ベトナムの選手たち

皆さんこんにちは。

ベトナムは中国と同じでお正月が旧正月なため、日々ビールを飲まされているこの頃です。

今日は最近のベトナムの選手たちを紹介したいと思います。

写真の選手はクオック選手。アテネ、北京オリンピックに出場しております。写真は北京の時に王国さんに撮っていただいたものです。当時世界ランク190位。東南アジア予選を通過し、本戦でフランスのレグー選手を破りベスト64に入りました。またラオスで09年に行われた東南アジアオリンピックではシンガポールガオニン、ヤンツー選手のダブルスを破り見事優勝しております。

北京、東南アジアの予選は代表1枠でさらにシンガポールがいる為、非常に厳しく、女子の代表は馮天薇選手。男子はガオニン、ヤンツー選手が推薦のためシンガポールの3番手の選手を破り2大会連続で出場を決めました。現在は35歳を過ぎたため若い選手たちに国際大会は譲り、国内で活躍しております。昨年のベトナムチャンピオンです。

今度は女子のチャンピオンのマイ ホアン ミーチャン選手です。彼女は先日紹介した、マイ バンホア選手の兄弟の孫にあたります。ロンドンオリンピックアジア予選では平野選手に2回当たり2回ともセットオールで負けましたが、香港の選手に勝ち、びっくりいたしました。世界ランキングも一気に上がり現在200位くらいです。

ベトナムの現在の問題点は国際試合にほとんど出場できないということです。

年間出場できる試合は東南アジア選手権と近場の世界選手権、アジア選手権のみです。ですので世界ランキングも年間2試合ではなかなか上がらずよくて200位前後、経験も積めない。世界選手権で予選を抜けてもランキングが低いためトップ選手のシードしたに入りすぐに負けてしまうといった状況です。

5年前からバタフライさんがナショナルチームのスポンサーになってくださっていますが、それ以前は偽物のシャツを着て出場したりしていました。

何しろお金がない。計画性もない。ドイツの世界選手権は直前でお金が足りなくなり出場取りやめと考えられないことが多々あります。

現在連盟の方々と今後に向けて協議し、スポンサー探しなどしておりますが、社会主義の弊害もありなかなかうまく進みません。

しかしながら10年前に比べたら非常に発展している状況です。

きっと数年後にはさらによくなっている事を信じ、根気強くお手伝いしていこうと思っております。

 

ベトナム卓球の歴史

皆さんこんにちは。

最近日本ではチャイナプラスワン等で、これからの国としてベトナムが取り上げらる事が多いと聞きます。こちらに住んでいても日系企業の視察や進出が多くなっているのも肌で感じます。

日本ではベトナムというと、ベトナム戦争やベトナム料理などを思い浮かべられる方が多いと思いますが、せっかくなので今日はベトナムの卓球の歴史を少し紹介させていただきます。

写真は1950年代のものです。ベトナムは1957年(フィリピン)1958年(日本)で行われたアジア大会、団体戦で2連覇しているのです。主要なメンバー MAI VAN HOAさん、LE VAN TIETさんは、カットマンだったそうです。

そのころ日本には荻村さんと田中さんと2人の世界チャンピオンがおりその中で日本で開催された試合で優勝しているということは今のベトナムの現状を考えると信じられないことです。

2004年青年海外協力隊でホーチミンのコーチに赴任する前に松崎さん、長谷川さん、伊藤さんその他たくさんの方から、私たちの世代のベトナムの選手たちは、非常に強かった。もしベトナム戦争がなかったらベトナムは日本や中国と肩を並べる卓球大国だったはずだから、しっかり頑張ってベトナムの発展のお手伝いをしてきなさいと励ましのお言葉を頂きました。

まだまだ微力ですが今もその言葉を心に刻み頑張っております。

写真(左)はLE VAN TIETさん。東日本大震災の時行われたチャリティー大会に参加してくださいました。

 

皆さまはじめまして。

皆さまはじめまして。
ベトナムに在住している富岡武侯と申します。

もともと2004年の4月に青年海外協力隊員としてホーチミン市卓球連盟でコーチをしておりました。

当初は2年の予定でしたが、なぜかそのまま住みついてしまい、もうすぐ10年になります。

卓球王国には毎年ホーチミン市で行われている国際大会、ゴールデンラケット大会のレポートを掲載していただいております。
昨年度分は先月2月号の183ページに掲載されております。

今までは1年に1回の報告でしたが、今後はこの場をお借りして、ベトナムや東南アジアの卓球のこと、生活のことなどを気楽に発信できればと 思っております。

どうぞよろしくお願いいたします。

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