検証、ジャイロサービス

コメント欄にジャイロサービスについての質問があったので、解説したいと思う。

ジャイロサービスとは、回転軸が相手の方向を向いたサービスのことで、卓球界ではときどき魔球のようなサービスとして語られることがある。

結論から言えば、今の卓球ルールにおいては、完全なジャイロサービスは物理的に不可能、完全ではないジャイロサービスなら可能だが、特に役に立つわけではないというものだ。

詳しく説明しよう。通常、ジャイロサービスといえば誰でも思いつくのが図のようなサービスだ。

ボールの横を上に擦り上げることで回転軸が進行方向に近くなり、空中ではあまり曲がらないが、相手のコートに弾むと台との摩擦で激しく曲がる。一見、良さそうだが、なにしろ上に打ち上げるので球速が遅いし、普通に卓球をしている者なら、出した瞬間にその後の軌道が予測できるし、実際に打ち返してみると、これは【図2】のようにして出す通常の横下とほとんど変わらない。

なぜかといえば、そもそもジャイロを出すときには、気持ちは【図1】のようなつもりでも、実際にはラケットを上だけではなく斜め前方に振っているので(そうしないとボールがコートの方に飛ばない)この横下との中間のような打ち方になっているからだ。だから回転も横下気味とならざるを得ない。

だから、ジャイロは可能だがそれは横下と似たようなものであり、特に役に立つわけではないというのが私の考えだ。

次に、よくあるまったく別の観点でのジャイロ信者の主張を検証してみよう。ジャイロを特別視する人の中には、【図3】のようにボールの右側を打ちおろすことで、【図1】と同じ回転のサービスを出すことができるという人がいる。

これができると、右利きの選手がボールの右側を打ちおろすしゃがみ込みサービスで、相手コートで右に曲がるサービスが出せるというわけだ。通常、こういう出し方をすればボールは左側に曲がるわけだから、これは通常と逆に曲がる、まさに魔球となるわけだ。ところがこれは絶対にできないのだ。

そのためにまず、【図4】のような、完全なジャイロサービスについて考えてみよう。

実際にはサービスは台に2回弾むことで回転軸が少しづつトップスピン方向に変わるのだが、それは無視して、とりあえずサービスの打球直後に回転軸が相手の方を向く場合を考える。

大前提を確認しておくが、卓球でラケットでボールに回転をかける場合、必ずボールのある一点をどの方向にか擦る方法でしかかけられない。何本かの手の指でボールをつかんで捻りながら押し出すというようなことはラケットではできない。できそうな気がしている人がいるかもしれないがそれは錯覚であり、必ずボールの一点を直線的に擦ることしかできないのだ。ラケットで包むようにしてとか、当たる瞬間にひねるとか、いくら頑張っても結局は一点で直線的に擦ることしかできない。どんな打ち方をしようとも、ラケットとボールが当たっている時間は千分の一秒しかないからだ。

それを理解した上で【図4】のようなジャイロ回転を出す方法を考えると、図のようにボールの赤道上の一点を赤道に沿って打球しなければならないことがわかるだろう。ところがその方向には、コートの方にボールを飛ばす成分が含まれていないので、どうやってもボールを前に飛ばすことができず、したがってサービスを入れることができないのだ。入らないで自分の足元に落としてよいのならもちろん可能だ。実際、ボールは足元で右に転がっていくだろう。しかし入らないのではどうしようもない。

ちなみに、打球とは別の手段でボールをコートの方に飛ばすことができれば入れることが可能だ。たとえば今ではルールで禁止されているが、左手で思いっきりラケットにボールを下から叩き付ける、いわゆるぶっつけサービスならば、実際にボールの右側を打つしゃがみ込みサービスで相手のコートで右に曲がるサービスが私も出せる。これが先に「今の卓球のルールでは」と断った意味だ。もちろん、ぎりぎりルールの範囲内で斜め前方にトスし、なおかつコートの上空数メートルから叩き下せば同様のサービスが可能かもしれないが、そんなものができた内に入らないのは言うまでもない。

次に【図5】のように、回転軸が相手の方向に傾いたジャイロサービスを考えてみる。

この回転は、実は【図1】のジャイロサービスと同じ回転だから、実際に右に曲がる。ところがこれをボールの右側を打って実現するためには、前に飛ばすどころかコートから離れる方向に力を加えなくてはならず、ボールをコートの方に飛ばすことは不可能なのである。だからこのサービスは絶対に出せないのだ。

