ゴールデンラケット大会

本日、卓球王国200号、ホーチミンに到着いたしました。おめでとうございます。

創刊の時から読んでいたので、200号以上発売されているような気がしますが、今後ともよろしくお願いいたします。毎月楽しみにしております。

200号の197ページに第27回ゴールデンラケット大会の報告記事を掲載していただきました。

今回、真岡女子高校の藤崎先生の報告書から抜粋して掲載させていただきましたが、大会の雰囲気が伝わってくる非常に良い報告書だったため、藤崎先生にお願いして、ここに全文を掲載いたします。(写真右端、藤崎先生)

平成25年度全国高体連卓球専門部海外遠征【ゴールデンラケット大会】報告書

女子監督 藤崎 武司

女子団体戦決勝は、昨年度と同じ地元ホーチミン市チームとの対戦となった。3番(C)に出場した明神(土佐女子)が、ベトナム高校チャンピオンのNGUYEN NGOC YEN NHIに3-0(9,9,7)と接戦を制し歓喜の優勝となった。この決勝戦、1番(A)加藤(県岐阜商)、そして2番(B)小室(真岡女子)が世界ランカー2人を相手に見事に勝利し、優勝への序章を作った。加藤はスコアの通り(4,2,3)完璧なカット打ちを見せた。小室は相手エースのサウスポー選手に逆転勝利(4,-4,-10,6,6)。要所でのナックルカットとシュート気味にくい込んでいくカットが効いた。明神は第1ゲーム4-9の劣勢から驚異の粘りで逆転し、決勝点を挙げた。

日本女子チームは大会2連覇中ではあるが、戦前では今年の選手が昨年の選手より実績的にあまり高くないこと、さらに他国の選手も昨年よりレベルの高い選手が参加していることを聞かされ、不安と緊張の中での戦いだったため感動もひとしおだった。表彰式では煌びやかな紙吹雪が舞う中、司会者から「ジャパン」の紹介とともに1位表彰台の上に上がり、優勝カップ、花束、そして金メダルの授与が行われた。翌日には、地元スポーツ新聞のトップ一面に大きく日本女子チームが掲載されるなど、この大会におけるホーチミン市民の関心の高さを窺わせた。

それでは大会初日から時系列で報告させていただく。

初戦9:00開始のマレーシアB、そして15:00からのベトナムAにそれぞれ3-0で勝てたことで、選手も私も落ち着いて、また雰囲気にも慣れることができたようである。軽く夕食を取ったあとの19:30からのインド戦が第一関門であった。インドは3人とも世界ランクを持っている選手で、特に身長180㎝はあろうかというエースMANIKA BATRAはバック異質(1枚ツブ高)でありながら、反転させバックドライブやカウンターなどを得意とする選手である。1番で加藤を起用しエース対決となった。

初戦のマレーシアBやベトナムA戦でもそうであったが、オーダーがいわゆるABCになってもXYZになっても、年少(2年生)で元気印の加藤をトップで起用し、2番以降に出場する先輩達を奮い立たせるような雰囲気を作ろうとした。加藤は第1ゲームを落とすものの期待に応え、3-2で勝利。相手の反転しての攻撃や異質ブロックでの下回転の多いボールによく対応した。2番明神が1-3で落とすものの、3番小室が3-0、4番加藤が3-1で勝利し、結果3-1でインドを破った。試合終了は22:00近かっただろうか。これで、初日3勝したことで少しではあるが光明がさしてきた。インドを突破したことは選手たちにも大きな自信となったはずである。

大会2日目。9:00から強豪シンガポールとの対戦である。この1番でハプニングがあった。1番(A)に出場した加藤は相手エース世界ランク92位LIN YEと対戦。試合が始まり、LINのパワードライブに押され、0-3となったとき、副審が片手をあげ、主審に歩み寄り試合は中断した。シンガポールの1番がオーダーと違う選手が出場しているという。オーダーによると、シンガポールの1番(X)はZHOU YIHAN(世界ランク100位)という選手なのだという。ちなみに今大会のオーダー交換の方法であるが、本部前で両監督の下、コイントスが行われ、ABCかXYZが決定する。その後、すぐオーダーを記入し本部に提出するが、複写になっていないので、相手オーダーは分からない。つまり「オーダー交換」ではなく、「オーダー提出」である。そして、本部で両チームのオーダーを入力したものを審判がコートに持ってくるだけでベンチには知らされないのである。主審はシンガポールベンチに行って出場選手が異なる旨を告げたようだが、相手監督は1番は間違いないと言い張る。結局、本部でシンガポールのオーダーを確認すると審判の正しいことが判明した。相手監督のオーダーミスであろう。やり直しである。これで間違えて出てきたLIN YEはあからさまに不快な態度を示した。そして、仕切り直し。1番加藤は第1ゲーム、第2ゲームを14-16,4-11で落とす。気を取り直してコートに出たはずの第3ゲームだったが、序盤からドライブを押し込まれ、そしてレシーブミスで0-3。たまらずタイムアウトを取った。加藤はやることが上手くいかず困惑している表情であった。本人はもう駄目だと思っていた(後述)という。1分間でどこまで気を持ち直せるか。加藤はベンチの前で私の言葉に耳を傾けながら目を閉じ、足を左右に動かしながら改めて気を溜めている様子であった。ここからである。加藤が開き直った。第3ゲームを11-6と取ると、第4ゲーム11-5、第5ゲーム11-5と彼女の独壇場となった。全てがうまくいく。相手のZHOU YIHANはだんだん下を向くことが多くなり、第3ゲーム以降は全てが封じられ不発に終わった。

