月別アーカイブ: 1月 2010

スーザン・ボイル

イギリスの歌番組で優勝してCDが世界的に売れたスーザン・ボイルが話題になっている。

スーザンのデビューには仕掛け人がいて、歌は上手だけど外見は良くない人を探してオーディションを受けさせたのだろうことはすでにあちこちで語られている。

この仕掛けのポイントは、オペラだということだ。オペラなら、そうみんながしょっちゅう聞いているわけではないので、高級な酒の味と同じで、一定以上の質のものはほとんどの人は区別がつかない(私も分からない)。だから、話題性という付加価値だけで売れるのだ。耳慣れているポップスだったらこうはいかなかっただろう。

まったく頭の良い人がいたものだ。

小説を書く

かねてからの懸案であった、小説を書き始めた。

といっても、何か良い案が浮かんだわけではない。良い案が浮かぶまで待っていたら一生書けないだろうと思い、とにかく主人公の名前を適当に会社の同僚の名前(伸也)に決めて、話を転がして見ることにした。

ブログでも雑誌の原稿でも、書き始めれば自然と案が浮かぶことがあるので、小説でも書き始めればなんとかなるだろうと思ったのだ。

ところが、これが途方もなく苦しい。5,6行も書くともう、自分で嫌になってしまって進められない。陳腐、無意味、バカバカしい行の連続である。自分の考え以外のことを想像して書くというのはこれほどまでに苦しいものなのか。小説を書きたいと思った理由は、自分という人間から、架空の人間と世界を作り出して、それを他人に体験してもらうという、なんだか創造主にでもなるような喜びがあるだろうと想像したからだ。

書くためにいろんなことを考えた。自分が詳しいことや強く思っていることをリストアップしたり、あるいはまた単純に可笑しい状況設定を考えて見たりだ。しかしどれもこれも話を作れそうになく、文字通りお話にならない。

気分を切り替えて、自分が読みたいと思うような小説を書くのが良いだろうと考えた。自分で面白いと思えば、仮に他人から酷評されても耐えられるし、最悪、自分で楽しめばいいではないか。だいたい、自分で面白くないものを書き進められるわけもない。この考え方はいいぞ、と前向きな気持ちになった。それで、面白かった小説を思い出して見ると、それがひとつもないことに気がついて愕然とする。私は評論やエッセイなど、物事を主張する本は大好きでたくさん読んでいるが、小説はほとんど読まないのだった。読むとしても書き方の参考のためであり、面白いと思ったことはほとんどないのだ。

何か根本的に間違ったことをしようとしているような気もする。

書きかけの駄文のことを考えると心底嫌な気持ちになるが、やめるのは悔しいのでしばらく続けて見ようと思う。誰に頼まれたわけでもないのに自分からこんな嫌な気持ちになっているのだから、まったく贅沢な遊びである。

日本卓球史上最強、水谷隼

全日本は、水谷の4連覇で幕を閉じた。

よく日本史上最強は誰かということが議論になるが、私は間違いなく水谷だと思う。それぞれの時代にどれだけ他の選手より抜きん出ていたかという相対実力なら別だろうが、もし直接対決したらという絶対実力では圧倒的に水谷である。そして、史上最強を議論するなら、絶対実力で議論すべきだと言うのが私の考えだ。

そのあたりのことを来月発売の卓球王国に書こうと思う。

問題は、真面目に書くのであまりギャグの要素がなくなることだが、まあ、皮肉程度に入れて逆も~ションらしくしようと思っている。

ワルドナーと中国の戦い

全日本で盛り上がっているところ、見ることができないのでこちらはワルドナーの話を続ける。

ワルドナーについて「5世代の中国人選手と戦った」という表現を聞いたことがあるが、それは具体的にどういうことなのかを整理してみた。

ITTFのサイトで、世界規模の大会に出場したすべての選手の記録が検索できるので、そこで、主な中国人選手が世界選手権およびオリンピックに出場した時期を調べ、ワルドナーの活動時期と比較してみた。ついでにパーソンも入れて見た。