可能なのは、ボールをわずかでも前方に飛ばす打ち方、すなわち【図6】のような、回転軸が手前に傾いたジャイロサービスだ。

フォアサイドのサイドラインの外側に立って、ラケットが台にぶつからないようにして切り下せばできる。しかしこのような打ち方をすると、ボールを台に叩き付けることになるので、ボールが右に曲がるほど回転をかけようとすれば何10センチもバウンドが高くなる、まるでサービスからロビングをしたかのようないわゆる「クソサービス」となる。そこまでして逆に曲がったところで意味はない。

バウンドが高くならないようになおかつ回転をかけると【図7】のような打ち方にならざるを得ず、結局これは相手コートで左に曲がる通常の横下回転あるいは横回転サービスとなってしまうのである。以上をまとると「横下とほとんど違和感のないジャイロサービスなら可能だが、特別な効果のあるジャイロサービスは不可能、したがって話題にする価値がない」というのが私の考えだ。

検証、ジャイロサービス” への 20 件のコメント

  1. ジャイロサービスという響き自体に魅せられる人が多そうです。これは特に中高生のあまり強くない男子を魅了するのには十分でしょう。

  2. なるほど、参考になります。ジャイロ回転に関しては無批判に受け入れてしまっていました。今後も、卓球の流言の物理的批判、よろしくお願いいたします!

  3. 私はジャイロ信者ではありませんし、完全なジャイロサービスは物理的に不可能というのにも異論はありませんが、特に役に立たないかどうかはまだ工夫の余地があるのではないかと思います。
    ボールの回転軸が同じでもラケットの動きが違うように見えれば違うサービスのように感じますし、同じようなラケットの動きから打点をちょっと変えて回転軸の違うサービスを出すこともできるそうなので、ボールの動きについての理論分析ではなく卓球の上達を目指す人であればそういったこと全般を考えながら技術向上に励んでいるものと思います。
    「右に曲がるしゃがみ込み」についても、「右をとらえた”ように見える”しゃがみ込み」で右に曲がれば私は成功だと思いますが、どうでしょうか。

    1. おっしゃる通り、そういった工夫は大切ですね。
      ただ、それはどういう回転についても言えることであり、ジャイロが特別に貴重だというわけではありません。
      図1で示したようなジャイロは可能ですが、それは下回転や横下回転や横下回転と同じように、相手から判られれば返されるし判られなければ返されないのであり、返すことが特に難しいわけでもジャイロであることがわかりにくいわけでもありません。
      ジャイロを特別に価値のあるものとしてではなく、単に回転の方向を説明するのに使うことは意味があると思います。ジャイロという言葉が特別な響きになのが誤解のもとですね。
      私は中学生の時に勝手に「縦回転」と名付けて使っていました。これだと横回転や下回転と同列の回転の一種と言う雰囲気が出るのでよいのですが、今は縦回転といえば下回転と上回転を示すので使えませんね。
      さて、ひとつとっても興味深いテーマがあります。もし特殊な卓球マシンで純粋なジャイロを出した場合、卓球選手は返せるのでしょうか。なんか、当てる位置によってナックル、横、下、上になるような気がして恐ろしいです。卓球の実戦では来ないボールなので意味はないのですが試してみたいです。

  4. 図7でも右に曲がりますよね?
    北極がこちらに見える傾きだと左に曲がると思いますが。

    1. 角度の絶対値はともかく、現実に、相手のコートに入るように打つと、どうやっても左に曲がります。ボールと台との摩擦を考えると右に曲がりそうですが、なぜかそうはなりません。

  5. そのとおりですね。
    「単に回転の方向を説明するのに使うことは意味がある」で十分ですね。
    ところでコメント後段の「ひとつとっても興味深いテーマ」は面白そうですねー。こんなこと考えてもみませんでしたけど興味ありますねー。
    回転軸の「頂点」というか「極」をうまくとらえてラケットに当てることができれば、ラバーのひきつれによって逆回転のジャイロになって返っていくのでしょうかね。

    1. さすがにそれはないと思いますが、私の言う意味は、純粋なジャイロ回転だと、ボールの上をとらえるドライブをするとボールはレシーバーから見て右に飛び、カットで取ろうとしてボールの下に当てると左に飛ぶという意味です。さらに、ボールの右側を打てば下に落ち、左側を打てば上に飛ぶ、正面に当てればナックルと同じふるまいをする、そういう意味です。これは恐らく実際にそうなると思います。物理的にはそういうボールは可能です。お椀のような形をしたゴムでボールをジャイロの方向に回転させながら押し出せば実際にそういうボールが出せます。しかし卓球ルールの下でラケットで打っては絶対に出せないので、現実には誰もそういうボールを経験したことがない、そういう楽しい思考実験です。遊びのためだけでもいいから誰か作ってほしいですね。

