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マイクとカイル

アメリカ旅行をすることを決めてすぐ、赴任時代の同僚であるマイク・マッコールと連絡をとり、一緒に食事をすることになった。

メールのやり取りで「ホテルに迎えに来てほしい」と書くと、わけのわからない返事が来た。

10-4. We will work out picking you up from hotel.

だそうだ。後半はよいとして、10-4とは何だろうか。平日で仕事があるはずだから、10時から4時の間に来るわけもない。

それで、どういう意味か聞くと、これは「テン・フォー」と発音し、無線の暗号のようなもので「OK」という意味なのだそうだ。アメリカ全土で使われていて、映画などでもパトカーの警察官がしょっちゅう使っているという。ちなみに「10-9」は「もう一回言ってくれ」、「10-20」は「どこにいる?」だそうな。

こんなもの、いくら英会話を勉強してもわかるわけがない。

マイクの野郎、俺がこんな事わかると思って書いたのだろうか。そういう奴なのだあいつは(ちなみに、会ったとき、同僚とのSNSのやり取りをスマホの画面で見せられたが、たしかに10-4.と連発していた。OKと書く方が早いだろうに)。

マイクはその後のメールで「工場に来てナッツの煎り具合を見たいか?」と書いてきた。赴任中に我々が務めていた工場が閉鎖になり、今は更地になってしまっているので、そこを見たいかという意味だろう。それにしても事の顛末を「ナッツの煎り具合(how nuts are roasted)」と表現するとは気が利いているではないか。

ホテルには別の同僚であるカイル・デービスが迎えに来てくれて、マイクとともに『ハンツ』という牡蠣料理店で食事をした。左がマイク、右がカイルだ。

これは粉チーズとタバスコで食べる牡蠣だ。日本で牡蠣を食べられなかった私が、ここで牡蠣の味を知り、食べられるようになった美味しさだ。

あらためてマイクに「how nuts are roasted?」の意味を確認したところ、なんとマイクは、ナッツを加工する会社に勤めていて「工場に来てナッツを煎るところを見たいか?」というそのまんまの意味だったことが判明。がっくり。

「10-4」などという暗号を使うからこちらも深読みしてしまったではないか。

カイルはかつて、非常にうるさく吠える犬を飼っていて、何度も隣人に警察を呼ばれたが「お前が引っ越せばいいだろ」と反省の色を見せなかったという男だ。

まだ状況は変わっていないか聞いたところ、さすがにカイルは隣人がいない田舎に引っ越し、今では9匹もの犬を飼っているという。しかも、広い土地に放し飼いをしているそうだ。放し飼いといっても実は地面の下に電気回路が敷いてあり、犬が境界に近づくと首輪が反応するようになっているので、見かけは自由だが一定のエリアから出られないようになっているという。さぞかし犬たちは楽しいことだろう。

そんな話をしたドーサンの最後の夜だった。

ドーサンに行ってきた

息子たちが就職するので、最後の家族旅行としてアメリカ赴任時代に住んでいた町、アラバマ州ドーサンに行ってきた。ドーサンを離れて初めてだから8年ぶりだ。

ドーサン空港に降り立ったときの印象は、全然懐かしくなく「またか」という程度のものだった。どう考えてもついこの前来たばかりにしか思えない。この年になると8年などあっという間なのだ。

私たちが住んだ家は、その後、3家族ぐらいが入れ替わり、今も誰かが住んでいた。ドーサンには3泊し、毎日その家を見に行った。家の前に車を止めてしみじみと眺めていると、懐かしいというよりは、息子たちにつらい思いをさせてしまったなと思い感傷的になった。息子たちは、アメリカに赴任したことを「強制収容所に入れられていたようなものだった」と言っているのだ。

家を見る息子たちは多くは語らなかったが、黙々とスマホで写真や動画を撮影していたことがその感慨を示していた。

英語があまり話せないので友達もできず、移動はすべて車だったから、遊ぶといえば家族でバッティングセンターに行くなどというものだった。日本の中学生のように、友達と自転車や電車でどこかに行くという経験ができなかったのだ。

赴任中によく通ったバーガーキングにも行ってみたが、相変わらず絶望的な大きさのハンバーガーだった。味は昔通りに肉が香ばしくて美味しかった。

たったの3日でドーサンの何が味わえるだろうかとも思ったが、3年半住んでもドーサンのなんたるかはわからなかったし、考えてみれば仙台ですら33年も住んでいるのに結局自分の周りのことしかよくわからない。

こういう気持ちはないものねだりなのだろう。

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