さらに海辺へ

小室の自宅の次は、彼の両親が暮らす実家に向かった。ここはさらに海側にあり、大破どころか基礎しか残っていなかった。あまりの景色の変貌に、小室自身、玄関の緑色のコンクリートによってやっとそこが実家であることがわかるという有様であった。このあたりでは10人に1人の割合で亡くなったらしいが、彼の両親は無事であった。小室も両親も今はアパートを借りて住んでいる。

茨城県卓球協会からいらした野々村さんは、小室の実家の庭に力強く生えている植物に何かを感じたらしく「新幹線で持って返る」と言ってほっくり返していた。