月別アーカイブ: 12月 2015

花巻東のカットマン

なんと、Yahoo!のトップニュースに「花巻東のカットマン」について報じられていた。カットマンも随分と有名になったものだ。

と、喜んでクリックしてみると、なんと卓球のタの字もなく、単なる野球ではないか。まったく人をバカにしている。

この誤報に胸をときめかせた卓球人が日本に何十人いたと思っているのだ!(どうせ卓球のことじゃないとわかってたけどな)。

どこが「中継」だ!

中継のことを生放送の意味だと思っている人が多いが、字を見ればそんな意味であるわけがない。「中継ぎ」なのだから、何かと何かの間をつなぐような意味に決まっている。

中継とは撮影現場で撮影された映像などを現場の近くに設置した機材など(通常は中継車)で放送局に送ることを言う。カメラからの映像を放送局に送るための中間点だからこそ「中継」なのだ。

だから「生中継」はカメラからの映像をリアルタイムで放送局に送ることだし、中継点で録画したものを後で放送する場合は「中継録画放送」だ。カメラで録画したテープを後で放送局に持って行って編集してから放送するのは「収録放送」となる。

さて、最近ではインターネットが発達しているので、個人が現場から映像やコメントをリアルタイムでネットに配信することが普通に見られるが、これを「実況中継」とか「生中継」と称するのは間違いだ。

どこに中継ポイントがあるというのか。インターネットでは直接公共の場に情報を提示できるのだから中継など要らない。正しくは「生配信」とか「実況アップロード」と言うべきだ。

「生中継」という言葉で即時性を表すのは「生」の方なのに、そのあとにつく「中継」をその意味だと思っているのだ。ちょうど「携帯電話」の「携帯」が電話のことだと思い、家の固定電話や公衆電話まで携帯と呼ぶようなものだ。「この辺に公衆携帯ありませんか?」ってなものだ。

当然、テレビ局の人にとってはこれは純然たる技術用語だから間違えようがないはずだが、昨夜のオカルト番組で、現場からインターネットに生配信することを「生中継」と表現していた。

UFOよりも「どこが中継なのか」を問い詰めてやりたい気持に駆られたのは私だけだろうか(まあそうだろうな)。

中継が生放送の意味だという誤解が広まった原因ははっきりしている。昔から「この放送は現場から実況生中継でお送りしております」と中継の意味もわからない視聴者に言い続けていたからだ。中継とはテレビの放送のやり方を表す技術用語であり、本来視聴者には必要のない情報なのに、説明もなしに中継中継と言うもんだからそのうち生放送のことだと誤解されたのだ。

テレビ局にはこの誤解を広めた責任をとってもらい、ネット生配信を「中継」と言っている輩に対して「どこが中継点ですか?」としつこく問いただし「中継が要らないのがインターネットなのです」と正しい情報を流布してもらいたい。

さらば、キング・クリムゾン

今日は渋谷のオーチャードホールというところに伝説のブログレッシブロックバンド、キング・クリムゾンのライブを見に来た。

ところがなんと、入場券を仙台の家に忘れた来たことに今朝気づいたのだった。それで、いろいろと手を考えたのだが、結局、入場券を家からスキャンして送ってもらったものを紙に印刷し、それと運転免許証を証拠に入れてもらおうとしたのだが、なんとこれがダメの一点張りで、結局入れてもらえず、15,000円が無駄になってしまった。

「絶対にこの席は空いているはずだ」と言っても「席を見に行くスタッフがいない」と言われた。開演からすでに40分も経っていて入り口付近には客は一人もおらず、スタッフが数人いる状態なのに、見に行ける人がいないというのだ。スキャンして送ってもらった入場券には、私の住所氏名、クレジットカードの番号と有効期限、電話番号などが書いてあり、いずれも私のものであることを証明してみせたが、とにかく入場券以外はいかなる物も証拠にならないと言われた。

どうにもならないのであきらめて当日券を買う決心をしたが、なんと売り来れだった。うむむ、誰が見に来るんだクリムゾンなんか。

それで、このライブを見に来ている大学時代の友人と、ライブが終わったら飲むことになっていたので、ライブが終わるまで近くのコーヒー店でこのブログを書いているというわけだ。

それにしても、ライブがあることはわかっていてそれを楽しみにして昨日から東京に出張に来ていたのに、入場券のことだけは一度も思い出さなかったのが不思議だ。一ヶ月以上も前に買ってさんざん確認していたのでかえって安心してしまったのだ。つまり、準備が良すぎて失敗したとでも言えようか(笑)。

