花巻のキクちゃん

先週は出張で、羽田の東横インに泊まった。仕事は品川だったのだが、わざわざ羽田のホテルに泊まったのは、その近くにある居酒屋に行きたかったからだ。8月に羽田から飛行機に乗る仕事があり、そのときに同じホテルに泊まり、近くの小さな居酒屋に入って楽しい思いをしたので、論理的ではないが、なんとなくまた楽しいことがあるような気がして今回も行ったのだ。

前回入ったとき、最初は「失敗した」と思った。地味だが旨い料理に地酒を取り揃えてあるような店を期待して入ったのだが、そのどちらでもなかった。料理は焼きそばや冷奴、フライドポテトに枝豆と種類が異様に少ないし、酒はコンビニで買えるようなものばかりで、夢も希望もない店だった。しかもママさんともう一人の店員は、どちらも客席に座りっぱなしで客と話すのに忙しく、私が焼きそばを注文してもさっぱり作らない。しかもその話の内容は「PTAの会長とお母さん方がデキているのは常識」とか頭の痛くなるような話だった。

私が入るとすぐにママさんから「東横インの方でしょう?」と言われ、ちょっと感心したのだが、今回も同じことを言われ、よく考えると顔見知りの客以外は近くのホテルに泊まっているに決まっていることに気がつき興覚めであった。ママさんは「90%は当たる」と言った。羽田というと飛行場の印象しかないが、周りには会社や住宅地があり、この店には出張者ではなくて近所の住人が来ているというわけだ。

自分以外は全員知り合いの店というのは気持ちが良いものではないから、入ってすぐに帰りたくなったのだが、そういうわけにもいかず飲み始めたら、隣に座った私よりちょっと年配の気の良い男性の身の上話が面白く、引き込まれた。この近くの会社に勤めていて、昔は月に3週間は韓国と台湾に出張していて、それに関連した苦労話や武勇伝とかそんな話だ。韓国に行くと珍しいものを食べさせようと犬を食わせる客がいるが、もう飽きていて珍しくなくても驚いたふりをしなくてはならないとか言っていた。なるほどなあ。

それが妙に面白かったので、その人がいるとは限らないのに、今回もその居酒屋に入った。その男性「クラさん」は前日に来ていたそうだが、その日はいなかった。しかし今回隣に座った男はそれ以上に面白い男だった。

キクちゃんと呼ばれるその男は、37歳で、なんと私と近い花巻の出身だという。とにかく気の良い男で、いろいろと身の上話を聞いたのだが、高校生のとき「何も悪いことをしていないのに警察に4回捕まり、指紋をとられ四方八方から写真を撮られた」そうだ。具体的に聞くと、友達が盗んできたバイクをばらして改造してあげる商売をしていただけだという。家に溶接の道具があったので無免許で溶接もしていたそうだ。また、近所で痴漢が出たときには真っ先に疑われやはり警察に引っぱって行かれたという。学校でテスト中に警察が来たこともあるという。カンニングもしていないのに何かと思ったら(カンニングで警察が来るか)、つきあっていた彼女が車の無免許運転をしたので、両親のいない彼女の身元引受人として呼ばれたのだという。「何も悪いことをしていない」というのは「殺人も窃盗もしていない」ということなんだと思う。

当然のように暴走族にも入っていたそうだ。暴走族は勝手に作ってはいけなくて、ちゃんとヤクザの組に申請をしないといけないのだという。あるときヤクザの人の家に行くと、昼間っから「仁義なき戦い」のビデオを見ていたという。「あ、やっぱり見るんだ!」と思ったそうだ。

腕にやけに大きな白い腕時計をしていたのでどういうものかと尋ねると、シャネルの偽物だという。本物なら70万円もするが、これは偽物なので5万円だったという。何年か前に東京に出てくるときに弟からはなむけにもらったそうで、心のよりどころだそうだ。そんな偽物がどこで売っているのかと聞くと、ヤクザが売りに来るのだそうだ。ジップロックなんかに入っているが、望めば保証書や箱もつけてくれるという(要らない・・・)。

 

キクちゃんによると、本物は一目でわかるそうだ。というのは、以前、ロレックスの50万円の腕時計を持っていたのだが、金属の光沢などが全く違うのだそうだ。あと、本物は日付が零時きっかりに変わるのに対して、偽物は少しづつ変わるのだという。50万円もするロレックスは、博打で負けて取られたそうだ。よくそんな高い時計を買えましたねと言うと「ローンをすれば誰でも買えますよ」とのこと。

キクちゃんは4人兄弟の長男で、最近、妹が結婚をしたいという男を実家に連れてきたという。その男は貯金もなく借金があるのだそうで「そんな男はダメだ」と反対をしているそうだ。キクちゃん自身は、花巻にいたときに彼女がいたのだが東京に出てくるときに別れ、今は酒とパチンコに絞って一生独身と決めて、週に3日はこの店に通っているそうだ。

ちなみに、キクちゃんの隣に座っていた「班長」と呼ばれる人も独身で週に5日この店に通っているそうだ。近距離のトラック運転手で仕事では実際に班長なのだという。この方も何とも言えない味のある方で、九州出身だが「東京は暖かくて良い」と言っていた。彼によれば、九州も東京も緯度はほとんど違わず(初めて聞いた)その他のファクターの方が支配的なのだそうだ。

とても人には勧められないが、なんとも不思議な店である。次回の出張の時にも行ってみようと思う。

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