『ベイツ・モーテル』

いよいよユニバーサルスタジオ訪問最大の目的であった、ヒッチコックの名画『サイコ』の舞台となったベイツ・モーテルだ。私は正直に言えば『サイコ』がそれほど怖いとも面白いとも思わないのだが、この映画の映画史における重要性、そのステイタスに憧れているという感じである。

映画の前半は、有名女優であるジャネット・リー扮する会社員が職場から大金を持ち逃げし、バレそうになりながらも豪雨の中、このベイツ・モーテルにたどり着く。観客はすっかり彼女に感情移入しハラハラドキドキだ。ここまでくれば追手は来ないだろうとやっとひと息つくと、彼女はまったく突然にこのモーテルの異常者に殺されてしまう。大金も横領もまったく無関係にだ。ここで初めて観客は、ここまでの話はどうでもよく、これから始る恐ろしい話の前振りにすぎなかったことに気がつくという仕掛けだ。心憎いまでの鮮やかなストーリー展開だ。

まあ、そういうわけで私はこのベイツ・モーテルが大好きなのだ。しかしこの写真を見て欲しい。なんと、ベイツ・モーテルの背後には緊張感のかけらもないオブジェが顔を出しているのだから腹立たしいではないか。私はバスから降りてこのモーテルの周りを歩いたり中に入ったりしたかったのだが、それは叶わず、バスは止まりもせずにスーッと通っただけだった。バスが通るのに合わせて、主人公のノーマン・ベイツのふりをした人がモーテルから女性の死体を運び出して車のトランクに詰めていた。バスはだいたい7分間隔ぐらいで運行していたから、この男は暑い中、一日に何十回もこの演技を繰り返しているのだろう。

こうして、夢にまで見た「ベイツ・モーテル」はあっさりと目の前を通り過ぎてしまったのだった。