私がカキ氷の看板「Shaved Ice」を見て電子辞書を引いたのにはわけがある。
ジョン・レノンが生前に発売した唯一のベストアルバムに『ジョンレノンの軌跡』(75年発売)というのがあるが、その原題を『Shaved Fish』という。このタイトル、ジョンレノンの曲にも何にも関係がなく、唯一、アルバムジャケットの裏にShaved Fishと書かれたカツオ節の箱が描かれているだけである。なぜジョンレノンが自分のベストアルバムのタイトルに『カツオ節』などとつけて、その箱までジャケットにあしらったのか、長い間わからずにいた。
後年、伊丹十三のエッセイ集を読んでいると、興味深い話に出くわした。彼のイギリス人の友人が、「Shaved Fish」と書かれたカツオ節の箱を見て「これは何だ?」と聞いたという。伊丹が意味を説明すると、その友人は気が狂ったように笑い出し、「だってこれ、ヒゲを剃った魚って書いてあるぜ」と言ったのだそうだ。その友人はshaved fishという単語がとても気に入って、伊丹に床屋で魚がヒゲを剃っている画を描くようせがんだという。伊丹はついでに猫の理容師も描いてやったという。伊丹によると、英語圏の人にはshaved fishといわれればあくまでヒゲを剃った魚しか思いつかないとのことで、カツオ節ならfish shavingとでもすべきだろうとのことだ。ちなみに、辞書で調べてみるとdried bonito shavingsと書いてあった。
この話から推測するに、日本人を妻に持つジョンレノンは、あるときたまたまカツオ節の箱を目にし、そこに「Shaved Fish」つまり「ヒゲを剃った魚」という文字を見たのだろう。そしてなんともユーモラスなものをそこに感じ、ついにはアルバムのジャケットにしてしまったのだ。だからそこに深遠な意味などあるわけもなく、ただ面白いので使っただけなのだ。つまりギャグだったのだ。
それで私はShaved Iceという看板を見て反応したのだ。電子辞書でカキ氷を調べてみると確かにShaved Iceと書いてあった。Shaved Iceが「ヒゲを剃った氷」じゃなくて「かき氷」として通用するんなら、カツオ節だってShaved Fishでそんなにおかしくないではないか。
ためしにマイクに聞いてみると「確かにヒゲを剃った魚と最初は思うけど、たぶんスライスした魚の料理かなんかなんだろ?」と言われた。別におかしくもなんともないという様子だ。がっかりだ。