月別アーカイブ: 12月 2015

第9回アジアベテラン大会日本選手結果

今回の試合、日本人選手は30名出場しました。(日本より28名、シンガポールより2名)

日本人選手の入賞者の結果です。

80代男子団体戦優勝(唐橋 博、増田 和雄)

60代男子団体優勝(中村 孝太郎、ポール・ピンクウィッチ(オーストラリア)、勝 英雄)

60代女子団体3位(矢島 美智子、古市 智子、石野 良子、福島 正子)

70代男子団体3位(富岡 成一、松木 秀夫、田中 鍛)

70代女子団体2位(山宮 絹代、細田 明子)

70代女子団体3位(林 明美、戸田 可津子)

80代男子シングル優勝 増田 和雄

80代男子シングル3位 唐橋 博

70代男子シングル優勝 松木 秀夫

70代男子シングル3位 富岡 成一

60代女子シングル3位 伊丹 千都子

すみません。入賞者全員の写真を撮ろうと思いましたが、懇親会を行いながら2時間近く表彰式が続いたので、撮りきれませんでした。

懇親会は最終日、決勝戦の後、試合会場にテーブルを運び込み、約1000人で行われました。

最終結果

団体戦

個人戦

 

 

 

 

 

 

 

 

第9回アジアベテラン大会

第9回アジアベテラン大会が12月3日から6日まで、ホーチミン市において開催されました。

参加者はアジア各国から867名(内ベトナム人200名弱)。

前半2日間で団体戦。後半2日間でシングルスが行われました。(団体決勝戦のみ最終日)

開催種目は、男女、40代、50代、60代、70代、80代、男女団体戦およびシングルスが行われましたが、80代女子は参加者不在の為中止となりました。

ベトナムにおいてこれだけの規模の大会を行うのは初めてで、予想通り初日は大変混乱しておりました。

理由としてはアジアベテラン卓球連盟が組み合わせ、タイムテーブルを決めており、3チームの団体戦、予選リーグ消化を3時間30分、シングルス5セットマッチの試合を20分しか時間をとっておらず、試合進行が遅れたこと。

各年代により試合形式が異なっており、女子は4シングル1ダブルスの2名から参加できる方式になっていましたが、ベトナムの審判への伝達が上手くいっておらず、ベトナムの審判は3名、ABC、XYZ方式と勘違いしており、スタートが1時間遅れたこと。

初日の最終試合は19時30分スタートのはずが、深夜1時ころまで試合がずれこみました。

2日目からは進行も慣れてきましたが、空きコートにすぐに練習に入ってしまう為、進行が滞った台も目につきました。

初日以外はそれなりに進行していきましたが、大きな試合を運営していくという意味で非常に経験になったようです。

今回、ニッタクさんのご厚意で、試合使用球、卓球台30台、審判台、フェンス、カウンター、記念ポロシャツなどをスポンサーしていただきました。日本では30台くらい使用する大会は多々ありますが、ベトナムでは初めてだったため、大きなインパクトを得られたと思います。

来年は、インドネシア、再来年は日本で開催の予定となっております。

今大会、年々、参加者が増加しており、日本で開催するとなると1000人規模の大会になるのではないかと思います。

日本の関係者の方々と、お話ししましたが、毎回試合進行が上手くいっておらず、日本で1回お手本を見せて試合進行の方法を変えていかないと、との事でした。

今から日本開催が楽しみです。

 

 

 

 

 

渋谷会長とLe van Tietさん

関東学生強化合宿中に、Le van Tietさんが、練習を見に来てくれました。

Tietさん、1950年後半から60年代前半に南ベトナムチームの主力選手として活躍された選手です。

1956年アジア選手権(日本)男子団体戦優勝

1959年世界選手権(ドルトムント)男子団体戦3位

と現在のベトナムでは考えられない、素晴らしい結果を残されております。当時日本は世界チャンピオンで荻村さんや田中さんが出場されていたそうで、アジア選手権は日本に勝って優勝。世界選手権は日本に負けて3位だったそうです。

10年前、青年海外協力隊員としてベトナムに渡る前に、松崎キミ代さんや長谷川信彦さんにベトナムは昔日本と同じくらい卓球が強かった国で、ベトナム戦争がなければ今の中国や、日本、韓国などと肩を並べる卓球強国になっていたはず。あなたの役割は大事なことだからしっかりお手伝いしてきなさいと激励されたことを、今でも心にとめております。

今回、会長とTietさん、同年代のトップ選手同士という事で、普段お聞きできないお話ばかり。

話題に出てくる選手は、昔の名選手ばかり、お二人は直接対戦していないそうですが、59年の世界選手権は7種目中6種目優勝して、現在でも日本の一番良い成績だそうですが、準決勝で南ベトナムと対戦し、接戦の末、勝ち上がったそうです。

Tietさん、引退後はコーチとして活躍されたそうですが、戦争に負けた南ベトナム出身の選手という事で、最後まで要職には就けなかったそうです。

現在、昔のベトナムの栄光を知らない人たちが多くなってきております。(過去に政治的な問題により意図的に知らせていなかった可能性あり。)

ベトナムも戦後40年が経過しており、今後は昔のことも、ベトナムの人たちに伝えていけたらなと思いました。

今後もお二人には、お元気に過ごされることを心よりお祈りしております。