子供の頃、昆虫採集セットを買ったことがある人は多いだろうと思う。中でも特に印象に残っているのが、虫を殺すための赤い液と保存するための青い液があって、それを注射器で注射することだろう。この2種類の役割の違う液を注射するというところがなんとなく専門家っぽくて楽しい作業だった。
ところが、これがとんでもない策略だったのだ。というのも、知る人ぞ知る昆虫採集道具の老舗、『志賀昆虫普及社』の息子が会社に入ってきたのだ。養老猛など、昆虫好きなら誰でも知っている超有名店らしい。その後輩によると、あの昆虫セットの赤い液と青い液は、専門家らしいどころか、どちらも無意味な色水なのだという。そもそも昆虫だろうがなんだろうが、体液の何倍もの液体を注射されれば死ぬに決まっているし、昆虫は放っておいても腐りはしないという。あれは、私のように昆虫に注射して悦に入っている子供をその気にさせるための、文字通りの「子供だまし」の商品なのだという。
本当の昆虫採集家は注射など使いもせず、昆虫を傷めないように紙で包むなどする、一般人の知らない特別な取り扱いをするという。その後輩は小さいときから家業のために昆虫採集を手伝わされていて、いろいろな昆虫の飛び方や習性を心得ていて、かなりのノウハウがあるらしいが、彼にとってそれは趣味ではなくてあくまで「仕事」に他ならなかったという。
何事も一般人が思っていることと専門家の世界は違うものだなあと思ったものだった。卓球もそうなんだろうけど。