なお、数字は、その年の世界選手権またはオリンピックの男子シングルスでの順位を表す。

この選手履歴をもとに、世代の区切りを私が感覚的に色で分けて示した。まあ、こうすると確かに5世代の中国選手と戦ったようにも見えるがどうだろうか。

卓球の神々

毎日、卓球王国の全日本速報を見たり、ヤフーのニュースで平野美宇ちゃんのニュースを見たりしていると、いやが上にも気分が盛り上がってくる。このブログも、ろくに更新していないのにアクセスが増えっぱなしだ(更新してないから増えてるのか)。

にもかかわらず、ここアメリカからは全日本を見ることができないのだから悔しいではないか。その腹いせに、昔の卓球雑誌から世界ランクを紹介する。とりあえず、83年と84年の物が見つかった。

84年版で斎藤清が8位になっていて、さらに括弧内に5とあるので、この前の発表で5位になっているのだろう。この後、もっと上がったかどうかはこれから調べたいと思う。それにしても、郭躍華とか江加良とか蔡振華とかアペルグレンとか、卓球の神々の名前が並んでいるのを見るのは本当に楽しい。

呆れるのは、2004年アテネオリンピックでベスト4に入ったワルドナーが、82年の世界ランクにすでに顔を出していることだ。このときワルドナーはまだ17歳。同年のヨーロッパ選手権でアペルグレンと決勝を争ったときはまだ16歳だった。ちなみにこのときワルドナーに敗れたステラン・ベンクソン(71年世界チャンピオン)が、ワルドナーを評して「あいつは神の子だ」と言ったのは有名な話だが、今振り返って見ると、それはまさに本当のことだったのだ。

水谷隼、世界トップ10入り

先週から、ブログのアクセスが連日500件近くなっている。ワルドナーの解説のためかと思っていたらそうではなくて、おそらく全日本が近いから、卓球を思い出す人が多いためだろう。そういえば毎年そうなのだった。

水谷がついに世界ランク10位に入った。素晴らしい。
日本人男子がトップ10に入ったのは、ちょっとやそっとでは記録を探すことも難しいほど昔のことだ。おそらく1980年代の斎藤清まで遡らねばなるまい。たしか5位ぐらいまでは行ったような気がする。当時は、なにしろ77年に河野満、79年に小野誠治が世界チャンピオンになったばかりなので、世界ランク5位ぐらいでは全然たいしたことだとは思っていなかった。83年東京大会で男子ダブルスで小野・阿部組が3位になっているが、それも同様。要するに、優勝以外は失敗のような、そんな時代だった。まさか、その後、さらに世界との差が開いていこうとは誰も思っていなかったのではないだろうか。

私が始めて水谷を見たのは、何年か前にタマス本社で行われたマリオ・アミズィッチの指導者講習会でだった。当時、私は指導のまねごとをしていたに過ぎなかったが、世界のマリオが来るのに見ないでいられるわけがない。当時、水谷は中一で、ともにマリオの教え子だった中二の軽部と模範演技をしていた。タマスの社員が「この二人はこれまでの日本選手とはまるっきり違います。将来が楽しみです」と言っていたのを思い出す。私は、ある一定以上上手な人たちの卓球を見ると、全部上手に見えるだけで、どこがどう違うのかは正直、分からなかったが、タマスの人たちが興奮していたことがむしろ印象に残った。

さて、水谷の世界レベルの躍進の本当の原因は、才能、初期指導、マリオの指導、青森山田の指導、ドイツの練習相手、その他、のいずれがキーだったのだろうか。今後の日本卓球を考える上で、避けては通れない問題である。

