大友くんから聞いて感銘を受けたのは、ハンドソウラケットとか一枚ラバーとかゴリラの話ではない。
彼の中学時代の卓球部の話がとても感動的だったのだ。
彼が通っていたのは茨城県の中学校で弱小卓球部で、市の5つの学校のうち、間違いなく最下位だったという。団体戦で一勝もできないのはもちろんのこと、個人戦でも数えるほどしか勝った者はいなかった。
2年の夏のある日、キャプテンの仙波(せんば)という男が「話がある」と言って部員を集めた。仙波はキューバの革命家ゲバラに感化されている男で、休み時間に友人を集めて演説の練習をするような男だった(本当に中二か?)。
仙波は言った。「お前たち、このままでいいと思ってるのか?この中で勝ったことがあるやつ手を挙げろ」
大友が恐る恐る手を挙げたぐらいで、他に勝ったことがある奴などいなかった。
「お前ら勝ちたいだろ?俺たちが勝つためには方法は一つしかない。明日から全員異質ラバーにしろ。裏ソフトで勝てるのは才能があるやつだけだ」
仙波はそう言って部員全員を異質ラバーに転向させた。そして自らは裏ソフトのままで「俺はお前たちの練習台になる」とドライブを打ち続けた。
新人戦はさすがに間に合わず惨敗したが、翌年の中総体の市予選でこれまで勝ったことがないチームに3-0で勝った。大友はそのときの会場の「何が起きている?」というざわめきを感じたときの快感が忘れられないという。
その時のオーダーは
1.ペン表
2.シェーク表表
3.シェーク裏粒高/シェーク裏粒高
4.シェーク裏粒高
5.シェーク裏アンチ(大友くん)
という布陣で、キャプテンの仙波はベンチから眼光を放っていた。
そしてついにチームは2位となり、前代未聞の地区大会出場という快挙を成し遂げた。このときばかりは仲がよいとは言えなかったメンバーたちも抱き合って泣いたという。
仙波は父親がIT関係の仕事をしていたこともあり、2003年当時からインターネット環境を持っており、メンバーのために勝つための最良のラバーを探していた。あるときセイブが使っていたアンドロのゼニスGというラバーを探し当て「これが世界最先端のラバーだ」と言ってメンバーに使わせた。「ブライスの方がいいのでは?」という仲間に彼は「お前な、ブライスが何年に発売されたか知ってるのか?ゼニスGの方が新しいんだからこれが世界最先端に決まってるだろ!」と説得した。知識と論理はさすがに中学生だが、この説得力はとても中学生とは思えない。
こうして大友くんは仙波というカリスマのおかげで楽しい卓球生活を送ることができたのだ。大友くんは、仙波からもらったアンドロのステッカーを「大人になって車を持つようになったら自分の車に貼ろう」と決心し、大切にファイルした。
それが今、彼の愛車に貼ってあるステッカーだ。アンドロのステッカーを愛車に貼っている男が世界にいったい何人いるだろうか(何人いてもいいけど)。
それにしても 「全員異質ラバー」
このフレーズが意味すること、感じられる悲哀を卓球人ならわかるはずだ。他のスポーツでこれと匹敵する戦略は考えられないだろう。あったとしてもせいぜい野球で「全員バント」とか、マンガのように効力のないものでしかなく、それで本当に勝つという実効性のある作戦は考えられないはずだ。こういう戦略が成り立つのは卓球というスポーツの多様性の証なのだ。
そこに、それぞれの物語が紡がれる隙間が出てくることになる。卓球とはなんと素敵なスポーツなのだろうか。
それで思い出した。以前、ラジオ番組に出たとき、もしアナウンサーから「伊藤さんにとって卓球とは何でしょうか?」と聞かれたら答えようと思っていたフレーズがある。
「キング・オブ・スポーツ、スポーツの中のスポーツです」だ。一般人はバカかコイツと笑い、卓球ファンは感動するという両面待ちのフレーズだと思うのだがどうだろうか。