卓球王国のTSPの広告ページに、講習会の宣伝が載っていた。
指導者は、日本が誇る最後の世界チャンピオン、小野誠治、日本初のプロ卓球選手で現TSP社長の松下浩二、そして・・・ラージボールのカリスマ、村上力だ。
今から25年前、一番弟子の戸田といっしょに、村上さんの卓球場で汗を流していたとき、村上さんと小野誠治の写真が一緒に載る日が来るとは夢にも思わなかった。なんとも感慨深い。
もっとも、村上さんの天才性はこの二人には決して劣らないと思う。村上さんは、他人の卓球をほとんど参考にせず、当時の卓球理論のほとんどすべてに背を向けて自分の卓球を完成させた人なのだ。
フォア前を左足前で取るなどという、当時の常識は知りもしなかったし、フリックは指でするものだと当時から言っていた。また、ボールの飛び方で回転量わからないことは、自分がスレイバーを日干しにして作ったアンチラバーを使っていたので、とっくに知っていた。
全日本の混合ダブルスで優勝したとき、村上さんのアンチのツッツキを日本代表クラスの選手たちがドライブをすると、フェンスにダイレクトにオーバーミスしたし、アンチのループドライブをすると、カットマンが台の下にカットミスをしたという。それほど大きな回転の差があれば、ボールの飛び方だって最大限に違ったはずなのに、それでも日本代表クラスの選手たちの誰もそれがわからなかったのだ。
村上さんの卓球は大変な邪道だが、彼の活躍からは、卓球技術を考える上で重要なさまざまな事実が見えてくるのだ。