水谷は、ブログの文章をみると、相当な分析力があるように見えるので、おそらく本人がそれを解き明かす日が遠からずやってくるだろう。それも楽しみのひとつである。

ペンサコーラオープン

ワルドナー特集のあとで恐縮だが、ペンサコーラという町に行って久しぶりに試合に出てきた。結果は、42人中の4位で、まあまあの出来だった。

きつかったのは試合数で、最初、7人の総当りをし、その後に結果に応じて6人の総当りをやり、さらに上位の4人でトーナメントをやるのだからたまらない。きっちり12時間かかり、私は13試合もやらされた。私は特に体力がない方なので、最後の試合が終わったときはあまりに疲れて吐きそうだった。

先日ブログに書いた、ドイツから留学に来ている高校生のマイケルともやったが意外に強く、負けてしまった。マイケルは胸にでかでかと「人生卓球」と漢字で書いてあるユニフォームを着ていたが、なんとこれはドイツで所属していたチームのユニフォームなのだという。高橋発行人でもあるまいし。案の定、意味は分かっていなかったので教えると「クールじゃないか」と言っていた。そうかや。

なお、マイケルは別に卓球留学にきているわけではない。たまたま普通の留学に来てから卓球をする環境があることがわかってやり始めただけだ。そもそも、アメリカに卓球留学に来るバカはいないだろう。

会場でみんなの注目を集めた選手がいた。名前は知らないが、グリップが異常なのだ。中央の写真だが、これはラケットを反転している途中の写真ではない。これが彼のラリー中のグリップなのだ。あえていえば「極浅の鷲づかみペンホルダー3本掛け」であり、おそらく世界卓球史上どこでも見られなかった異常なグリップである。ブロックはいいとして、このままでサービスや、あろうことかフォアハンドのスイングまでするのだ(当然、目も当てられないフォームだ)。裏面には粒高が貼ってあり、ときどきフォアのボールをこのグリップのまま裏面でカットをするのだから洒落ている。さらに可笑しいのは、バックに来たボールをときどき攻撃するのだが、そのときだけは普通のペンホルダーに持ち替えてしかも裏面打法になるのだ。確かにこのグリップのままじゃ攻撃は不可能だがそれにしても・・・。
さらに、ラケットをもって歩くときにも普通のペンホルダーなる。なんだが、わざと異常なことを目指しているような気さえしてくる。そもそもこのグリップの目的が皆目見当がつかない。本人はしきりにラケットの角度を気にしているようで、バックブロックのとき、フリーハンドをラケットにそえていた(福士敏光の「ショートのときはラケットを台に摺れ」という主張を思い出した)。また、反転するときもフリーハンドの助けを借りていた。そのあたりにこのグリップの「設計思想」があるのだろう。指導者もいない自由の国アメリカとはいえ、さすがにここまでの人は珍しく、みんな笑いを堪えながらこの人のプレーを見ていた。

これで強かったら驚愕するのだが、さすがに弱かったので安心してほしい。

他にも、帽子をかぶって試合をする人がいたりするのはいつもの通りだ。

孔令輝の雄叫び

フルゲームでワルドナーを下し、叫ぶ角刈りの孔令輝。(同じく卓球王国刊『TABLE TENNIS FACINATION』より)。

こちらも立っていられない感じですな。

「100年に一人の天才」と言われるワルドナーの卓球を見ることができた我々は本当に幸運だった。だって100年に一人なんだから、我々が生きているうちにはたぶんもう現れないのだ、こういう人は。

ワルドナーの神業7 対孔令輝戦

そして決勝の対孔令輝(世界ランク1位)戦。

孔のネットインしたボールを例によって床すれすれで拾ったワルドナーだったが、そのボールは孔の台にバウンド後に激しく曲がり、ほとんどネットと平行に軌道を変えた。バウンドするまではこのボールに届くと思っていた孔、届かずにミス(ラケットには触ったがまともに当たらなかったと思われる)。

返すだけで精一杯のボールに横回転をかけるワルドナーの天才。

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