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腎臓結石

一昨日、朝起きたら右のわき腹が痛かった。痛さは、急にランニングをしたときのわき腹の痛みかまたは消化不良のときの腹痛と区別がつかないような痛みだった。

消化不良ならそのうち下痢でも始まってトイレに行けばおさまるだろうと思っていると、下痢もしないし痛みも治まらない。ちょうどその前日、会社の同僚が腎臓結石で激痛が走って救急車で運ばれた話を聞いたばかりだったので、もしかして俺もかと思った。そのうち吐き気がしてきて朝食をすべて吐いた。熱はない。

さっそく近くの内科医院に行って1番で診てもらったが、あちこち押された後に「感染性胃腸炎か、またはどこかに石があるのか分からない。石があったとしても食事の後だと内容物が邪魔で超音波で見てもわからないので、明後日、朝食を抜いてきてください。消化剤を出しておきます」と言う。明後日というのは翌日が祝日だったからだが、それにしてもこれでは痛くて寝ることも出来ず、このまま2日間も我慢するなど無理だ。この病院に入るときでさえ、病院の前で体をくねらせて痛さを我慢し1分おきに時計を見ながら開院を待ったほどなのだ。

一度は待合室に戻ったが思いなおし、看護婦さんに「朝食はほとんど吐いたので、やはり超音波で見てもらえませんか」と頼むと、医者と相談したらしく、診てもらえることになった。

そこで初めて尿を採ったのだが、なんと完全に血尿でピンク色に濁っていた。超音波で見ると、胆嚢、すい臓など上の方には石は見られないという。ただ、腎臓の尿の流れが悪くなっているようだから腎臓結石が尿管につまっている可能性が高いので、総合病院の泌尿器科に紹介状を書くのでそちらに行くように言われた。下の方も超音波で診てくれればよさそうなものだが診てはくれなかった。内科医なので泌尿器関係は診ないのだろう。

汗をかき体をくねらせながら総合病院に行くと痛みはどんどんひどくなり、とても我慢できないので症状を伝えて最優先で診てもらうことになった。

泌尿器科に行き「腎臓結石だろうと言われて来ました」と言うと、医者は紹介状を開けもしないで下腹部を超音波で診て「腎臓がパンパンに腫れている、血尿が出ている、まず石に間違いないと思いますから、痛みをとる指圧をします」と言って私のわき腹を押した。すると途端に痛みが消えたではないか。なんと素晴らしい医者だろうか。「胃腸炎だろうから明後日来い」などという内科医とは雲泥の差だ。「救急車で運ばれてきた患者さんを指圧で治して歩いて帰ってもらうことが私の目標です」とその医者は誇らしげに語った。

医者によれば、石が詰まって痛いのは痛いだけで命に別状はないから焦る必要はない、痛いときには背骨の真横から背骨に向かって一番痛いところを数秒押して急に離すよう指圧をすれば痛みは和らぐので、それを覚えれば今後は自分で対処できるとのことだ。
それで、押すポイントに目印のシールを貼られた。

なお、この操作で石がとれるわけではなく、なぜこれで痛みが和らぐのかは分かっていないそうだ。

ともかくこれで応急的に痛みが和らげて、あとは痛み止めの座薬と尿管の痙攣をおさえる飲み薬をもらい、多めに水を飲んで石を流すように言われて帰ってきた。石が流れてくると、痛いところがだんだんと下にズレていって、最後に石が尿と一緒に出る、という医者の話どおりの過程がその日の夜には完了するに至った。

それにしても押すだけで痛みが和らぐなんて、なんて便利な対処法があるものだろうか。あんなに痛いものをこんなに簡単に解決する方法があるということを知らなかったのが残念である。体をくねらせ続けた3時間がもったいない。

ということで、読者の中で今後腎臓結石と思われる症状が出たら、すぐに押してみることをお勧めする。ポイントは、腎臓は背骨の横あたりにあり、背骨は体の背中側にあるので、かなり背中側の筋肉を背骨に向かって真横に親指で押すということだ。押して一番痛いところを押すのだが、その痛さは石による痛さとは同質とは限らない。異質であってもよいからとにかく痛いところを押せば良いのだという。

なお、私が医者に押されて「痛くなくなったでしょう?」と聞かれたとき「はい。でも、押された痛さがあまりにも痛かったので、それが除かれたために相対的に痛みが減ったように感じているだけかもしれないのでよく分かりません」と言うと「何言ってるの。痛くないなら痛くないの」と言われたことを付け加えておく。