      1. はい。伊藤さんの期待される現象はよくわかります。
        これで中国もびっくり、卓球ニッポン復活の切り札が出来上がりそうですね。
        完成のあかつきにはこのエースボール、「ジョータ!」と命名しましょう(笑)。

  6. 何度もすみません。
    だんだんわからなくなってきまして(笑)。
    回転軸が垂直方向になっている純粋な横回転だと、台についても曲がろうとする力は弱いですよね。
    ボールの右側を切った「通常の横(横下)回転」って、どうして左に曲がるんでしょう(笑)。
    図7で、ボールと台の接点でのボールの動きをみると、進行方向に向かって台の右側に曲がるような力が働くような気がしてきたんですが…。

    1. 私もそれは不思議に思っていました。横回転、横下回転、横上回転が通常の方向に曲がる理由が実はよくわからないのです。
      単に、真面目に考えたことがないだけかもしれませんが、少なくとも直感的に自明と言うほどにはわかりません。
      ただ、よく真上からカメラで撮影した映像を見ることがありますが、ドライブのカーブする様子を見ると、どこでバウンドしたのかまったくわからないほど空中とバンド時の曲りは連続的です。
      少なくとも、カーブドライブは台に弾んで特別に曲がってはおらず、マグヌス効果で曲がっているだけです。もしかして横回転サーブも同様かもしれませんが、よくわかりません。

      1. なるほど。
        「右側をとらえたしゃがみ込みで右側に曲げられるか」の前に「なぜ普通は左側に曲がるか」について激論を交わす必要があるということですね(笑)。

  7. 確かに、考えるとなんで曲がるのが分からなくなってきます。
    バウンドの時ある程度の接触面があるので、軸が傾くと左右の接触面の速度差があるからでしょうか。
    それに加えて摩擦や空力も関係しているのでしょうか。
    正直、図6と図7の違いが全く分かりません。
    接触面の速度が回転軸に近づくことで遅くなり、摩擦による曲がりよりも空力による曲がりが勝ってしまうんでしょうか。
    試してみようと思いますが、不思議です。

  8. 横回転サーブが曲がる仕組みが気になって仕事が手につきません(笑)。

    ジャイロサーブが曲がる仕組みはわかりやすいですよね。
    バウンド時に、ボールが回転する方向に進行方向を変えようとする力が働くからですよね。
    回転軸が垂直方向に近い通常の横回転サーブ、図7を例にすると、yasuさんがおっしゃるとおり、
    ○ バウンド時にはボールを右側に曲げようとする力が働くものの、台との接点が回転軸に近く回転速度が遅い部分が台に接するので、実際にはボールの進行方向に影響するところまでは至らない。
    ○ バウンド時の前後(バウンド時も含めて)にはマグヌス効果でボールは左方向に曲がっていき、これを我々は「曲がるサーブ」と認識している。
    ○ ボールの回転速度が速い「赤道」近くが台と接触するようになればボールは回転方向に進行方向を変えようとするが、これはつまりジャイロサーブに近くなる。
    ・・・という感じでしょうかね。

  9. 私は文系のせいか?理解する気がないからか?何のこっちゃ?状態です。
    ど素人にも分かる解説をと思いましたが、ど素人にはジャイロも何もあったもんではないなと思う今日この頃…

  10. 伊藤さん、初めまして。
    6年経ちましたが、コメントさせていただきます。
    ジャイロサーブの目的はなんでしょうか?
    第2バウンド目で急激に曲げるのが目的ですよね?
    横下回転では第3バウンド後からしか、ほとんど曲がらないのを
    ジャイロ回転によって第2バウンド目、つまり、レシーブ時に急激に曲げるのが目的でしょう?
    いわゆる「直角サーブ」が目的だと思います。
    それなら、すでに完成しています。

    >球速が遅いし、普通に卓球をしている者なら、出した瞬間にその後の軌道が予測できるし、実際に打ち返してみると、これは【図2】のようにして出す通常の横下とほとんど変わらない。

    の問題点を克服した第2バウンド目に急激に曲がる真の「直角サーブ」は完成しています。

    1. 問題点を解決した直角サーブが完成しているとのことで、凄いですね。動画などありましたらご紹介ください。

      1. 御返信有り難うございます。
        私のウェブサイトで多数公開していますが、
        誰人も「クソサービス」と呼べないのは、
        「すずサーブ」と「逆すずサーブ」でしょう。
        もしも、それさえも「クソサービス」と呼ばれるのでしたら、
        「究極の逆すずサーブ」をご覧ください。

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