ジョン・レノンを目の前で殺された妻のオノ・ヨーコは、当然半狂乱になったのだが、なんとか落ち着きを取り戻した後、二人の人間に電話でジョンの死を伝えたという。
ひとりはジョンの育ての親のミミ叔母さん、そしてもうひとりはポール・マッカートニーだったという。ファンにはたまらない話だ。ちなみに、ジョンが運び込まれた病室で、タンノイのスピーカーから流れていたのはビートルズの『オール・マイ・ラヴィング』だったという。
立花さんは名前を「じゅんいち」といい、奥さんは「ゆうこ」という。それで、家の中では二人で「俺たち”ジョンとヨーコ”じゃなくて”ジュンとユーコ”だね」と言っていたという。これは門外不出の超A級の恥ずかしい話であり(同意)、他人に話したのは初めてだという。これもジョンの命日ゆえであろう。