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中国リポート

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 1978年6月18日生まれの王励勤が、今日6月18日で30歳のバースデイを迎えた。30歳で現役の世界チャンピオン、30歳で五輪代表、いずれも中国選手としては前例がない。節制された競技生活がもたらした勲章と言えるだろう。
 昨年の29歳のバースデイには、スポンサー契約を結んでいる李寧が誕生日前日に誕生記念パーティを開催。全国各地から熱狂的な王励勤ファンが北京に集まり、王励勤と歌を歌ったり、ダンスを踊ったり、果ては王励勤に手縫いの抱き枕(!)をプレゼントしたファンまでいたが、五輪直前の集合訓練を控えた今年はそんな余裕はなさそうだ。

 シニアクラスの代表として国際舞台にデビューした1996年以来、最も苦しい時期を迎えている王励勤。プロツアーでは最後に優勝した06年フォルクスワーゲンオープン荻村杯から、16大会連続でタイトルに見放されている。王皓、馬琳、馬龍といったチームメイトが優勝していく中で、準優勝3回、3位7回。3月のクウェートオープンではレグー(フランス)、そして先日のTMSシンガポールオープンでは張ユク(中国香港)に敗れてベスト32に甘んじるなど、その不調は深刻。世界ランキングでも後輩の馬龍に抜かれ、4位に後退している。

 現世界王者はすでに、選手としてのピークを過ぎているのだろうか?
 右膝の故障が癒えないまま引退した劉国正のような例もあるが、中国選手にとっては精神面の疲弊が引退の引き金となることが多い。卓球王国・中国を背負うプレッシャーや、若手選手からの突き上げの中で、代表選手を長年務めるのは容易ではないだろう。王励勤はフィジカル面なら、今でも国家男子チームのトップクラス。年齢的な不安はない。やはり世界デビューした当時の、無心な爆発力が五輪での金メダルには不可欠ではないか。デビュー当時の王励勤の試合で、今でも強烈な印象を残しているのが、98年のITTFプロツアー・グランドファイナル1回戦、対サムソノフ戦。破壊的な3球目回り込みドライブと、前陣カウンタードライブで当時世界ランキング1位のサムソノフを完封、17・4・8という一方的なスコアで下し、初のタイトルを獲得している。

 88年ソウル五輪の劉南奎、96年アトランタ五輪の劉国梁、そして04年アテネ五輪の柳承敏。五輪シングルスでは初出場の若武者が勢いに乗り、一気にタイトルを獲得するケースが多い。鉄壁のバックハンドを軸に完成されたオールラウンドプレーを見せる王励勤、思い切ったモデルチェンジをしてくるのか、それとも…。

Photo上:98年プロツアーグランドファイナルで初優勝した時の王励勤
Photo下:世界団体戦決勝では3番で優勝を決めたが…
 6月10~12日、アメリカ・カリフォルニア州ヨーバリンダ市のニクソン図書館で、「ピンポン外交」37周年の記念イベントが行われた。

 中米両国の国交正常化へつながった1971年世界選手権名古屋大会でのピンポン外交の意義を再認識し、故・ニクソン大統領の功績を讃えて行われたこのイベント。もちろん、目前に迫った北京五輪を盛り上げるのも狙いのひとつ。11日に中国の駐ロサンゼルス総領事館で行われたレセプションには、中国選手団のバスに乗り込んでピンポン外交のきっかけを作った長髪のヒッピー選手、グレン・コーワンの母親も姿を見せた(コーワンは2004年に亡くなっている)。

 そして6月12日、エキシビションマッチとしてニクソン図書館で行われたのが「ピンポン外交・リターンマッチ」。中国側の4人は、71年名古屋大会・男子団体優勝メンバーの梁戈亮、93年世界選手権女子複優勝の喬雲萍、93年世界選手権男子複準優勝の張雷、そしてなぜか昨年の世界ジュニアの「台乗り男」宋時超。宋時超は世界ジュニアでの渡米歴が考慮されたのか…。
 一方のアメリカ側は、71年名古屋大会に出場したジョージ・ブレスウェイトと若手選手3名というメンバー。元アメリカ卓球協会会長のブレスウェイトは現在69歳、名古屋大会後の訪中選手団にも加わり、18,000人の大観衆の前で梁戈亮と3回対戦、2回勝利している。もちろん梁が政治的な配慮で勝利を譲ったのだが、今回は両者とも真剣勝負。梁戈亮が勝利を収め、リターンマッチは豪華メンバーで固めた中国側が3-1で勝利した。その他、観客が選手に挑戦するコーナーなども設けられた。

