卓球コント バッタ学園

昭和22年に発行された『卓球人』という卓球雑誌がある。これに卓球教育コントというコーナーがあるのだが、これが可笑しい。

だいたい、『卓球教育コント』という題からしておかしい。その第3回で『バッタ学園』なる奇作が紹介されているのだが、意味がわからないのだ。バッタ学園とはいったい何だ。卓球の教育に昆虫を出すというこの無意味さが素晴らしい。バッタ学園なのにマネージャーだけがバッタらしい。ほかにコオロギさんとかカマキリさんが出てくる。5年生まであって部員が五十人もいるのに卒業するのがコオロギさん一匹というのも不可解である。だいたい、これらの昆虫名が、あだ名なのか何なのかさっぱりわからないのだ。挿絵がリアルな昆虫であるところを見るとどうも本物の昆虫の話のようでもあるが、こんなリアルな昆虫がどうやって卓球をするのか。「私」が何者なのかもわからないし、とにかく集中して読んでも設定が異様すぎてなかなか話が頭に入らないのだ。
昭和22年だからというよりは、これはこの中島という人の特殊性によるものだろう。あまりに変なので、ちょっと長いが全文を紹介する。当時の文字使い、句読点のルールが現代とはだいぶ違うこともわかる。

-◇卓球教育コント◇-
(3)
(続) バツタ学園
中島 巌

土手の芝生が、漸く息をつき始めた頃―バツタ学園にも卒業式が訪れました。
全国女学校の皆さん、全国制覇を希ふバツタ学園卓球部は、どのようにこの冬を過ごしたでせうか又二年生から五年生までが一致団結して学校スポーツとしての卓球の真価を、どのようにして発揮しつつあるでせうか、私は送別会の席上で部長先生やバツタさん、コウロギさん達からお伺ひしたお話しを皆さんにお伝へ致しませう
五台のコートを囲んで、五十名近い部員がお手製のケーキを前にきちんとならんでゐる
立上つてバツタさんは伏目勝ちにでは皆さんこれから「蛍雪の功を積み、将に学園を去らんとする私達のお慕ひ申した姉、コウロギさんの送別の会を開くことに致します。美味しくもありませんが、ケーキを戴き乍ら、コウロギさんの活躍の跡を偲び、心ゆくまで語り歌ふではありませんか」・・・・・
おいみんなそんなしんみりしないでケーキを食べなよ、部長先生の一語にどつと頭をあげた一同、私は早速マネーヂャーのバツタさんにこの冬休みをどのようにお過ごしになりましたか、とお伺ひしたら
バツタさん「私達は先生が少しもお見へになつてくれませんので心配をして居りましたが卓球人のコント?で“クロ”のお話しをよみ冬季練習の重大性を知つて、この冬中は毎日朝九時に集り軽い体操の後校庭を五回位駈足をして、休息後二百回ほど縄跳をし、正午まで基本練習、お昼休みには一時間雑誌卓球人を囲むの会を開いて技術の研究やら、修業のお話しなどをし、午後は一時間集中練習(自分の練習せんと思ふものバツクハンドならバツクだけを)一時間は下級生の指導、その後軽くゲームをやつて一日を終りました」寒がりやの私達の事とてとてもつらかつたですわ、
そうでせうね、カマキリさんなんか特に細いからさぞかし骨までしみた事でせうね、ギョロリトにらんだカマキリさんの眼余り怖ろしいので部長先生に助けを乞ひました。先生この頃とても愉快そうにみんな仲よくやつてゐますね、何かよい薬りでもあつたのですかとお聞きしましたら、部長先生は眼鏡越しににつこり笑つて実はこうなんですよとお話しをしてくれました。
部長「ピンポン部はみんなのものです、生徒自身で立派な自治体を造つて、技術の研究、精神修養の面に互いに努力研鑽し合つてこそほんとうに生きた卓球部が生れるのではないかと言ふ考へから、各学年から二名の委員を選出して、マネーヂャー主将、副将、委員と役員を作りました。特にクラス選出の委員は、よくそのクラスの融和、連絡を図つて仲よく愉快に私達のピンポン部を造りませう、と言ふ事になつたのです」それからと言ふものは皆がとても仲よしなんですよ、ケーキを食べてるにこやかな顔、顔、顔、私もすつかり愉快になつてしまつた。コウロギさん御卒業の感想を聞かせて下さいと伺へばコウロギさんは早速
「長い間の学窓生活の中で、卓球部の思ひ出は私の生涯に永遠に消へやらぬことでせう、苦しくも又楽しかつたあの夏の合宿K校との決勝戦に見事勝つた県下大会、あゝ、数々のつきぬ思ひ出は、私の身を心をこんなにも成長させてくれました。人生てふ航路に船出する私に自信を与へてくれたものそれは卓球です。皆さん私は今、学びやを去るも、折にふれ球を手にし、又母校を訪れて、この卓球に精進致します。」
去る者、送る者、それは感激の一時でした。やがて夕靄に包れかけた講堂から
仰げば尊し 吾が師の恩
教への庭も はや幾年
悩しのメロデーに私はしばし別れを惜しみながら、学園よ永久に栄へよと祈りつゝたそがれの校門にいとまを告げました。
どうだろう。こんな設定だけ異様でオチも何もないダラダラした話をよくも載せたものだ。素晴らしい。