『毘沙門極楽会』

以前、学生時代に作った小冊子『現代卓球』をここで紹介した(9/27)。実はその前に、『毘沙門時代』という小冊子を同じく一番弟子の戸田と作っている。

当時、我々は大学祭などでなぜか宗教サークルのところに行って議論をしたりしていたので、いっそのことこっちも宗教を作ってやれとばかり、ふざけて『毘沙門極楽会』というのを作ったのだ。毘沙門という言葉は、なんとなく凄そうな響きなので毘沙門天から意味も知らずに借用しただけで他意はない。私が教祖で、戸田が布教主務の二人だけの宗教だ。20年前の当時は、パソコンもワープロも持っていなかったので、大学の研究室でワープロを使って、自分の考えた文章が活字になるのが面白くてしかたがなかった。それで、最初に名刺を作ることを思いついたのだが、どうせならと、その会報を作った。

会報を作るとなると、それなりに活動をしなくてはならないということで、実際にいくつかの宗教団体に行ってカバンの中にカセットレコーダーを忍ばせて議論を戦わせた。街で宗教の人にわざと勧誘されやすいように、戸田とバラバラにひとりづつ歩き、ひとりが勧誘されたら、もう一人とは偶然会ったふりをして一緒に着いていくという寸法だ。向こうから誘った以上、こちらは大手を振って彼らのアジトに行って議論をしてよいわけだ。議論といっても、別に喧嘩をするわけではない。素朴な疑問をぶつけるだけのことだ(最後には険悪になることが多かったが)。

毘沙門極楽会の教義はまったくデタラメだ。とにかく他の宗教を否定することだけが目的なので、「人を見たら泥棒と思え」とかデタラメな教義しかない。歴史は4億年、信者は500億人、経典は薬師如来紋別帳の毘沙曼荼羅経ということになっている。『毘沙門賛歌』というテーマソングも作って録音してあるので、そのうちアップしようと思う。

この毘沙門極楽会に感激して飛んで火にいる夏の虫のように引きつけられて来たのが2番弟子の田村だ。会報の中での田村の「なにくわぬ顔」が素晴らしい(田村との対比のために鬼気迫る顔をしている戸田も素晴らしい。よくこんな異常な表情ができるものだ)。カゼで熱があるのに無理やり笑わせて撮影したことを思い出す。このように、会報で大きく取り上げてやったりしたのに、なぜか彼は最近、私との師弟関係を強く否定している。難しいものだ。