 現在58歳の梁戈亮(リァン・グリァン)は、世界選手権で計6個のタイトルを獲得した名選手。71年の名古屋大会では両面同色ラバーの変化サービスでセンセーショナルに登場し、その後は抜群の身体能力を生かして、アクロバティックな攻撃とカットのオールラウンドプレーを完成させた。
 1980年に現役を引退してからは、1985年に渡独してブンデスリーガで選手、そしてコーチとして活躍。2002年に中国に戻り、現在は北京大学医学部体育学系教授、そして梁戈亮卓球クラブの主催者でもある。97年にドイツで交通事故に遭い、現在でも右腕に後遺症が残っているそうだが、世界ベテラン選手権では無類の強さを見せる「生涯現役」プレーヤーだ。

Photo上:梁戈亮、71年名古屋大会でのプレー
Photo下:04年世界ベテラン横浜大会で日本を再訪した梁戈亮。布袋(ほてい)さんのような福々しさです
 すでに卓球競技の全予選が終了している北京五輪。男女86名の出場枠には、「三者委員会特別招待推薦枠」と呼ばれる予選免除の出場枠が男女ひとつずつある。三者委員会は国際オリンピック委員会(IOC)、各国オリンピック委員会連合(ANOC)、国際卓球連盟(ITTF)の三者によって構成され、各国のNOCから三者委員会へ送られた特別参加申請の中から、男女ひとりずつの選手を選出する。そして男子のアギレ(パラグアイ)、女子のトミー(バヌアツ)がこの出場枠を獲得し、晴れて北京の地を踏むことになった。

 女子で出場枠を獲得したプリシラ・トミーは、現在世界ランキング865位。8月8日の北京五輪開幕式では、福原愛(ANA)と同様、バヌアツ五輪代表選手団の旗手を務める。総人口20万人余りの南太平洋の島国・バヌアツが、卓球競技へ代表選手を送り込むのは初めてのことだ。
 このトミーを指導しているのが、中国から派遣された孫洪義コーチ。バヌアツ国家チームは孫コーチのもと、中国でも強化練習を行うなどして長足の進歩を遂げ、昨年サモアで行われた第13回南太平洋運動会ではトミーが女子団体とシングルスの2冠に輝いた。6月11日には駐バヌアツ中国大使の叢武(ツォン・ウ)氏がバヌアツ国家チームの練習場を訪れ、選手たちを激励したと報道されている。

 中国はなぜ南太平洋の小さな島国に卓球のコーチを派遣したのだろうか。
 もともと南太平洋地区は台湾と国交を結んでいる国々が多く、台湾にとって外交政策上、重要な地域となっていた。しかし、1990年代後半から中国が巨額の援助投資でこれを切り崩しにかかり、現在では中国と台湾の外交相手国の数は拮抗(きっこう)している。このような、中国と台湾の「引き抜き合戦」は、南太平洋の国々の自立を阻むものだという批判も少なくない。
 そんな中でバヌアツは、1982年に早々と中国と国交を樹立した、南太平洋地区でも親中派の国のひとつ。2004年にボオール首相が突然台湾との国交樹立を宣言し、中国がただちに全ての援助を停止すると警告、結局首相が交替するというひと幕もあったが、これまでに中国はバヌアツに対して多額の援助を行ってきた。医療団や教員、そして卓球のコーチという人材派遣もその援助の一環。卓球王国・中国にとっては、卓球のコーチもまた外交上のカードに成りうるのだ。

 そういった経緯を考えていくと、バヌアツのトミーに三者委員会の推薦枠が与えられたことにも、やや政治的なものを感じなくはない。ちなみに男子で推薦枠を獲得したアギレのパラグアイは、現在南米で唯一台湾との国交を保持している国だが、ルゴ次期大統領が中国との国交樹立を示唆する発言をしている。北京五輪での推薦枠がパラグアイに与えられたのも、外交上は中国にとって絶好のタイミングということになるが…。

