ラスベガスで卓球をするという記録も作ったし勝ったのでもう止めようかな、と思ってソファに座って休んでいると、ひとりの老人がやってきて「やらないか」と言った。私が「My name is Jota Ito」と自己紹介をすると、その老人は「おお、キミが有名な世界チャンピオンのイトウか」と言って笑った。1969年にミュンヘンで優勝した伊藤繁雄のことだ。初対面でいきなりこの挨拶は凄い。マニアはマニアを呼ぶ。
私が「1969年ですね」と言って自分も詳しいことを示すと、彼は私のマニア度を測るかのように「その試合、どういう試合内容だったか知ってるか」と聞いてきた。ここぞとばかり私は「シェラーに0-2でリードされていて、3ゲーム目から別人のようになって逆転したんでしょう」と言った。田舛彦介著『卓球は血と魂だ』の一節そのままだ(さすがに「ゲームの合間にビタミン剤でも打ったのかと欧州勢から疑われるほど」という余計な描写は話がややこしくなるので割愛した)。すると彼はさらに詳しく「3ゲームめの19-19からのシェラーの難しいボールを、イトウはそれまで攻撃していたのを丁寧につないだんだ。そのときシェラーの顔つきが変わり、そこからイトウが逆転したんだ」と言うではないか。そんな話は初めて聞いたので「よくそんなこと知ってますね」と言うと、彼はその試合を現場で実際に見たと言う。「ドイツに行ったんですか!」と言うと「だって俺、アメリカ代表で試合に出てたんだもん」と言うではないか。
ななな、なんと、アメリカの代表選手だったのだ。私はすっかり興奮し「じゃあ、71年のピンポン外交のことを知ってますか」と言うと「ああ、中国に試合しに行ったよ」と言うではないか。どひゃあああっ!この人は、歴史上の選手だったのだ。強くはないから有名ではないが、ともかく歴史上の選手なのだ。マニアではなく、本物だったのだっ。