月別アーカイブ: 9月 2015

それぞれの物語

大友くんから聞いて感銘を受けたのは、ハンドソウラケットとか一枚ラバーとかゴリラの話ではない。

彼の中学時代の卓球部の話がとても感動的だったのだ。

彼が通っていたのは茨城県の中学校で弱小卓球部で、市の5つの学校のうち、間違いなく最下位だったという。団体戦で一勝もできないのはもちろんのこと、個人戦でも数えるほどしか勝った者はいなかった。

2年の夏のある日、キャプテンの仙波(せんば)という男が「話がある」と言って部員を集めた。仙波はキューバの革命家ゲバラに感化されている男で、休み時間に友人を集めて演説の練習をするような男だった(本当に中二か?)。

仙波は言った。「お前たち、このままでいいと思ってるのか?この中で勝ったことがあるやつ手を挙げろ」

大友が恐る恐る手を挙げたぐらいで、他に勝ったことがある奴などいなかった。

「お前ら勝ちたいだろ?俺たちが勝つためには方法は一つしかない。明日から全員異質ラバーにしろ。裏ソフトで勝てるのは才能があるやつだけだ」

仙波はそう言って部員全員を異質ラバーに転向させた。そして自らは裏ソフトのままで「俺はお前たちの練習台になる」とドライブを打ち続けた。

新人戦はさすがに間に合わず惨敗したが、翌年の中総体の市予選でこれまで勝ったことがないチームに3-0で勝った。大友はそのときの会場の「何が起きている?」というざわめきを感じたときの快感が忘れられないという。

その時のオーダーは

1.ペン表

2.シェーク表表

3.シェーク裏粒高/シェーク裏粒高

4.シェーク裏粒高

5.シェーク裏アンチ(大友くん)

という布陣で、キャプテンの仙波はベンチから眼光を放っていた。

そしてついにチームは2位となり、前代未聞の地区大会出場という快挙を成し遂げた。このときばかりは仲がよいとは言えなかったメンバーたちも抱き合って泣いたという。

仙波は父親がIT関係の仕事をしていたこともあり、2003年当時からインターネット環境を持っており、メンバーのために勝つための最良のラバーを探していた。あるときセイブが使っていたアンドロのゼニスGというラバーを探し当て「これが世界最先端のラバーだ」と言ってメンバーに使わせた。「ブライスの方がいいのでは?」という仲間に彼は「お前な、ブライスが何年に発売されたか知ってるのか?ゼニスGの方が新しいんだからこれが世界最先端に決まってるだろ!」と説得した。知識と論理はさすがに中学生だが、この説得力はとても中学生とは思えない。

こうして大友くんは仙波というカリスマのおかげで楽しい卓球生活を送ることができたのだ。大友くんは、仙波からもらったアンドロのステッカーを「大人になって車を持つようになったら自分の車に貼ろう」と決心し、大切にファイルした。

それが今、彼の愛車に貼ってあるステッカーだ。アンドロのステッカーを愛車に貼っている男が世界にいったい何人いるだろうか(何人いてもいいけど)。

それにしても 「全員異質ラバー」

このフレーズが意味すること、感じられる悲哀を卓球人ならわかるはずだ。他のスポーツでこれと匹敵する戦略は考えられないだろう。あったとしてもせいぜい野球で「全員バント」とか、マンガのように効力のないものでしかなく、それで本当に勝つという実効性のある作戦は考えられないはずだ。こういう戦略が成り立つのは卓球というスポーツの多様性の証なのだ。

そこに、それぞれの物語が紡がれる隙間が出てくることになる。卓球とはなんと素敵なスポーツなのだろうか。

それで思い出した。以前、ラジオ番組に出たとき、もしアナウンサーから「伊藤さんにとって卓球とは何でしょうか?」と聞かれたら答えようと思っていたフレーズがある。

「キング・オブ・スポーツ、スポーツの中のスポーツです」だ。一般人はバカかコイツと笑い、卓球ファンは感動するという両面待ちのフレーズだと思うのだがどうだろうか。

卓球ドランカーの宴

先日、『卓球天国の扉』の冒頭の話を読んで泣いたという青年とお会いした。

以前このブログでも書いたことのある大友秀昭くんという人で、ハンドソウグリップに両面一枚という狂人の部類の人だ。

この方のハンドソウを使いこなすための情熱がすごい。ハンドソウは打球感が手に伝わりにくいので、少しでも伝わるようにグリップの掌にあたる部分だけをコルクではなく木にしているとか、重心が先にあって重いので両面一枚にして軽さを追及しているとか、目的と手段を取り違えたような感じが素晴らしい。サイドグリップがノイバウアー製なところもわかってる(笑)。

問題はサーブだが、なんとか回転をかけようと回転系の一枚を使っているという。そんなのあるのかと思うとちゃんとあって、日本に在庫がなく4ヶ月かかって手に入れたという。

