飲み屋の人間模様

先週、出張の帰りに時間があったので、ときどき入る仙台駅前のバーに入った。駅の近くなのでときどき入るのだ。大抵はひとりで黙って飲むのだが、先週は右隣に座っていた酔っ払ったサラリーマンに話しかけられた。

「そちらのお父さん、カッコいいですね、好きです」

ときた。「お父さんか」と苦笑しながら話を合わせていると、なかなか魅力的な奴だ。営業マンだという。顔が色黒でワイルドなもみ上げがどことなく坂本龍馬とか勝海舟を思わせる。「ここいらの人じゃないですね。九州かどこかの方ですか」と聞くと「ええ。私、仙台が大好きになりまして。一生ここに住もうと決めてるんです」と上機嫌だ。それでどこの出身か聞くと「岩切です」ときた。仙台市内じゃないかそれは。

こういうどうにもとぼけた男で、今度は「私、この人を尊敬してるんです。この人のようになるのが目標です」と隣に座っていた所長だという上司を持ち上げ始めた。

上司は酔っておらず冷静に私と話したのだが、なんとその上司は隣のお調子者の部下を指して「私、こいつをぶん殴ったことがあるんです」と言った。「こいつ、人の話を聞かない奴だなと思ったら急に殴りたくなったんですね」と言う。

どういう状況だったのか聞くと、2年前の忘年会のとき、隣の席にいた「こいつ」に話しかけたところ、聞くどころか全然あらぬ方向を見ていて完全に無視だったから殴ったのだという。「私は短気な人間じゃありませんし人を殴ったこともないんですけどね」と言うが、そんなことで人の顔を拳で殴れるものだろうか。

さすがに殴ったことで自己嫌悪に陥り、気分の悪い正月を過ごしていると、殴った男から電話がかかってきた。「辞めます」と言われるかとビビったが「済みません、スノーボードで足を折ってしまいまして、しばらく休まなくてはならなくなりました」という連絡で「これで差し引きゼロだな」と思ったという。うむむ、男だ。

お調子者の部下がトイレに行ったきりずいぶんと帰ってこないと思ったら店員が「帰ると言っていましたよ」とのことだ。なんたることだろうか。私にも尊敬している所長にも一言の挨拶もなく帰ってしまったのだ。もう一発殴った方がよかったのではないだろうか。

帰ってしまったお調子者は、私の左隣の青年をも巻き込んで乾杯やら肩組みやらをしていたので、所長が帰った後、自然と私はその青年と話すことになった。

聞くところによると青年は38歳でバツイチで両親と住んでいるという。「私の人生はこの後どうなるのかと心配です」とかなり暗い感じだが口調がユーモラスなのが、申し訳ないが面白かった。

リハビリ関係の仕事をしていて月給は20万円ほどだが、そのうち22,500円を毎月女性のいる店で使っているという。「給料の10分の1以上をそれですか!」と言うと「そうなんですよー、でも仕方ないんです」と困っている。

終電の時間になったので帰ろうとすると「なんで帰るんですか!もっと話聞いて下さいよー」とせがまれた。正直、聞きたがったのだが、何しろ1週間も出張だったのでこれ以上の放浪はまずかろうと思い、将来の再会を約束して店を後にしたのだった。人間模様である。

飲み屋の人間模様” への 1 件のコメント

  1. 上司に無断で帰ってしまうとは、次に所長さんに会った日にどうなってしまうのか心配ですね。
    でも会社に1人くらいならお調子者がいてもいいと思います。
    主に飲み会の時に活躍しますから。今回の方も所長に殴られるという伝説を社史に残したわけですし。

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