妻からは「度重なる物忘れによる失敗のいい薬になっただろう」というようなことを言われたが、悔しいので反省はしない。誰の迷惑にもならなかったのだから、入場券を忘れてライブを見られなくてもそんなの俺の勝手だ。くそう。

今後も大事な物を思いっきり忘れてやろうと思う。

ロックコンサートなど難聴のリスクが増えるだけだし、会場はどうせハゲオヤジばかりに決まっている(私がその証拠だ)から、そんなところに行かなくたっていいのだバカバカしい。おかげで渋谷の喫茶店で『奇天烈逆も~ション』の原稿をじっくりと書けるではないか酸っぱい葡萄。

噂によれば、クリムゾンの来日はこれで最後だという。

さらばだ、キング・クリムゾン。

飲み屋の人間模様

先週、出張の帰りに時間があったので、ときどき入る仙台駅前のバーに入った。駅の近くなのでときどき入るのだ。大抵はひとりで黙って飲むのだが、先週は右隣に座っていた酔っ払ったサラリーマンに話しかけられた。

「そちらのお父さん、カッコいいですね、好きです」

ときた。「お父さんか」と苦笑しながら話を合わせていると、なかなか魅力的な奴だ。営業マンだという。顔が色黒でワイルドなもみ上げがどことなく坂本龍馬とか勝海舟を思わせる。「ここいらの人じゃないですね。九州かどこかの方ですか」と聞くと「ええ。私、仙台が大好きになりまして。一生ここに住もうと決めてるんです」と上機嫌だ。それでどこの出身か聞くと「岩切です」ときた。仙台市内じゃないかそれは。

こういうどうにもとぼけた男で、今度は「私、この人を尊敬してるんです。この人のようになるのが目標です」と隣に座っていた所長だという上司を持ち上げ始めた。

上司は酔っておらず冷静に私と話したのだが、なんとその上司は隣のお調子者の部下を指して「私、こいつをぶん殴ったことがあるんです」と言った。「こいつ、人の話を聞かない奴だなと思ったら急に殴りたくなったんですね」と言う。

どういう状況だったのか聞くと、2年前の忘年会のとき、隣の席にいた「こいつ」に話しかけたところ、聞くどころか全然あらぬ方向を見ていて完全に無視だったから殴ったのだという。「私は短気な人間じゃありませんし人を殴ったこともないんですけどね」と言うが、そんなことで人の顔を拳で殴れるものだろうか。

さすがに殴ったことで自己嫌悪に陥り、気分の悪い正月を過ごしていると、殴った男から電話がかかってきた。「辞めます」と言われるかとビビったが「済みません、スノーボードで足を折ってしまいまして、しばらく休まなくてはならなくなりました」という連絡で「これで差し引きゼロだな」と思ったという。うむむ、男だ。

お調子者の部下がトイレに行ったきりずいぶんと帰ってこないと思ったら店員が「帰ると言っていましたよ」とのことだ。なんたることだろうか。私にも尊敬している所長にも一言の挨拶もなく帰ってしまったのだ。もう一発殴った方がよかったのではないだろうか。

帰ってしまったお調子者は、私の左隣の青年をも巻き込んで乾杯やら肩組みやらをしていたので、所長が帰った後、自然と私はその青年と話すことになった。

聞くところによると青年は38歳でバツイチで両親と住んでいるという。「私の人生はこの後どうなるのかと心配です」とかなり暗い感じだが口調がユーモラスなのが、申し訳ないが面白かった。

リハビリ関係の仕事をしていて月給は20万円ほどだが、そのうち22,500円を毎月女性のいる店で使っているという。「給料の10分の1以上をそれですか!」と言うと「そうなんですよー、でも仕方ないんです」と困っている。

終電の時間になったので帰ろうとすると「なんで帰るんですか!もっと話聞いて下さいよー」とせがまれた。正直、聞きたがったのだが、何しろ1週間も出張だったのでこれ以上の放浪はまずかろうと思い、将来の再会を約束して店を後にしたのだった。人間模様である。

機上の『ピンポン』

今週は出張で飛行機に乗った。
座席のモニターで、映画とかいろいろ見ることができるのだが、その中に電子書籍があった。

いったいどんな本が読めるのかと思ってみると、なんと松本大洋の『ピンポン』があるではないか。

もちろん家に持っているのだが、試しに映してみたら不覚にも感動してしまった。

いわば不意打ち状態である。まったく凄いマンガだ。