加藤は、技術的にはネット際のショートサーブに対して素早く反応し、より高い打球点でバックハンドでフリックレシーブから先手が取れ有利な展開に持ち込めたり、表ソフトの特徴を生かしたバック対バックからミドルにコントロールし、相手を崩したりする巧みさある。また、スピードのある下回転ロングサービスが要所でサービスエースとなったり、相手のサービスを読んで、例えばミドルに斜め下回転系のロングサービスを待ち伏せし、速い打球点で2球目攻撃で得点たりする能力を有している。

また、試合はつくづくハートだなと感じさせられた。世界ランカーでも自分の得意なことが出来ないと下を向き、集中力を欠き連続失点をしてしまう。試合終了後、加藤がおもむろにあのタイムアウトで助かりました、と言ってきた。タイムアウトが良かったかどうかは結果論である。しかし、こんな言葉を選手に言ってもらったら監督としては幸せである。

2番(B)は鳥屋(明徳義塾)。やり直しを命ぜられたエースLIN YEとの対戦である。鳥屋は落ち着き、安定していた。一方、一度集中しながら試合を中断させられたLIN YEが集中力を取り戻すのには難しかった。技術的には相手ドライブが鳥屋のフォアに来たときにストレートに返しバランスを崩させるプレーが利いた。チャレンジャー精神の中にも冷静さを失わず相手をよく見てプレーし、ミスの少なかった鳥屋が3-1(11-5,4-11,11-5,11-5)で勝利した。3番(C)小室も勢いに乗って3-1(11-6,1-11,11-4,11-6)で勝ち、シンガポールに3-0で勝つことが出来たのである。

この結果、15:00からのタイ戦を待たずにリーグ1位、準決勝進出が決定した。19:00からの準決勝に備え、タイ戦は試合の多かった加藤を温存できるアドバンテージも得られた。そして、タイ戦も3-1で勝利し、予選リーグ全勝。夜の準決勝、香港戦を迎える。午後試合の無かった加藤は持っていたエネルギーを十二分に発揮。絶好調で1番4番(A)両試合ともストレートで2点を挙げ、小室が3番(C)が取って、3-1で勝利し、次の日の決勝進出を決めた。なお、決勝戦については冒頭の通りである。

3日目。午前から個人戦シングルスのリーグ戦がスタート。昨年まで実施されいたダブルスの部を廃止し、それまでトーナメントで行われていたシングルスは5人の予選リーグ、8ブロックで1,2位が決勝トーナメントに進める方式となった。

4日目の午前中で予選リーグが終了し、加藤、小室、明神が決勝トーナメント進出(ベスト16)が決定した。そして、午後からが決勝トーナメントとなった。

結局、決勝戦に駒を進めたのは、準決勝でカットの小室をストレートで下した日本のエース加藤。対するは、前日予選リーグで今大会加藤が唯一敗れたLIN YE(シンガポール)である。

再戦できることを望んでいた加藤は、強気で向かっていったが相手のパワードライブに打ち抜かれ、第1ゲーム6-11、第2ゲーム8-11と落とし劣勢となった。それまでフォアにドライブを送られるとブロックしかできず消極的なプレーになっていたので、フォアに来たロングボールを振り抜くように指示。打撃戦となった。そして第3ゲーム13-11、第4ゲーム12-10第5ゲーム11-7と盛り返した。地元ホーチミン市の大観衆はいつの間にか加藤の応援にまわり、彼女がポイントするたびに大きな声援や拍手が鳴り響いた。親日とは聞いていたが、小柄な加藤の持つエキサイティングでガッツ溢れるプレーに観客は魅了されたと言っても過言ではない。観衆まで味方につけた加藤は第6ゲーム6-11で落としたものの、第7ゲームを11-6で勝利し、見事シングルスの優勝を飾った。その瞬間、何百人もの観衆がスタンディングオベーションで加藤の優勝を讃えた。

加藤は、団体戦ではエースとして全勝、シングルスと併せて完全優勝である。また、他の日本選手も活躍した。小室は団体戦で完璧に打ちのめされたタイのANISARA MUANGSUKに個人戦で雪辱。準々決勝では韓国のKIM KA RANに4-2で勝って銅メダルとなった。明神は、団体戦準々決勝、準決勝でベンチを温めたたことから発憤。前述のとおり団体戦決勝では見事、起用に応え決勝点を挙げた。鳥屋は個人戦では調子を落としたものの、団体戦では勝負のかかったシンガポール戦でエースのLIN YEから貴重な勝ち星を取るなど、4勝を挙げる活躍を見せた。

今大会でたくさんのことが勉強になった。例えば、オーダー確認の件や英語のなかなか通じない審判に抗議することなど、日本での大会とは大きく異なる点。技術的には、例えばループドライブは上から叩かれてしまい国際舞台では通用しないこと、サーブ・レシーブや台上プレーなど現代卓球をよく熟知し、新たな技を構築していく必要性も感じた。

最後になりますが、団長の河野先生を始め男子監督の今枝先生、そして現地の富岡氏、HAI TRIEU氏には経験豊富な視野で温かいご指導をいただき、心から感謝を申し上げます。さらにご尽力いただいた全国高体連卓球専門部の皆様に厚く御礼を申し上げ報告書とさせていただきます。

以上。

藤崎先生、ありがとうございました。

About 富岡武侯

1974年生まれ、東京出身。小学校6年の時より狛江市少年卓球で卓球を始める。1997年、唐橋卓球㈱に入社。2004年4月から2006年8月まで、青年海外協力隊隊員としてベトナムホーチミン市ジュニア選抜チームコーチとし赴任。07年1月にバタフライ、ニッタク、TSP、ヤサカのベトナム輸入総代理店 Take.,Co Ltd設立。

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