昨夜、NHKの『至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎』を見た。
なんとも消化不良の感がする番組だった。世界中のバイオリン製作者がストラディヴァリウスの音を再現しようと日夜研究をしているというのだ。ある者はボディに塗られているニスに秘密があるのではないかと化学分析したり、ある放射線科医はバイオリンをCTスキャンして内部の構造を調べ、それを図面に落として自動加工で完璧に再現をしようとしたりで、いやはや大変な情熱である。それでもいまだにストラディヴァリウスの音を完全に再現できるバイオリンはできていないということのようだ。
当然だが、そこにはストラディヴァリウスの音の方が良い、少なくとも他のバイオリンと違う音が出ているという大前提がある。ところがである。専門家やバイオリン製作者たちがブラインドテストをすると、ストラディヴァリウスと現代のバイオリンを聞き比べてもさっぱり当たらないというのだ。正答率が20%から50%で、これまでにも同様の実験が行われてやはり同じような結果だという。
この番組の根幹にかかわる驚くべき結果だと思うのだが、掘り下げ方がなんともあっさりしている。どういう実験をしたのかその詳細の紹介がないので、このパーセンテージの持つ意味が分からないのだ。偶然による正答率が何%なのかわからないのでは判定のしようがない。
ともかく、番組では「専門家の耳さえも違いは捕えられない」という結論だった。普通なら「じゃ、違いはないんじゃないの」となるところだが、演奏者にはその違いがはっきりと分かるのだという。それなら、演奏者でこそブラインドテストをすればよさそうなものだが、それはやらないのだ(笑)。それをやらずに、無反響室でマイクを40本以上も設置して音の出方を測定をして違いが出たと言っている。何であっても測定をすれば違いが出るのは当たり前だ。問題はその違いが意味のある違いなのかどうかだ。これこそが科学であり、測定器を使うことが科学ではない。
測定結果では、ストラディヴァリウスの音には指向性があり、ある特定方向に偏っているのだという。これが会場の隅々まで響き渡る音の秘密かもしれないなどと言っている。「会場の隅々まで響き渡る」ことが「観客にはわからず演奏者にだけわかる」ということである。不思議な話もあるものだ。
打ったドライブの重さが、相手にはわからないけど打った本人にだけわかるラケットとでもいおうか。
「今のドライブ重かっただろ」
「いや、普通っすね」
「お前は気づかなかっただろうけど重いんだよ」
「は?」
「重いんだよ。ニッタクのバイオリンで打ってるんだから」
「・・・ちいーっす」
もっとも、演奏者にブラインドテストをして「違いがない」あるいは「現代のバイオリンの音の方が良い」なんて結果になったりしたら、何億円も出してバイオリンを買った人はその場で気が狂って慰謝料を請求されるかもしれないな。あと、世界中のストラデイヴァリウスのファンとか関連ビジネスの人たちからもどんな苦情が来るかわからないだろう。でも、それをやってこそ番組を作る意義があるのではないだろうか。でもまあ、わかる人にはわかる内容にはなっているから、これはこれでいいのかもしれない。
まぁ、ブランドと言いますかね、高い楽器を使ってるつもりの演奏者が気持ちいい、というより、演奏者をサポートしてくれるスポンサーへの広告でしょうね。ちょうどタイムリーにホテルの食材が話題になってますが、あれも自称グルメの人は気がついてなかったようで。
一般市民としては安い材料でうまいものを作るシェフがありがたいけど、それでは評価されないんでしょう。エンジニアリングと芸術の違いかな。私には卓球の道具も同じだと思いますが、そういうと条太さんは「いやはっきり違うんだ」と言うかな?
いや、私はそういう思い込みを全否定するタイプなので、卓球用具についても仮に違うと思っても気のせいだと思う方です。また、百歩譲って違うとしてもどちらが良いか自体が卓球では大問題です。回転がかかればよいというわけでもスピードが出ればよいというわけでもなく、結果的に点を取ればよいわけですが、そこに至るパラメーターがあまりにも多くて複雑であり、断言などできないからです。
クレモナでストラディゥァリと比肩したバイオリン工の子孫で自身もクレモナのバイオリン工であるリッカルド ベルゴンツィは、
『あなたの楽器の音色の特徴について作家としての意見を聞かせて欲しい』という質問にこう答えたそうです。
『あらゆるヴァイオリンには、固有の音色なんてありませんよ。ヴァイオリンから聞こえてくる音というのは、すべてその弾き手の音です。別の人が弾けば別の音がします。』
ラケットをバイオリンにしても、あなたのドライブは、あなたのドライブです。って、ことですな。
御意!