深夜のマジックバトル

思えば、そのアメリカ人から「趣味は何ですか?」と聞かれたあたりから怪しかった。

私は最近、マジックにも凝っているので誰かに見せたい気持ちがあったのだが、そんなことを言ったら「やってみせて」と言われるに決まっているので、無難に「卓球です」と答えた。他にオカルト談義もあるが、こうして並べてみると、どれもこれも初対面の相手に普通に答えるのはちょっと憚られるようなものばかりだ。何が憚られるかというと、「共通の話題で話を広げるつもりはない」と宣言しているようなものだということだ。といってもまさかプロ野球とか自動車の話はできないので仕方がない。

思ったとおりそこから話は盛り上がらず、一般的な話をしていた。そのうち終電近くになって参加者の半分以上が帰ったころ、私は気が大きくなり「マジックをやってみせるよ」と言って、財布から硬化を取り出してテーブル貫通をやって見せた。成功だった。

ところが肝心のアメリカ人の様子がおかしい。なんか無表情だ。怖い。すると彼はいきなりどこからかトランプを取り出し、見事な手さばきで操り始めたではないか。マジック界のスタンダード、U.S.プレイング・カード社の「バイシクル」というカードだ。こ、こやつ、マジシャンだったのか!それで私に趣味は?と聞いたのだ。こちらが趣味を聞き返したらすかさずマジックをやろうとしていたのに違いない。マジックは披露する場を見極めるのが難しいのだ。見たくない人がいるかもしれないのにやるわけにはいかないからだ。

今、彼は私のコインマジックによって、その場を得たのだ。もうものすごい勢いで堰を切ったようにマジックをやり始めた。腕前はまあまあだが、ちゃんとマジックの技法をマスターしていた。私が「見事なアンビシャスカードですね」と言うと「おお、お前もわかってるか」という返事をした。もちろん、就職を祝われているはずの主人公他、その場の誰にも意味が分からない会話だ。

こうなったら私も黙ってみてはいられない。彼からカードを取り上げると、私もマジックを披露した。こんどは彼がカードを奪い取り続けざまに2つも3つもマジックをする。と、このようなマジックバトルが終電など無視して1時半まで続けられ、私と彼はすっかり満足をしたのだった。

私は、プロや大学の奇術クラブの人以外で、趣味でこのレベルのマジックをやる人に会ったのはこれが初めてであり、大いに興奮した次第だ。しかも彼はパンクロックも好きだということで、この後パンクを聞かせる店に飲みに行くと言う。私もついていこうとしたが、他の人から「迷惑なので遠慮した方がいい」と言われて止めた。

翌日、飲み会に参加した人が車で町を走っていると、たまたま自転車に乗っている彼を見かけたそうだ。腕のバーコードが見えたかどうかは定かではない。

深夜のマジックバトル” への 3 件のコメント

  1. 次回会うようなことがあるならば、ぜひ鳩を忍ばせて行ってはどうでしょうか?

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