Photo:バヌアツ五輪代表選手団の旗手を務めるプリシラ・トミー(写真提供:ITTF)
 今月1日まで韓国・大田で行われていたITTFプロツアー・フォルクスワーゲンオープン韓国大会。この大会に中国香港から大型新人が出場した。その選手の名前は孫晋(スン・ジン)。00年シドニー五輪複銀メダリスト、99・01年世界選手権複準優勝、00・01年世界選手権団体優勝メンバーなど、数多くの実績を持つ元中国代表だ。

 左シェークフォア裏ソフト・バック表ソフトの異質速攻型で、威力のあるバックハンド強打を得意としていた孫晋。2001年の世界選手権大阪大会を最後に国際大会から引退し、その後は中国超級リーグの北大方正でプレーしていた。同時に2002年から4年間、北京大学の国際関係学院で学び、イギリスのブリストル大学に半年間留学するなど、学業に励んでいただけに、中国香港からの球界復帰は意外。今年9月1日からスタートする「移住選手の世界大会への出場規制」を前にした、駆け込み移籍ともいえそうだ。

 約7年ぶりの国際大会となったフォルクスワーゲンオープン韓国大会では、シングルスでティミナ(オランダ)、金キョン娥(韓国)というカット主戦型に連敗を喫し、早々に姿を消した孫晋だが、張瑞と組んだダブルスでは五輪銀メダリストの面目躍如。郭芳芳/文玄晶(韓国)、リ・ジャウェイ/馮天薇(シンガポール)、そしてチームメイトの姜華君/帖雅娜(中国香港)と強豪ペアを連破して3位入賞。国際卓球連盟6月発表の世界ランキングでは43位に飛び込んできた。自己最高位4位の孫晋、世界ランキングのトップ10に入る可能性は低いが、昨シーズンの超級リーグでは郭炎、曹臻、帖雅娜を破るなどまだまだ強い。今後、国際大会にどれだけ起用されるのか注目だ。

Photo:中国代表として、最後の国際大会となった01年世界戦大阪大会での孫晋。団体優勝、女子ダブルス2位、混合ダブルス3位という成績だった
 6月1日まで韓国・大田で行われたITTFプロツアー・フォルクスワーゲンオープン韓国大会。
 韓国男子のエース柳承敏は順調にシングルス準々決勝まで勝ち上がり、現世界ランキング1位の王皓(中国)と対戦。言わずとしれた04年アテネ五輪男子シングルス決勝の対戦カードだが、対戦成績では圧倒的に王皓のほうが分が良く、この試合も4-2で王皓が勝利。柳承敏の進撃はベスト8でストップした。

 試合後、柳承敏は会場でひとりの人物を探した。その人物とは中国男子チームの劉国梁監督。柳承敏は劉国梁に対し、四川省のブン川大地震の被災地へ1000万ウォン(約102万円)の義援金を送る意志を伝えた。
 2006年のシーズンまで、中国超級リーグの四川全興に所属していた柳承敏。彼にとって思い出深い土地である四川省で発生した大災害に対し、柳承敏は両親と義援金を送る相談をしていたが、確実に届く方法が分からなかったのだそうだ。そして、義援金は劉国梁監督に紹介された中国赤十字の指定銀行口座へ、無事に振り込まれた。

 この柳承敏の行動に対し、劉国梁監督は「中国人を代表して感謝の念を述べる。中国の卓球ファンはますます彼のファンになり、中国での試合はもう彼にとってホームゲームのようなものだ」と賞賛。四川全興の代天雲総経理も、柳承敏からの義援金の知らせを聞いて「彼はチーム内での練習でも、非常にすばらしいプロ根性を見せてくれた。みんな彼のことがとても好きだった。今回の被災地への義援金に対し、我々は心から感謝を述べたい。そして再び彼が四川全興でプレーする日の来ることを願っている(*出典/成都日報)」とコメントした。卓球関連サイトの掲示板でも、柳承敏を賞賛するファンのコメントが相次いでいる。

Photo:四川全興でエースとして活躍した柳承敏。北京五輪では彼にも多くの声援が寄せられるだろう
 やはり中国が上位を独占したフォルクスワーゲンオープン・荻村杯2008。たくさんの写真の中から、3枚の写真をチョイス。

 左写真の一番上は男子シングルスで優勝した馬琳。「チョッ!」「ザッ!」「ジョリッ!」「カメンッ!」と普段は気合いを表に出すタイプだが。今大会では静かに闘志を燃やしていた印象。勝利を意識して受け身に回りそうな場面でも、足を使ってしっかり打ち抜いた。同じ五輪代表の王励勤・王皓を連破しての優勝がひとつの自信となるか。初参戦した98年のジャパンオープン以来、11年目(出場していない年もある)で悲願の初優勝。

