それにしても水谷のストップは素晴らしい。
卓球をやっていない人が見れば「いくらなんでもあのレシーブは簡単だろう」と見えるだろう。それはある面では正しい。あれは打球の瞬間は角度を固定してほとんど軽く当てているだけであって特別なことはしていないからだ。だからその瞬間に素人が水谷とスイッチしてもほとんど同じことができるだろう。
問題はそこに行くまでだ。ストップはネット際に短く落とすだけではなく、弾んでから台から出ないようにしなくてはならないので、できるだけネットの近くでなおかつ弱く打球する必要がある。これが矛盾する行為なのだ。ネットの近くで打つためにラケットを大急ぎで前に突き出すのに、打球時にはほとんど静止していなくてはならない。例えれば100メートル走で、できるだけ速く走ってなおかつゴール直後にピタッと止まれと言われているようなものだ。
加えて、いくら短くストップできたとしても、高くては打ち込まれてしまう。短くて高いボールは卓球界では最悪のチャンスボールだ。だからせいぜいネットの上空のボール2、3個分くらいの高さにとどめなくてはやる意味がない。ところが相手のボールには回転がかかっているのでこれが筆舌に尽くしがたいほど難しい。なにしろ弱く当てた場合、ボールの回転によって、飛ぶ方向はあろうことか角度にして50度以上も変わるのだ。だから相手のボールの回転量と方向がわからなければ、ネット上空のボール2、3個の間に入れるなど夢のまた夢だ。私がやったら10球中3球はネットにかけ、3球は50センチも浮かせ、3球は30センチ浮かせ、1球ぐらい間違って低く入るということになろうか。
水谷のストップは試合を通してほとんどノーミス(攻撃をくらわないという意味でも)だが、これはボールの回転を正確に見えているということなのだ。しかも相手はあろうことか馬龍や許シンだ。これがどれほどすごいことなのか、テレビを見ているほとんどの人がわからないことが残念である。
簡単そうに見えるレシーブのちょこんとやるストップを、10球中5球できる選手と水谷の間にもまた、何万人もの卓球選手が層をなしている。研ぎ澄ませた五感によってボールの回転を完璧に判断し、ラケットをコントロールする水谷は、だから日本卓球界の至宝なのだ。