ビートルズその2

私のビートルズ熱は大学生になっても冷めることはなかった。音楽はすでに全曲聞いているので、もはやそれ以上聞くものがなくなった。ちょうどその頃、クラスメートが読んでいたロッキングオンというロック雑誌を知り、音楽を語ることの魅力にとりつかれるとともに、文章を読むことが面白いことを知った。特に渋谷陽一と松村雄策がすばらしく、彼らの単行本を買い集めて繰り返し読んだ(今でも読んでいる)。

すこし恥ずかしいが、これが私が読んで面白いと思った初めての文章であった。私はそれまで小説などほとんど読んだことがなく、中学校の教科書に出てきた「山椒魚」や、高校入学時に感想文を書かされたカフカの「変身」には、その無意味さに腹を立てたりしていた。受け手の知識によって芸術の価値が変わるものだということを当時は理解できず、予備知識なしに読んで(あるいは観て、聴いて)つまらないものはダメだと決め付けていたのである。もっとも、それらの作品がなぜ評価されているのかを説明してくれる先生もいなかったことも理由であろう。

話がそれた。大学生になってもビートルズになりたい気持ちは衰えることなく、実家に帰省する毎に腹心の者を集めては写真を撮ってビートルズとなった。この頃になると友人も限られてきて参加者は全員が卓球部員となる。

こんなことをやっていたのでは卓球も上達しなかったわけである。墨でヒゲを書いていながらも本気で表情を作っているところが恥ずかしい。