 左写真中は、優勝会見でのちょっとキュートな張怡寧。今大会で見せた強さは圧巻で、対戦相手の強打をことごとく前陣での両ハンドカウンターで弾き返した。女子シングルス決勝では、第6ゲーム19-21で落として流れを失いかけながら、最終ゲーム中盤では緩急をつけたフォアドライブでミスを誘う、老練な戦いぶりを見せた。万全の五輪女王、怖いのは故障だけだろう。

 一番下の写真はメガネの陳杞くん。プライベートや移動中では、メガネをかけていることが多い陳杞、どうやらダテではないようだ。意外に秀才タイプに見えるが、試合本番では詰めの甘さと集中力のムラで、先輩たちにはまだ及ばない。ドライブの威力と切れ味は申し分ないが、もう少し知的な部分を見せてほしい気もする。

 それにしても今回の荻村杯も中国系選手が多かった。試合中盤から、まるで「大同窓会」のようだった…。
 先日お伝えした2008超級リーグ摘牌大会(ドラフト会議)、男子に続いて女子の主な移籍先と入札額はこちら。

[特級選手]
郭躍(遼寧鞍鋼)      →[420万元]→ 遼寧鞍鋼
郭炎(北京首創)      →[148万元]→ 上海華理・山西大河煤電
李暁霞(山東魯能)     →[146万元]→ 山東魯能
[一級選手]
姚彦(北大方正)      →[61万元]→ 江蘇中超電纜
李楠(重慶康徳遠景)    →[46万元]→ 山東魯能
范瑛(江蘇麗華快餐)    →[45万元]→ 江蘇中超電纜
陳晴(江蘇麗華快餐)    →[45万元]→ 北大方正
饒静文(上海電信華東理工) →[45万元]→ 上海華理・山西大河煤電
[二級選手]
馮亜蘭 →[3万元]→ 大同雲岡・雁北賓館
劉純  →[2万元]→ 北大方正

 女子の最高額は郭躍の420万元(日本円で約6203万円)。男子の王皓や陳杞と同じく、本来の所属母体(遼寧省)のチームへ残留したにも関わらず、遼寧鞍鋼・河北金能・江蘇中超電纜の三つ巴の入札合戦が展開。昨年の女子の最高額だった李楠の155万元を大きく上回り、女子の史上最高額となった。遼寧鞍鋼としては、王楠は北京五輪後の引退が確実視されているため、郭躍を手放すわけにはいかなかったのだ。

 郭躍の2年分の保有権である420万元のうち、20%の84万元(約1240万円)が郭躍、30%の126万元(約1861万円)が遼寧鞍鋼に支払われ、残り50%は超級リーグの賞金に充てられる。しかし、遼寧鞍鋼とすれば、30%は戻ってくるものの420万元の支出は大きい。2006年の摘牌大会で馬琳を501万元で落札した陜西銀河が、そのシーズンのチャンピオンチームに輝きながら超級リーグを脱退してしまったように、この金額が重くのしかかってくるかもしれない。スポンサーである鞍鋼股フェン有限公司は、業績を大きく伸ばしている巨大鉄鋼グループだが、いつまでもスポンサーでいてくれる保証はない。

 また、特級選手では郭炎が北京首創から上海華理・山西大河煤電に移籍。郭炎の所属先である北京首創には張怡寧と郭炎のふたりの特級選手がおり、どちらかをドラフトにかけなければならないため、クラブは郭炎を選択したのだ。2006・2007のシーズンを2連覇している北京首創だが、郭炎、そして得点源だった郭炎と丁寧のダブルスが抜けた穴をどうやって埋めるのか。
 そして郭炎はこの移籍を皮切りに、李楠(99年世界選手権3位)のように毎シーズン所属先が変わる「さすらいの助っ人プレーヤー」路線を進むことになるかもしれない。それは彼女が一線級の中国代表から外されていくのと歩みを同じくするだろう。