また「腎臓結石はものすごく痛い」といわれていたほどには痛くはなかった。体をくねらせはしたが叫ぶほどではないし泣くほどでもない。我慢すれば痛くないふりをできる程度のものだった。これが最初の内科に「明後日来い」と言わしめた理由かもしれない。こんなことならもっと騒げばよかった。

次男の技

昨夜突然、次男が「見て見て」と家人の注目を促した。なんだと思ったらこのザマだ。

それがどうした、と思ったが、本人は結構痛いらしい。こういうのを無益な努力という。

セブンイレブンの復興

以前ここに写真を載せた壊滅状態のセブンイレブンだが、今週から営業を開始していた。さすがに店の中はまだ修復中なので、店の前に停めてあった冷凍車の中を売り場にしていた。こういうのを見ると心から応援したくなるが、買ったのは缶コーヒー1つだけだった。すまん。

会津いじめ

仙台市の学校が修学旅行で会津に行くのを取りやめる動きがあるそうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110423-00000015-khk-soci

会津に行く予定だった小学校85校のうち、83校が行き先を変更したかその検討をしているとのことだ。

「福島を避けるのは、万一を考えてのこと」
「風評と分かっていても、福島と聞くだけで心配する保護者がいる。会津は毎回児童を温かく受け入れてくれた。こんなときにお返しできず申し訳ない」

とのことだ。これを小学生ではなくて教頭先生や校長先生が言っているというのだから信じられない。この人たちは気でも狂ったのだろうか。

万一もクソもない、会津と仙台は福島の原子力発電所から同じ距離にあり、会津に行く途中の道路だって発電所の近くを通らないように選べるのだ。食べ物だって、旅行中の2日や3日で害など有り得ない。風評と分かっているなら、それをちゃんと保護者に説明すればいいだけではないか。保護者など地図を見たことがないか見方を知らないだけで、ただ「福島県」という単語に反応しているだけに決まっているのだ。会津と発電所の間に線を引いて「今日から会津側は新潟県にします」と言えばそれで安心するレベルで、つまり単なるアホなのだ。

これは「思いやりの気持ち」などまったく関係のない、「地理」と「理科」の問題である。こういうときこそ、地図の見方を知らない保護者に地図の見方を教え、風評被害に苦しむ会津の人たちに恩返しするのが教育ではないのか。それを恩返しどころか風評被害に加担するというのだから信じられない。それも仙台市の小学校みんなでだ。

私は無闇に学校の先生を批判したりするのは嫌いであり、その苦労についてはいつも敬意をもっているが、それだけにこのような報道は信じられない。本当に本気でこんなことをするのだろうか先生方が。ともかく信じられない。「まず地図見ろ地図!」と言いたい。

この分ではそのうち「福島」という苗字の先生も危険だから「万が一を考えて」「念のために」解雇されるのに違いない。いや、冗談じゃなく今やろうとしているのはそれと同じ程度のことなのだ。

夕日の中の小室

小室の自宅の近くには、キリンビールの大きな工場があり、津波の後にはこのあたり一体に未開封の缶ビールが散乱しており、小室はそれらを拾ってたらふく飲んでいるいう。

確かに、今日も足下に4本の缶ビールが落ちていた。

それらを逆光の中で悪びれもせずに淡々と語る小室であった。

近所の様子

小室の家にぶつかってきたという海側の隣家は、完全に輪郭を失った瓦礫の山となっている。

また、道路を挟んで向かい側の家は、一見、形が残っているようだが、実はこれは二階で、一階がそっくりなくなっているのだという。

自衛隊員の気遣い

小室から興味深い話を聞いた。

小室の家には仏壇があるのだが、震災後間もなく自宅に行くと、仏壇は隣の部屋の床に倒れていたという。二階まで浸水したのだからこれは怪しむことではない。

ところが何日か後に行ってみると、その仏壇がきちんと床の間に立ててあったという。被災者を捜索している自衛隊か警察の人たちが、わざわざ移動してくれたのだ。仏壇が上下逆さまに置かれていたことから、その人たちは宗教にはさしたる興味はなかったものと思われる。連日、沢山の遺体を目にしている彼らにしてみれば、床に転がっている仏壇をのをそのままにして置くことはしのびなかったのだろう。

そのときの彼らの心情を察すると胸にこみ上げてくるものがある。

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