先週から、ブログのアクセスが連日500件近くなっている。ワルドナーの解説のためかと思っていたらそうではなくて、おそらく全日本が近いから、卓球を思い出す人が多いためだろう。そういえば毎年そうなのだった。
水谷がついに世界ランク10位に入った。素晴らしい。
日本人男子がトップ10に入ったのは、ちょっとやそっとでは記録を探すことも難しいほど昔のことだ。おそらく1980年代の斎藤清まで遡らねばなるまい。たしか5位ぐらいまでは行ったような気がする。当時は、なにしろ77年に河野満、79年に小野誠治が世界チャンピオンになったばかりなので、世界ランク5位ぐらいでは全然たいしたことだとは思っていなかった。83年東京大会で男子ダブルスで小野・阿部組が3位になっているが、それも同様。要するに、優勝以外は失敗のような、そんな時代だった。まさか、その後、さらに世界との差が開いていこうとは誰も思っていなかったのではないだろうか。
私が始めて水谷を見たのは、何年か前にタマス本社で行われたマリオ・アミズィッチの指導者講習会でだった。当時、私は指導のまねごとをしていたに過ぎなかったが、世界のマリオが来るのに見ないでいられるわけがない。当時、水谷は中一で、ともにマリオの教え子だった中二の軽部と模範演技をしていた。タマスの社員が「この二人はこれまでの日本選手とはまるっきり違います。将来が楽しみです」と言っていたのを思い出す。私は、ある一定以上上手な人たちの卓球を見ると、全部上手に見えるだけで、どこがどう違うのかは正直、分からなかったが、タマスの人たちが興奮していたことがむしろ印象に残った。
さて、水谷の世界レベルの躍進の本当の原因は、才能、初期指導、マリオの指導、青森山田の指導、ドイツの練習相手、その他、のいずれがキーだったのだろうか。今後の日本卓球を考える上で、避けては通れない問題である。
水谷は、ブログの文章をみると、相当な分析力があるように見えるので、おそらく本人がそれを解き明かす日が遠からずやってくるだろう。それも楽しみのひとつである。