Photo上:遼寧鞍鋼に残留した郭躍。なかなかチームを優勝に導くことができないでいるが、今シーズンはどうか
Photo下:ついに古巣・北京首創から移籍する郭炎
 5月11~12日に行われた、2008超級リーグ摘牌大会(ドラフト会議)。今シーズンと昨シーズンの2年間の保有権を巡って、入札は時に熱くヒートアップし、時に意外なほど静かな決着を見た。まず男子選手で、決定した所属先は以下のとおり。

[特級選手]
王励勤(浙江競技倶楽部) →[158万元]→  上海冠生園
王皓(八一工商銀行)   →[146万元]→  八一工商銀行
馬琳(寧波北侖海天)   →[146万元]→  杭州尼瑞
陳杞(江蘇江南電纜)   →[145万元]→  江蘇江南電纜
馬龍(四川全興)     →[143万元]→  厦門万杰隆
[一級選手]
ハオ帥(浙商銀行)    →[423万元]→  四川全興
李平(浙商銀行)     →[420万元]→  海寧皮革城鵬翔
張超(江蘇華都琥珀)   →[45万元] →  杭州尼瑞
侯英超(江蘇華都琥珀)  →[40万元] →  海寧皮革城鵬翔
※二級選手
楊暁夫 →[2万元]→八一工商銀行
柳洋  →[2万元]→山東魯能
魏炎涛 →[2万元]→杭州尼瑞

 耳慣れないクラブ名がいくつかあるが、これから10月の開幕までにまたクラブ名の変更や本拠地の移動などがいくつもありそう。ちなみに馬琳を落札した杭州尼瑞は元・浙商銀行。現時点では、上記のようなクラブが今シーズンを戦う予定だと考えていただきたい。

 まずは特級選手である王皓、馬琳、王励勤、陳杞、馬龍の5人の入札が行われたこの摘牌大会。最低入札額は140万元。トップに登場した王皓は、146万元で八一工商銀行に残留。八一解放軍の軍人である王皓はもとから残留が決定的で、6万元の上乗せは形式的なものだ。王励勤の上海冠生園、陳杞の江蘇江南電纜はともに出身の市・省のクラブで、他の2つのクラブが競合してこなかったのだろう。
 現在、広東省に所属する馬琳、北京市に所属する馬龍は母体が超級リーグに参戦していないが、こちらも入札額が釣り上がることはなく、あっさりと入札決定。事前の申し合わせがあったとしか考えられず、特級選手たちの入札は極めて低空飛行となった。

 しかし、次の一級選手(国際大会代表クラス)の入札は熱かった。意外にも、全体を通じて最高落札額を記録したのはハオ帥。40万元からスタートしたハオ帥の入札額は、彼が希望した四川全興、海寧皮革城鵬翔、山東魯能の3つのクラブが84回の入札を重ねて423万元(日本円で約6286万円)までつり上がった。
 入札額で僅差で2番目となった李平も含め、意外なふたりが高額で落札されたことは、中国でもひとつのサプライズとして報道されたが、これは決してサプライズではない。一級選手の入札で激しい争奪戦を繰り広げたクラブは、いずれも特級選手を獲得できなかったクラブばかり。一級選手の中で最も実績のあるハオ帥に人気が集まるのは当然だろう。2008中国卓球超級クラブリーグは、10月4日から11月8日まで、第1ステージの全9節が行われる。

 中国リポート、「速攻宣言」を出したにも関わらず、アップが遅くなり誠に申し訳ありません…。

Photo上:摘牌会議でモテモテのハオ帥。最近は国際代表からも外されているが…
Photo下:2番目にモテモテの李平。国家チームの仮想・ヨーロッパ選手として、豪快な両ハンドドライブを操る異質の存在だ
 すでに北京五輪・卓球競技の各大陸予選や、世界最終予選はすべて終了。各大陸予選では出場権を賭けて、五輪本大会に勝るとも劣らぬ激しい戦いが繰り広げられた。
 予選を通過し、あるいは世界ランキングの自動出場枠によって、晴れて代表の座を手にした選手たち。しかし、その時点ではまだ彼らの五輪出場は確定ではない。今年4月4日に卓球・日本代表の6選手が、日本オリンピック委員会(JOC)によって「五輪代表選手」として認定されたように、各国のオリンピック委員会の認定が必要となる。

