバー。もちろん、先生は高軍だ。
 若手の中国系選手4名はいずれも帰化選手ではなく、アメリカ・カリフォルニア州出身の2世選手。ジュニア時代に中国でもまれた帰化選手にはかなわないが、アリエル・シンが北京の什刹海体育学校、ナタリー・スンが遼寧省で練習を積むなど、中国での修行によって好成績を収めている。
 2番手のアリエル・シンと4番手のリリー・チャンは、09年世界選手権横浜大会でひと足お先に世界戦デビュー。当時12歳10カ月のリリー・チャンは女子の最年少選手だった。横浜大会のシングルスでは決勝トーナメント(ベスト128)まで勝ち進んだアリエル・シンは、すでにアメリカの女子シニアでもトップクラスの実力者。先日5月2日には世界長者番付で1位になったこともある著名な投資家ウォーレン・バフェットと、卓球のエキシビションマッチを行っている。高軍をして「アメリカ女子卓球界の希望」とまで言わしめている、アメリカの天才卓球少女なのだ。

 また、エースの高軍は中国代表時代と合わせると、モスクワ大会が14大会目の世界選手権出場。現在は上海の華東理工大学を練習拠点としており、名人芸のバックショートはいまだ健在だ。高軍というと思い出さずにはいられないのが、91年世界選手権千葉大会の女子団体決勝。ラストで高軍がユ・スンボク(統一コリア)に敗れ、中国は女子団体9連覇を逃した。そして19年後のモスクワ大会。高軍は自分の子どもくらいの年齢の後輩たちを引っぱりながら、いまだ現役でプレーを続け、何度目かの世代交代を果たした中国女子は、高軍がなし得なかった9連覇に再び挑もうとしている。

 モスクワ大会では、帰化選手ひしめくグループB(シンガポール/ドイツ/オランダ/スペイン/チェコ/アメリカ)に入ったアメリカ。対米感情は微妙(?)なロシアの観客だが、小さな代表選手たちの奮闘には大きな声援が送られそうだ。モスクワではぜひ注目してみたい。

Photo上:歯切れの良い速攻プレーを見せるアリエル・シン
Photo下:09年横浜大会での高軍のプレー。08年広州大会からアメリカ卓球代表のウェアは、中国の「李寧」がオフィシャルサプライヤーになっている