次男が、学校の実力テストの英語で、100点満点のテストなのに110点をとって学校で一番になった夢を見たそうだ。なんという楽天家なのだろうか。
年別アーカイブ: 2012
不思議なルール
毎週末、卓球をしているコミュニティーセンターには、とても不思議なルールがある。
使用後に、必ず水道の元栓を閉めなくてはならず、これを忘れると管理人にうるさく注意されるのだ。
冬の間なら凍結防止の観点から元栓を閉めることはわかるが、他の季節ではどう考えてもそこまでする必要はない。
先日、管理人と話す機会があったので理由を聞いてみた。
その理由は「水を出しっぱなしにする人がいるから」という拍子抜けするものだった。
「それなら蛇口を閉めればいいだけですよね?」と言うと「そう書いても閉め忘れる人がいる。水も一晩出しっぱなしにすると結構な費用がかかる」とどうにもトンチンカンな返事だ。
私はこういう理屈にならない理屈にはどうにも我慢がならない。
「それなら水を出しっぱなしにするなと書けばよいだけです。そう書いてあっても水を出しっぱなしにする人が、元栓を閉めろと書いてあったら閉めるということはありえないからです。」
これに対する返事は強烈だった。「みんなそうお宅さんのように理屈が通じる人ばかりではないんです」と言うのだ。ガーン。理屈が通じていないのは水を出しっぱなしにする人ではなく、この管理人に他ならない。しかし、理屈がわからない人にわからせることは不可能だ。それは回転をかけろといわれてかけられないのと同じく能力だからだ。
私は彼女を説得することをあきらめ、いつものように元栓を閉めてセンターを後にした。
【第2回えんずいところにスマッシュ ぴんぽーん大会】
昨年行われた「ぴんぽーん大会」が今年も陸前高田で開催される。
東日本大震災で甚大な被害を受けた人々を、少しでも元気付けようというものだ。
「えんずい」とは、「しっくりこない様子」を表す東北弁の形容詞だ。
以下がその要項。
【第2回えんずいところにスマッシュ ぴんぽーん大会】
■ 日時:2012年8月12日(日)13時受付開始、13時30分開会式
■ 開場:岩手県陸前高田市第一中学校体育館
■ 参加費: 地元からの参加者 無料(事前申し込み不要)
地元以外からの参加者 1人2,000円
■申し込み締め切り:7月23日(月)
■義援金: 一口1,000円 ※義援金を募集しています。大会に参加できない方もご協力をお願いします。
予約なしの飛び入りも歓迎だそうだ。
詳しい情報は以下をご覧ください。
http://ipponmatsu.web.fc2.com/index.html
親切な自販機
小便のプロ
息子が友だちとトイレに行ったときのことだ。ある友人が用を足さないのを見て誰かが「お前は小便しないのか」と問うたという。
するとその友人は語った。
「俺は1日5回、1年に365日、小便してるんだぞ。俺は小便のプロなんだよ。飽きたに決まってるだろ今さら小便なんて」
恐るべき屁理屈である。息子もなかなか見どころのある友人がいるではないか。
Mさん、お帰りなさい
以前このブログで紹介した営業のMさんと、今週も一緒に仕事をした。
初日の仕事が比較的早く終わったので、二人で酒を飲むことになった。Mさんと酒を飲むのは初めてである。
5月に初めてお会いしたときに、車中で私が卓球の話をしたのをきっかけに自分も卓球をしていたことを約30年ぶりに告白したMさんだったが、その後6月にお会いしたときに、あの告白で人生が変わったと語っていた。あまりに大げさなので、営業ならではのリップサービスだと思っていたのだが、今回の語らいでどうもこれは本気の本気であるらしいことがわかった。
「上司にも言ったんです」とMさんは言う。昔、卓球をしていたことをである。Mさんにとって、卓球をしていたということは、上司に報告しておかなければならないほどのことらしいのだ。まるで前科あつかいである(この基準でいうと雑誌『卓球王国』は犯罪組織の機関誌とでもなろうか)。このあたりがまだまだ吹っ切れていないところだが、Mさんの中ではどうしても決着をつけておかなければならなかったことらしい。
Mさんは、このカミングアウト以来、何か吹っ切れた感じになり、仕事でも「やるだけやったんだからいいじゃないか」というような開き直りができるようになったという。本当は大切だった自分の人生の一部だった卓球を封印したことで、どこか偽りの自分という感じだったが、今回「やっと自分がひとつになれたような気がします」とのことだ。
そして大切な大切な卓球の思い出を語ってくれた。使っていたラケットはバタフライの閃光。グリップエンドが斜めにカットされていて木目がデザインされているやつだ。ラバーはTSPのスペクトル。河野満に憧れていたという。静岡の丘の上にあった高校で、休憩時間に戸を開け放つとなんともいえない涼しい風が吹き込んでくる。その風の心地よさを今も思い出すという。高総体では地区予選の一回戦でカットマンに負けた。もし勝っていても次もカットマンで、自分がカットマンが苦手なので、不利な組み合わせにされたと信じている(地区予選の1回戦でそこまでする人はいないと思う)。
大学では卓球を封印して正反対のような屋外競技、ホッケーに邁進し、一年中日焼けをした肌を手に入れた。さらに社会人になってからはウインドサーフィンで、卓球ではタブーであった「風」を手に入れた。もう卓球の影はどこにもない。あるとき、ウインドサーフィンのカリスマのショップ店長が、みんなの前で自分が卓球をやっていたことを語るのを聞いた。彼は自分の卓球の腕前がなかなかのものであることを腰を入れた素振りまでして語ったという。Mさんにはそれがドライブの素振りであることがすぐにわかった。しかし、自分も卓球をしていたとは言えなかった。なんと自分は小さい人間なのか。
職場でゴルフ場に行ったときのことだ。ラウンジに卓球台がおいてあって、みんなで打ったという。そこでもMさんは「素人」のふりをして打った。ところがメンバーの中にもうひとり経験者がいるのがその打球のわずかなタッチでMさんにはわかった。しかしお互いに何も語らず視線を交わしただけだった。
これほどまでに強烈に卓球を封印していたMさんの前で、卓球への過度な情熱を唾を飛ばして語る私の様子はあまりにも強烈で、まるで覚醒剤でも打たれたようなものだったのだろう。
「こんど卓球をしてみようと思ってるんです」
Mさんはすっきりした顔で語った。今回は顔写真を載せることも快諾してくれた。
卓球人は偏見をもたれるのも蔑まれるのも慣れている。それらは卓球の面白さそのものに比べたら取るに足らない。長い心の旅をしてきたMさんを卓球界は歓迎する。「Mさん、お帰りなさい」と言いたい。
他人の人生を変えたという経験は初めてだが、気持ちの良いものである。卓球を熱心にやっているというただそれだけのことが人の役に立つなんて思いもしなかった。