 先月5~8日、ニューカレドニアで行われた北京五輪・オセアニア予選。予選リーグ・本選を通じて2ゲームしか落とさず、1位通過を決めたのがニュージーランドのリー・カレン(中国名:李ジン(王+晋)麗)。ニュージーランドのリーと聞いて、ピンと来る方もいるかもしれない。日本リーグの池田銀行や健勝苑愛媛でも活躍したリー・チュンリー(李春麗)の妹さんだ。
 圧倒的な強さで五輪出場権を獲得したリー・カレン。ところが、彼女を待っていたのは悲劇的な結末だった。ニュージーランド・オリンピック委員会には「個人スポーツの場合、世界のベスト16以内に入る可能性がある選手」のみ五輪代表として認定するという規定があり、世界ランキング153位のリー・カレンはなんと出場権を獲得しながら、五輪代表に認定されなかったのだ。

 少なくとも名目上は「参加することに意義がある」五輪に対して、かなり乱暴に思えるこのニュージーランド五輪委員会の規定。確かにリー・カレンが北京五輪でベスト16に入る可能性はかなり低いが、卓球は水泳や陸上のような記録競技とは違って、どんな番狂わせが起こるかわからない。
 「(153位という)ランキングは彼女の競技レベルを正確に反映したものではない。(ニュージーランドでは)卓球のようなマイナーなスポーツに与えられる予算は少なく、世界ランキングを上げられる大会には十分に出場できない」。これはニュージーランドのニュースサイト「Stuff.co.nz」に掲載された、ニュージーランド卓球協会の競技力向上委員長シェイン・ウォーブルック氏のコメントだ。プロツアーなどの大会へほとんど参戦できず、世界ランキングを上げられないリー・カレンにとって、ニュージーランド五輪委員会の裁定はあまりに無情ではないか。

 リー・カレンの欠場によって、オセアニア予選4位のミャオ・ミャオ(オーストラリア)が代替出場、オセアニア予選の男女3つの出場枠はすべてオーストラリアが独占した。1988年ソウル五輪から卓球競技に出場を続けていたニュージーランドは、はじめて代表選手を送り込むことができなかった。

Photo:04年アテネ五輪でのリー・カレン。姉のリー・チュンリーとのダブルスでベスト16に入った
 5月12日午後2時28分(日本時間午後3時28分)、中国・四川省のアパ・チベット族チャン族自治州ブン川県で発生したマグニチュード7.8の大地震は、発生から3日目を迎えて徐々に被害の全貌が明らかになりつつある。マグニチュード7.8というのは、今から32年前に河北省唐山市で発生した有名な唐山地震と同クラスだ。20世紀最大の自然災害である唐山地震では約25万人の犠牲者が出たが、実数はその2倍とも3倍とも言われている。

  地震発生当時、中国卓球チームは遼寧省長春で開催されるITTFプロツアー・フォルクスワーゲンオープン中国大会への出発直前で北京にいたため、地震の被害は受けていない。しかし、男子チームの劉国梁監督の両腕である呉敬平(馬琳・王皓の担当コーチ)と肖戦(陳杞・ハオ帥の担当コーチ)、07年世界選手権代表の邱貽可などは四川省の出身。彼らはすでに家族と連絡が取れたそうだ。

 今年1月末の中国中・南部の雪害にも18万元(約270万円)の義援金を送った中国卓球チーム。今回も迅速にチーム内で義援金を募り、男子チームの劉国梁監督や王励勤・馬琳・王皓がそれぞれ10万元、陳杞が5万元、女子チームの郭躍が7万元、張怡寧と李暁霞が5万元を寄付するなど、100万元(約1500万円)に迫る額の義援金がすでに集まっているという。劉国梁監督は「我々の義援金は微々たるものだが、チーム全員の心中を少しでも表したいと思っている。スポーツ界のスターである国家チームの選手たちが行動することで、社会全体に行動を呼びかけたい。一方(いっぽう)に困難があれば、八方(はっぽう)から支援すれば良い」と述べている。

 今回の大地震を受けて、現在中国各地で行われている聖火リレーも簡素化や規模の縮小が行われ、第1走者がスタートする前には1分間の黙祷が行われている。6月15~18日に四川省で行われる予定だった聖火リレーは予定どおり開催するとのこと。第1走者は、88年ソウル五輪卓球男子複金メダリストの陳龍燦だ。

Photo:劉国梁監督(写真中央)を支える、四川省出身の肖戦・呉敬平の両コーチ。写真左のスキンヘッドの男性が肖戦コーチ、右のメガネの男性が呉敬平コーチ(クリックで少し拡大)