パッケージにはなぜか「ドイツ製高弾性スポンジ」と書いてある。めんどくさかったのだろう(笑)。

パッケージの裏の特性表にはちゃんと一枚も載っているのだが、

なんと空欄(笑)。前代未聞の珍事だ。しかも一枚のくせに3,700円。

大友くんは、当然のようにノイバウアーの『ゴリラ』も1万円出して半年待って買ったが、あまりに極端でさすがに使いこなせなかったという。私も触らせてもらったが、確かにツルツルだった。

彼は、生まれつきハンドソウというわけではなく、あくまでウケ狙いで2年ほど前から使い始めたという。その効果は絶大で、どこに行っても目立ち、今では以前では考えられないほど各地に友人ができたという。

他にも激しいイップスの克服など、彼の味わった苦難の卓球半生を聞くことができ、とても感銘を受けた。あまりに感銘を受けたので、休筆中にもかからわず次の単行本のタイトルが浮かんだほどだ。

『卓球ドランカーの宴』 ~卓球マニア重症カルテ~

彼が持参した『ようこそ卓球地獄へ』と『卓球天国の扉』にサインをしたのだが、その際に本に触ってみると、今まで見たことがないほどに本全体が柔らかく、むちゃくちゃに読み込んでいることが手に取るようにわかり(手に取ったのだが)感動した。

日本の卓球界はこういう青年に支えられているのだなと思った。違うか。

微妙な小料理屋

ここ2、3年、出張でひとりで飲み屋に入ることが多い。以前はそんなことはなかったのだが、震災直後にやたらと飲み会が多かったのがきっかけで酒が好きになってしまったのだ。

それで、チェーン店ではなく地元の人たちが集うような小さい店に入って人間模様を見るのが最近の楽しみだ。

先週も蒲田の小さい小料理屋に入ったのだが、なかなか微妙な店だった。店内は常連で盛り上がっていたのだが、ほとんど私と話していない激しく年配のママさんが突然私のところに来て「一杯いただいていいかしら。380円のビールです」と言った。

仕組みを知らない若者たちのために解説すると、大人の飲み屋では店員が酒を飲むのに客に許可を得る必要があるのだ。なぜかといえば、あきれたことにその代金を客が払うことが前提になっているからだ。そのかわり客は、魅力的な女性店員が酒を飲んで自分と話してくれるわけだから、酔って自制心をなくして嬉しい間違いが起こるのではないかという妄想だかファンタジーだかを抱き、そのために「いいよ」と言うことになるわけだ。店員はできるだけ酔ったふりをして客に「もう一杯飲ませればどうにかなるのでは」と思わせ、さらに奢らせることになる。

店員も、客が金を払うからには飲まないといけないので、店の売り上げを上げるためにまさに体を張って飲むことになる。

先日、仙台駅前のバーで同様に学生アルバイトだという店員から「ワインいただいちゃっていいですか?」と言われたので許可したところ、ちょっと口をつけただけであとは飲まず陰に隠され、私が帰ったら捨てようというのが見え見えだった。こういうのは職業倫理上ダメなのだ。

さて、蒲田のママさんだが、そのビールを注ぐとすぐにもとの常連のところに帰って行き、私と話す様子はなかった。私はもとより何も期待していなかったものの、こうまで接触が少なく、奢る筋合いのない状況で奢らされたのは初めてだ。

しかも焼酎1杯と枝豆と冷奴とカンパチの刺身(+奢ったビール)だけで3,000円だった。高い。

嫌な気持で店を出ようとしたら雨が降っていた。するとママさんは返す保障もない私に「どうぞ」とビニール傘を手渡してくれた。それで私は急に優しい気持ちになったのだが、歩き出すとやたらと雨が漏れる傘で、また嫌な気持ちになったが呆れて可笑しくなってしまった。

良いところは何もないような店だったが、怖いもの見たさでまた行ってみたい気持ちに駆られている。

背もたれ倒し

新幹線などで座席の背もたれを倒すとき、どの程度に後の人に気を使うかは、人によって違う。

わざわざ後の人に「倒してもいいですか?」と聞く人もいれば、悪意があるのではと思えるほど無言で急に倒す人もいる。私は自分がやられてちょうどよい程度に気を使って倒す。すなわち、無言ではあるがそろりそろりとゆっくり倒す。これが後の人にどう思われてるかはわからないが、それほど間違った行為ではないだろう。

先日、飛行機に乗ったときにこれまで経験したことのないような不愉快な目にあった。

前の人が座席の背もたれを恐ろしく急激に動かす人だったのだ。倒すときはまるで親の仇のようにグッグッと倒し込み、戻すときはこれまた何の手加減もなくバネの復元力すべてを使って跳ねるように戻す。これを何の都合か知らないが何回か繰り返すのだ。

これの何が困るのかと言えば、その背もたれの背面には私が見るためのモニターがついているのだ(笑)。どれほど不愉快かわかるだろう。ちょっと横から覗いてみると、その人自身も前の人の背もたれの背面についているモニターを見ている。つまり、そういうことを知りながらやっているのだ。

「これは絶対に日本人ではない」

そう思って後で確認すると、若い金髪の白人女性だった。やっぱり。

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